ひとり:マリア・フォンタナ一代女伯爵
「だからさー、このウエアとか、どうにかなんない? もうもう、すっごく大変なんだけど?」
「はあ、フォンタナ伯、どのあたりが大変なのでしょうか、具体的にお願いできますか?」
大神官補佐・ユリウスは、前任の相談役を務めていた神官が“燃え尽きましてございます”と一言残して辺境の村へ転任していったので、新たに相談役に就任した。
フォンタナ伯マリアは、パーティーの剣王。勇者と並んで前列で魔物を華麗に斬り倒しすでに1年、黒髪にルビーのような紅い目をしている。魔王討伐の任を受けて旅立つ時に、王から一代女伯爵を賜った。
ユリウスはマリアを前に、ペンを構える。
マリアは足を組み、ユリウスとの間にあるテーブルに右肘をついて顎を支えている。そしてその左手は……上下に分かれたビキニアーマーの胸当て部分とパンツ部分の間、ちょうどおへその左あたりをボリボリと掻きながら苦情を言う。
「だからさー見たらわかんじゃん? 魔王討伐とか、まあ、最初はよかったよ? 街道沿いだったし、夜は宿屋あったしね。
知ってると思うけどさ、今野営じゃん、野営。 別にいいよ? テント男女別だし? 結界張ってるし? 見張りもいらないガンガン特別仕様だしね。
でもさ、寝るときもこのビキニアーマーとかどうよ! 縁ンとこが食い込むわけよ、マットとかあるわけないじゃんね、シートの上にシュラフ一枚。わかる? 痛い。おまけに痒い、寝らンないじゃんね、フツーにサ!
最近じゃ道とかないじゃんね、歩いてるとこ知ってる? 道なき道をかき分けて~、わかんでしょ、蚊がいる訳よ、そりゃもう藪蚊、てんこ盛り。見てよ、これ!」
「はぁ、なるほど」
ユリウスは貞操を神に捧げて神の花婿になった男だから、若い女性の素肌程度、しかも蚊に刺された跡だらけの腹部を見たぐらいではびくともしないのだが、立場上じっくり眺める訳にもいかない。
「お気持ちはよくわかるというか、痒いのって本当につらいですよね」
「そうだよぅ、ナニこのアーマー、どんだけ防御が強くてもこのデザイン、どうよ、ね? せめて下に肌着、ね、髪に合わせて黒でも、目に合わせて赤でもいいじゃん、虫よけ練りこんだ布でグッド、ね?」
「確かにそうですね、はい。 それで性能的にはどうなんです? アンダーを追加すると防御力が落ちるとか、そういう問題はないのですか?」
「はぁ。そこンとこなンだよねー。 じゃあ、せめて上からチュニック、ね、魔法防御力が上がるやつとかで。寝るときゃそれを畳んでこのあたりにさ」
と、胸部装甲の裾から指を差し込んで、あー、キッツ、とかなんとか……、いっそ脱いで寝たらいいんじゃね?
「だから、ね、頼む、おねがい」
ユリウスは大変まじめな神官で、勇者一行のサポート役に天命を感じていた。
「承りました。この件は、本日の会議で議題に上げ、できうる限り早く、魔法防御力のあるジャケットをご用意いたします」
「わぁ、助かるー、ありがたいわぁ。
それでもう一つあンだけど?」
「はい」
マリアは組んでいる足をほどいて、左足をテーブルに上げる。
「あのさ、このアンクレットなんだけどね、さっきも言ったけど、最近藪の中を歩いてるわけよ、この鎖がさ、あっちこち引っかかって、こう、ほら見て、タイツの足首のところから電線入ってるじゃんね。防御も弱くなっちゃうしさ。アンクレットでなくてもよくない? 守護のお守りじゃんね、勇者は指輪だし、聖女はペンダントでしょ? もうちょっと考えてもらえない?」
ユリウスは、然りごもっともと頷く。
「はい、配慮が至りませんで誠に申し訳なく。
おそらく、初期の時点で、ビキニアーマー、双剣、サークレット、アンクレットと合わせたのでしょう。やはり勇者御一行で、女伯爵ともなりますと、見た目も重要だということだったのではないかと」
「あー、藪の中歩いてて、見た目? 見る人いないよね。変えて、すぐさま」
「はい、承りました。こちらでいかがでしょう」
ユリウスは、大変上位の神官なので、お守りの1個や2個はいつでも持っている。
「こちらは、わたくしの手作りではありますが、たっぷり祈りを籠めまして守護の力はそちらのアンクレットの2倍半、どうぞお持ちください」
「うっわー、太っ腹、サンキュー、神官サマ!」
マリア・フォンタナ一代女伯爵は大喜びで相談室から勇者一行のキャンプへワープしていった。
後には、紅のワープ渦が残された。それを温かく見守る大神官補佐、ユリウス猊下であった。