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追放と覚醒

「——ラルフ、お前はもういい。今日限りでパーティを抜けろ」


仲間の前でそう告げられた日のことを、俺はたまに思い出す。勇者パーティ《聖剣の光》の一員として戦っていた頃の話だ。俺の役職は【回復術師】。だが、いくら魔力を注いでも、仲間の傷は癒えなかった。軽い擦り傷ですら、治癒の兆しすら見せなかった。


「全然回復しねえじゃねえか!」「やっぱりただの役立たずじゃん」「回復すらできねー癖に飯だけは一丁前に食うのね」


何度も浴びた罵声。無力感。情けなさ。それでも、俺は仲間を信じていた。——最後の最後で、誰かひとりくらいはかばってくれるんじゃないかと。


……けれど、その希望すら、愚かだった。


俺は王都から追い出され、地図にすら載らない辺境をさまよっていた。所持金はなく、装備もボロ。空腹と寒さに震える俺に、もう生きる意味は残っていないと思っていた。


——あの日までは。


「おい、お前。生きてるか?」


獣のような低い声に、俺はうっすらと目を開けた。そこにいたのは、身の丈二メートルを超える筋肉の塊。漆黒の鎧を纏い、背中には巨大な大斧を背負っている。——魔族だった。


「……殺すなら……早くしてくれ」


命乞いすら面倒だった。俺はただ、眠るように終わりたかった。だが、魔族は笑った。


「殺す? バカか。お前、今……俺の【傷】を回復させたぞ」


は?


ふと見ると、彼の左腕には大きな裂傷があった。俺が倒れる直前、無意識に手を伸ばして触れた箇所だった。傷は、完璧に癒えていた。まるで生まれたての肌のように。


「お前の職業は?」


「……回復術師……だけど、人間には……効かない……」


「人間には? じゃあ……俺たち魔族には?」


魔族の男は、ニヤリと口角を上げた。その笑みが、俺の運命を変えた。


——魔王城ヴァルグレア。そこは人間にとって“最悪の地”とされている、恐怖と破壊の象徴だった。だが、今の俺にとっては、世界で一番居心地のいい場所だ。


「ラルフ様! 膝の痛みが……本当に治ってます!」

「ありがとう、ラルフ様。昨日まで死にかけてた兵士たちが、みんな元気に!」

「ラルフ様……あなたは、我らが救済です……!」


魔族たちは俺を【回復の神】と呼ぶ。人間には一切効かなかった俺の回復魔法。だが、魔族にだけは絶大な効果を発揮する。傷は即時完治、病気は一瞬で消失、さらには失われた手足すら再生する。


俺は魔王軍の治療部隊責任者として迎えられ、今や兵士たちの信頼も厚い。——皮肉なものだ。かつて“役立たず”と追放された俺が、今や魔王軍の要になっているなんて。



俺の“回復”は、もはや戦術の一部になっていた。

魔王軍の前線では、重傷者が出ても誰も慌てない。俺が駆けつけさえすれば、死線にいた兵士すら、数分後には元気に剣を振っている。


「おい、またラルフ様のおかげで死に損なったぞ!」

「くくっ、あの癒しの波動は中毒になるな……!」

「この身を捧げても、ラルフ様の術は受けたいものだ!」


おいおい、信仰みたいになってきてるぞ。

それでも、彼らの信頼はありがたい。俺は戦えない。ただの回復術師だ。けれど、その手一つで仲間たちが救われるなら、これ以上の誇りはない。


だが、その中で一人だけ、俺に警戒の視線を向ける者がいた。


「……お前、何者だ?」


銀髪に赤眼の青年。漆黒の外套に、冷たい眼差しを宿すその男は、魔王軍戦闘部隊長、ゼイン=ヴァルグレイア。魔王の義弟であり、実戦経験は千を超える歴戦の将。俺とは正反対のタイプだ。


「ただの回復術師さ。それ以上でも以下でもない」


俺がそう答えると、ゼインは目を細める。


「魔族にしか効かない治癒術。効果は常識外れ。だが、お前の魔力は“癒し”に特化していない。これは……何か別の力だ」


鋭いな。こいつには誤魔化しは効かないか。

俺の力は、単なる治癒魔法ではない。正確には“命の干渉”だ。対象の生命力そのものに直接働きかけるスキルであり、その力は人間には弾かれる性質を持っていた。だが、魔族の生命構造にはそれがぴたりとハマる。理由はわからないが、俺の力は彼らにとって「奇跡」に近かった。


