ふゆのひまわり
手紙。
それは、過去から未来へと想いを紡がれるもの。
未来から過去へと紡がれることはない。
時は、今から流れるものだから。
まどろみの中、遠くで誰かが呼ぶ声がする。その呼び声に声にならない声で返事をする。その声がしだいに大きくなってきた。
「あかり!いい加減に起きなさい。遅刻するわよ!!」
遅刻という単語にベッドから飛び起き、急いで支度をする。いつもは時間がかかるのに人間なぜだかわからないが、このようなときは異様なスピードを見せる。
用意されていたパンを口の中に詰め込み、ミルクティーで流し込む。
「い、行ってきます」
行儀が悪いけれど、咀嚼しながら台所で後片付けをしているお母さんに声をかけ、家から飛び出した。
走りながら今日は、時間をかけてセットできなかった髪の毛を整える。
彼は、いるだろうか。
その場所に近づいてくると心臓がどくどくとしてきた。
遠くからでもわかる。あのひまわりを感じさせる。黄色の頭。
手前で止まり息を整える。不自然に思われないだろうか。そればかり考えてしまう。気配を感じたのだろうか彼は、後ろをちらりと見て私と視線が合うと気まずそうに顔を背け前を見て駆け出した。
「やっぱりまだ嫌われているんだ」
そう呟いた言葉は風に乗って消えた。
小学生の頃、あまり口数の多い方ではなかった彼、日向 葵は母親ゆずりの金色の髪をしていて、影で女の子達に人気があった。子供の頃は、いつも一緒に遊んでいたけれど、高学年になるにつれて周りの目が気になり、学校では少しずつ避けるようになってきた。 それでも、学校の外で会えば普通に話すし遊ぶ。
あのときまでは―――――――――。
私が言った言葉で葵くんを傷つけ、学校ではもちろん近所で会っても目を合わせることも話すこともしなくなった。当然だ。
葵くんを傷つけたのになにもなかったかのように今、まで通りいくなんて都合がよすぎる。
これは、罰だ。
だから、こんなことになったんだ。
夢を見ていた。
寝ているのに夢の中でも夢を見るなんて不思議なこと感じたけれど。
夢の中の私と葵くんは、あんなことがあったことがあったのに子供の頃のように一緒にいた。同級生にからかわれても、なんでもないことかのように、
「羨ましいんだろ」と笑って言い返す葵くん。
それは、小学校を卒業しても変わらなかった。
中学生になって、初めて着る制服。他の子と同じなのに葵くんだけ違って見えた。最初見たときは、ぶかぶかなのがちょっとおかしくてからかったら、
「すぐに成長するからいいんだよ」
と小突いた拳はどこか優しかった。
小学生の頃は、口数も少なかったけれど、中学に上がると気がつくと葵くんの周りには友達に囲まれていた。それもそうだ、小学生の頃だって友達がいなかったわけではない。口数は少ないけれど、もともと人懐っこい男の子だった。ポツンと一人でいたかと思うといつの間にか皆の中心にいるようなそんな男の子だった。なんで忘れていたんだろう。
昼休みに男子たちとバスケやサッカーをやっているのを友達と眺めていたけれど葵くんは、なぜか部活に入ろうとしなかった。そのことを不思議に思って聞いてみたら、
「体を動かすのは、楽しいし好きだけど部活に入ってまではやらないかな。それよりも大切なことがあるから」
私の目をまっすぐに見ていう葵くんにそれが、なにかを聞けずにいた。それを聞いてしまったら終わりが来てしまうように感じていた。
文化祭で葵くんと一緒に見てまわってお化け屋敷に入ったこと。私より怖いのが苦手なのに手を繋いで先に行ってくれたこと。繋いだ手は、あの頃より大きかった。でも、温もりはあの頃と変わらないままだった。
たまに葵くんが私だけに見せる悲しみでゆがん歪んだ顔。そんな顔をさせたくないけれど、どうしたらいいのかわからなった。
目を開けると真っ白い部屋にいた。
「あかり!」
隣を見るとなぜだか少し老けたお母さんがいた。そして、今にも泣きそうな声で、
「もうすぐお父さんも来るからね」
「……何でなんで私ここにいるの?お家じゃない……よね」
口から出た声は、普段聞いていたものとはまるで違っていた。すこし大人びた声。
ふと、窓に目をやると母のとなりに知らないお姉さんがいる。その向こうには雪が降っていた。
今は、夏だったはずなのになんでだろう。長い長い夢を見ている間に季節まで変わってしまったのだろうか。そんなわけあるはずない。
聞いてみると小学生5年の夏、私からずっと今まで原因不明のまま眠りについていた、らしい。
自分のことなのにどこか他人事のように感じる。
ベッドのサイドテーブルに目をやると、色褪せたクリーム色の封筒があった。手に取ると、少しいびつな文字で私の名前が書いてあった。ひっくり返してみると、心臓が跳ねた。震える手で開けると、短い言葉が綴られていた。
『みらいでまってる』
廊下を掛けてくる音がする。その音は私の病室の前で止まったかと思った瞬間、扉が勢いよく開いた。
高校生くらいの知らない男の子。でも、どこか面影がある。彼の髪は汗なのか雪のせいなのか少し濡れていた。
「葵くん?」
「うん」
「葵くん」
「……うん」
涙で視界がぼやけてくる。
「葵くん!」
「うん」
泣きじゃくる私に葵くんは、ためらいがちに優しく髪を撫でてくれている。
「…葵くん。この間は、ごめんね」
そっぽを向いて、
「なんのこと?昔のこと過ぎて忘れた」
と言った。
ずいぶんと時間が経ってしまっていたことに改めて気づかされた。でも、なぜだか夢の中でも葵くんがそばにいてくれているのを感じていた。
「うん。でも、葵くんがずっとそばにいてくれていたこと私ちゃんとわかっているよ。夢の中でも葵くんがそばにいてくれたから私、寂しくなかったよ」
一瞬、顔を歪めたけれど、笑顔を見せた葵くんは、やっぱりひまわりを思いださせた。