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さんにん:聖女コンチェッタ (神の花嫁になったので氏はない)

 相談室に淡いブルーの渦が生まれ、人の形をした影が修道女の姿になった。渦がほどけて、ユリウスも見慣れている聖女が実体化した。

 聖女コンチェッタは、修道女の着るグレーではなく、濃い紫の修道服だ。髪を覆う被り物は、本来は伝統を重んじたウインプルだが、旅と戦闘の毎日を考慮して肩までの短いベールを許されている。


「お師さま」

「コンチェッタ、久しぶりですね。神に感謝」

 ユリウスは、指を組んで弟子のひとりに会えたことを神に感謝する。弟子もすぐさま同じように感謝の祈りを捧げる。


 ユリウスの前に手を組んで座るコンチェッタの肩が震えている。涙が頬を伝う。

「お師さま」

「どうしました、聖女コンチェッタ、旅は順調だと聞いています」

「はい」

「何を思い詰めているのですか、神は寛容にあられます。苦しみがあるのでしたら、口にして構いません。あなたは重要なお役目に就いているのです」

「はい」


 コンチェッタは、耐えることが神に仕えることだと思っている若い修道女だった。自らの世俗的な欲求に克ち、神に花嫁として迎えていただき神に従って民に尽くすこと、それが生まれてきた理由であると。


 実家である子爵家で虐げられ、30も年の離れた伯爵の後妻に迎えられる寸前、13の時に部屋着とスリッパのまま小さな教会に駆け込んだ。

 事情を聞いた神官が、密かに王都近郊の修道院に送ってくれた。

 修道院では身の回りのことをすべて自分でやることを覚え、次第に自給自足生活に馴染んだ。荒れた手も、化粧っ気のない顔も、1枚限りの修道服も、子爵家やまだ13歳の少女を後妻に迎えようとする伯爵家を思えば幸せだった。


 16歳のある日、コンチェッタは神殿の祈りの部屋で神と対話をしていた。聖職者の神との対話というのは、心にあることを神に訴えるということだ。まあ、無宗教派の視点で無礼を承知で簡潔に言えば、黙って聞いてくれる人に一方的に話をしているようなもの、ということになる。

 ところが、聖職者には、時として啓示が下るのである。俗な言葉で言えば、お返事がもらえるのだ。


 コンチェッタは、神に癒しの力と小さな香炉を授けられた。ヒール、デトックス、ノーマライズ、ピュリファイ、もう何でもござれ。香炉には鎖がついており、爽やかな香りの香草がくすぶっている。その鎖を右手に持ち、左の手のひらを向けて癒しの言葉を唱えればオール・クリア。


 祈りの部屋から授けられた香炉を手にして出てきた少女を見て、すぐさま枢機卿会議が上申された。香炉は神がコンチェッタを花嫁として迎えた聖なる印であり、コンチェッタは聖女と認められた。聖具は香炉、効果は“すべてを癒す”。


 勇者パーティーを組むことになって、最初にメンバーに選ばれたのは、このコンチェッタだった。他が誰であろうと、この驚異的な能力は外せない。

 というか、裏話的には彼女に王都近辺に居られては、癒しの能力を持つ他の聖職者の立場がない。


 パーティーが王都を出る直前、香炉に新しい力が与えられた。一種のバリアと言えるだろうか。鎖の端を持ち香炉をブンブン回転させて香りをふりまけば、その範囲は魔物も人も近づくことができない神聖域となる。おかげで勇者キャンプは常に安全、見張りもいらない。


 まあ、場合によっては、魔物より人の方が怖かったりするもんね。若い女性がふたり、たっぷりお金持っている大魔導士と、伝説のアイテムをてんこ盛りされている勇者だ、わからないでもない。



「お師さま。……もう駄目です、修道院に帰らせてくださいませ」

 コンチェッタは椅子からおりて膝をつき、指を組み合わせた両手をふるふると震わせ涙ながらに訴えた。

 ユリウスは、請願する修道女には慣れっこだ。悠然として椅子から立ち、聖女に近寄る。組み合わされた手を取り、聖印を切り、椅子に座らせた。

「どうしました、聖女コンチェッタ、悩みの理由を聞きましょう」

「だって、だって……」

「言葉にしてごらんなさい」


「はい……。無能者よと嗤われるのが怖くて。でも、はい、お師さまなら……」

 ユリウスは、力づけるように強く頷く。

「わたくし、マリアさまの、剣王さまの……お苦しみを癒して差し上げることができないのです」

「人の苦しみを癒すのは、神の御業ですよ。それはどのようなお苦しみですか?」

「いえ、そのような。深刻と言いますか、天佑を乞うような苦しみではなく」

「それでは?」

「あの、あの。マリアさまは、肌の露出の多い鎧をお召しにございます。防御力が大変に強いと伺っており、あのお姿で双剣を振る様は誠にお美しく、剣姫と申し上げても偽りにはあらず。ただ……。