……それでも、俺は戦いに関与する気はない。戦うのは彼らで、俺は癒すだけ。それが俺のルールだ。


「疑うのは構わないが、俺は味方だ。それだけは信じてくれ」


俺の言葉に、ゼインは無言で背を向けた。信じたわけじゃない。だが、完全に否定するでもない。——それでいい。言葉じゃなく、結果で信頼を積み重ねるしかない。


「ラルフ様、今夜の回復訓練にお時間いただけますか?」


声をかけてきたのは、リリスだった。魔王の従者として常に冷静な彼女も、今では俺に対して穏やかな表情を見せるようになっている。


「いいけど……訓練って?」


「はい。最近、兵士たちの間で“ラルフ式回復の型”が流行っていまして。どうやら皆、術の真似をしようとしているようです」


あの“型”って、ただ手をかざして祈るだけなんだが……。と思ったが、見に行ってみれば驚いた。

数十名の兵士たちが一斉に俺の真似をして回復術の練習をしていた。魔力の流し方、意識の集中、祈りの言葉。全部俺を真似している。


「……本気なのか?」


「はい。中には、微弱ながら治癒反応が出た兵士もいます。ラルフ様の影響力、ここまでとは……」


俺はその光景に、静かに胸を打たれた。かつては“回復できない”と笑われたこの手が、誰かにとって希望になっている。


(……悪くない)


ふと、思う。もし、俺があのまま勇者パーティにいたら、この未来はなかった。

追放され、絶望の中で魔族と出会い、この力の本質を知った。だから今、誰かを救えている。


人生ってのは皮肉だな。だけど、悪くない。


その夜、城の上層階——魔王直属の部屋に呼び出された。リリスの案内で通されたのは、玉座の間。そこには、威圧感そのもののような存在が座していた。


「久しいな、ラルフ。貴様の活躍、耳に届いておる」


魔王・グラザヴェルド=オルゴ=ヴァルグレア。圧倒的な魔力を纏う存在。その声一つで、空間が震えたような錯覚を覚える。


「光栄です、魔王陛下」


「……この戦い。人間どもとの決着が近い。ラルフ、貴様に命ずる。次の作戦に同行せよ」


「俺は回復術師です。戦闘には不向きかと」


「ふむ……だが、貴様がいるだけで、戦線維持率が3倍以上跳ね上がる。……もはや、貴様は戦略兵器だ」


いやいや、治療係が戦略兵器て。

だが、魔王の言葉には逆らえない。次の戦いは、大規模な前線攻防戦。人間の主力部隊が動き出すらしい。


そして——

「……勇者パーティも動いているようだ。かの《聖剣の光》が再編され、再突撃を狙っておる」


勇者パーティ——かつての仲間たち。今の俺が、戦場で再会する日も近い。


その夜、ベッドの中で、俺は天井を見つめていた。今さら顔を合わせたところで、言葉を交わす気はない。けれど——もしも、彼らが今の俺を見て、どう思うだろうか。


(後悔してるか? それとも、まだ俺を見下すか?)


いや、どっちでもいい。

俺はもう、過去には縛られない。今の俺には、信じてくれる仲間がいて、必要としてくれる場所がある。それだけで、十分だ。


俺は静かに目を閉じ、次の戦いに向けて眠りについた。



――決戦の日は、唐突に訪れた。

人間と魔族の両陣営が、長年にわたって睨み合ってきた境界の地《アルデン平原》に、すべての戦力が集結する。


「敵戦力、約一万二千。先頭には勇者パーティと思われる部隊あり」


報告を受けながら、俺――ラルフは魔王軍の前線本陣に立っていた。周囲を取り巻くのは、漆黒の甲冑に身を包んだ魔族の将兵たち。ゼイン、リリス、そしてグラザヴェルド魔王陛下までが自ら出陣している。


「回復準備、完了しています。いつでもいけます」


俺は静かに頷く。だが今日の俺には、もう一つの任務がある。

それは“強化”。


(本来なら、これは表に出すつもりはなかったんだが……)