 ただ、何と申しましょうか、昆虫に対しては防御が薄く……」


 さすがにユリウスも、4人のうちの3人からビキニアーマーに関する意見が提出されるとは思わなかった。ただ、弟子の前でうんざりした顔も見せられない。微笑んで続きを促す。

「それは、もしや、蚊に刺されるという件でしょうか」

「ああ、お師さま、おわかりいただけるのですね」

「いえ、大したことではありません。剣王ご自身からどうにかしてほしいとのことでしたので」

 ユリウスの返事はあっさりしている。


「やはりそうでしたか、わたくし誠に無能で。ただかゆみを取り去って差し上げることもできません。夜じゅう、こう、何と申しますか……」

「おなかあたりを掻いておいでなのですね」

「はい……」


「聖女コンチェッタ、癒しの力を使う時、どの言葉を選んでいますか」

「はい、ヒールにございます。全く効果がありません。何度唱えても、どのように強く念じても、お苦しみのご様子なのに癒してさしあげることができず」

 ユリウスは、この弟子にもう少し初等教育を施すべきであったと残念に思う。


「蚊に刺されるとなぜ痒いか、あなたには説明するべきだったかもしれませんね。

 蚊が人や動物を刺すのは、子孫を残すために血液が必要だからです。ですので、すべての蚊が人を刺すわけではありません、雌のみです。

 刺されて痒いのは、血を吸い取る際に、蚊の口吻から僅かに体液が人の体に残されてしまう為です。

 わかりますか、聖女コンチェッタ、つまり、剣王は一種の毒に侵されているのです。それは、命にかかわるものではないといえども、蜂の毒と同じようなものだと思いなさい。

 つまり、唱えるべきはヒールではなく?」

「お師さま、それは、デトックス(解毒)なのですね!」


「蚊が人を刺す理由がわかれば、蚊を憎む必要もありません。思いを清らかに、そして、癒しに必要な言葉を誤らなければ、直ちに解毒して、剣王もお楽になられるのです。心を強くお持ちなさい。

 コンチェッタの表情は輝いている。

「お師さま、未熟な弟子をお導き頂き、心より感謝いたします」


 何じゃそれは、という話ではある。別に生物学やら博愛主義はどうでもいい、野山に入るのならかゆみ止めの軟膏くらい持って行けや!



 ユリウスは弟子にちょっと説教をかましたが、それだけでは気の毒なので、ちゃんと恩恵もつけることにした。

「あなたは、剣王が眠りについた後、神に祈ろうとしてもそれを剣王の眠りの浅いゆえに妨げられていたのではないのですか?」

「……はい……。畏れ多くも主とお呼びすることを許された神との対話が十分にかなわず……。修道院の祈りの日々に帰りたく」

「ふむ」


 ユリウスは、しばらく考えていたが、なんとか弟子の悩みを解決しようとする。

「わかりました。現在、勇者パーティーのテントは2張りですね。勇者と大魔導士、剣王と聖女の組み合わせで使っていますね。

 これを改めましょう。ひとり一張りにするよう進言します。昼は4人で戦いながら歩いているのです。夜くらいひとりでゆっくりしたいでしょう。

 聖女コンチェッタ、それでどうですか」

「ああ、お師さま、ありがとうございます。そうしていただければどれほど助かりますことか。

 でも、荷物が。4人とも、マジックバッグはもう一杯です」

「ああ、そこは問題ありませんよ。第一あなた方はなぜたった4人で旅をさせられているのでしょう。本来一個師団で行くべき旅ですよ。隠密な旅と言っても限度があります。

 教会から、隠形おんぎょうを使える従者を出します。ひとりにつきひとりの従者くらいいなくては」


 それは、考えてみれば当然の事ですらあった。

 国家的、いや、国家連合を組んで当たるべき魔王討伐という大事業に、輜重のサポートすらなく4人だけで行けとか、フザケンナ!だ。なんで俺らは鍋まで背負ってんだ、と、怒っていい。いや、マジックバッグだけどね。テントや鍋釜を従者が運ぶなら、剣王はパジャマを持って行ける。ビキニアーマーの防御力がどれほど高くても、睡眠不足ではろくに戦えないではないか。


 聖女は感謝の印を切りながらつつましく頭を下げ、ブルーの渦に包まれてワープしていった。


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