俺のもう一つのスキル《神聖祈願・重奏》――それは対象の生命力を回復しつつ、一時的に身体能力・魔力・反応速度を大幅に底上げする“加護重複”の複合スキルだ。

これまで使わなかったのは、ただの「加減」が分からなかったから。下手に強化すると、対象の肉体が力に耐えられず破裂するレベルだった。


だが、魔族なら耐えられる。

あの桁違いの生命力なら――。


「全軍へ。ラルフの“祈願”が始まるぞ。整列しろ!」


ゼインの号令が飛ぶ。

俺は杖を握り、胸元で両手を重ねる。戦場の中央、静寂の中、俺の声が響いた。


「我は祈る。命を紡ぐ者のために。

――《聖律加護・重奏》、展開」


眩い黄金の魔法陣が俺の足元に展開され、そこから光の奔流が走る。

魔族たちの身体が淡く輝き、筋肉が膨張、瞳が鋭く、魔力が咆哮のように唸り始めた。


「な、なんだこの力は……!?」「体が軽い、いや違う! 弾けるような力が――!」


ゼインが一歩踏み出しただけで、地面が抉れる。リリスの髪が風と共に逆巻き、背後の空間が歪んだ。

それは、もはや“魔族”の領域を超えている。


「これで行けるか、ゼイン」


「ああ……これが、貴様の本当の力か。行くぞ、全軍――突撃!」


号令と同時に、魔王軍が一斉に前進する。


そして、その瞬間。

敵陣にいた“懐かしい顔”と目が合った。


「あ……あれは……!」


「ラルフ……!? なんで魔族側に……!?」


勇者パーティの前衛、剣士カイルが、驚愕に目を見開いていた。後ろには、あのミレイアの姿もある。

かつて俺を“無能”と罵った彼らが、今、恐怖に引きつった表情をしていた。


「おい、嘘だろ……なんで、ラルフが魔族の中心に……!?

あいつの回復、効かなかったはずじゃ……!」


そうだろうな。

人間には効かない“奇跡”が、魔族には効いて、今こうして戦況を変えている。


だが、もう遅い。


リリスが疾風のように突撃し、ミレイアの放った火球を“手刀”で真っ二つに裂く。

ゼインが剣を一振りするたびに、十人、二十人の敵が吹き飛ばされる。


人間側の陣形は一瞬で崩れ、兵は逃げ惑い、前線は完全に崩壊寸前だ。


「ラルフ、やめろよ……お前が、敵に回るなんて……っ」


カイルが叫ぶ。だが俺は、ただ淡々と告げた。


「俺は変わってない。味方を“癒して”、ただ“信じてくれた者”の力になってるだけだ。

……最初から、そうだったんだよ」


言葉の意味を理解した時には、もうカイルたちは包囲されていた。


勇者本人も重傷で動けず、ミレイアは魔力を使い果たし、ロイドも気を失っている。

かつての仲間たちは、誰一人まともに動けない。


「……ラルフ。助けてくれ……もう一度、お前の回復を……」


カイルの声は震えていた。あれほど俺を見下していたくせに、今さら助けを求めてくる。

だが、俺はただ静かに目を伏せる。


「悪いな、俺の回復は“魔族専用”なんだ。……だから、届かないよ」


それが、“選んだ側”の代償だ。


ゼインが勇者パーティを斬らずに制圧し、捕虜として拘束する。俺は魔王軍の方へと振り返る。


「ラルフ様、負傷者はゼロ。全軍、生存確認完了!」


「戦線、完全制圧。敵将捕縛!」


「魔王軍、完全勝利であります!」


歓声が巻き起こる。俺は、静かに杖を下ろす。


(これで……終わった)


かつて“無能”と呼ばれ、捨てられた俺の力は、いまや戦局を覆す“神業”と称えられていた。


だが、それでも俺の本質は変わらない。


癒す者。祈る者。支える者。


――たとえそれが、世界を敵に回す立場だったとしても。


俺は、自分を信じてくれる仲間のために力を尽くす。

それだけだ。


魔王軍は凱旋し、俺はリリスやゼインと共に、勝利の空を見上げていた。

澄んだ魔界の空には、ひと筋の光が射していた。

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