3 日常
「キルケ先輩! 起きて起きてー!」
……キーンとする声が昼休みの屋上に響く。
目の前にいるって言うのにどんだけ大声で叫んでるのよ。
私はゆっくりと重い瞼を開けた。
寝起きにキツイ。五月蠅い。迷惑。
とりわけ珍しくもない金髪に燃えるような赤い瞳の少年、黄色の肌の少年――
ライラが「やっぱる寝起き悪いですね~!」とニヤニヤしながら私の顔を覗き込んできた。
喧嘩うってるの?
……まぁ、起こしたらたまに枕投げてくるって家族の間でも周知の事実だけど。
こいつの赤い瞳はいけ好かない。……思い出してしまう。
私はフイっと目を背けた。
ライラの隣で小柄の少女、エミリー、――この国では珍しい赤毛、宝石のように輝く黄緑の瞳、赤みの帯びた白い肌、赤い楕円の眼鏡をかけている――が少し困った顔をしている。
「大丈夫ですか、先輩?」とエミリー。
この子は弱気で臆病なところもあるけれど、心配性で優しくていつも私や他人を
気にかけてくれる。本当、良い子。
あの夢をまた見たせいか首元が汗で微かに濡れていた。
きっとこれを心配してくれたんだろうな。
「ありがとう、エミリー」と私は微笑んだ。
ぶーっとライラが少しむくれている。こいつは何故か異常なほど私にご執心で
嫉妬深くてめんどくさくてウザくてキモイ奴。整った顔をしているとは思うけど、言動だけでここまで気持ち悪く見えるのもまあ凄い。ある意味才能だわ。
「今日もお昼のミーティングありますよ!さ、早く部活に行きましょ~よ!!」
とライラ。
部活……ねぇ。行きたくないんだけど。
私の所属している部――「Occult Research Department」、通称ORDは
まぁ名前の通りヤバイ部。ここA国で起きる科学などでは証明できない事件・現象そして未解決事件などの謎を解明しようと尽力する部活……なんて銘打ってるらしいけど私に言わしてみれば勝手に人の敷地に入り込んで首を突っ込んでいく迷惑な探偵気取りっていう感じ。正直、めんどくさいし関わりたくない部類。
じゃあ、なんで入ったかっていう話よね。
……あの子が誘ってきたのよ。
珍しかった。
あの子別にオカルトなんか好きでもないし。スポーツとか頭より体を動かす方が
好きだったし。
……バスケが得意だったのに。そんなあの子が……。
でも何となく察した。
あの子がORDに私を入れたかったのは多分……。
「あ、キルケ先輩! 部長から出された宿題、やってきました~?」とライラが
ずいずいっと顔を近づけてきた。なんでこいつって一々顔が近いのよ。
ウザかったので肩をトンっと突き飛ばした。
また不服そうな顔してるし。めんどくさ。
ライラとエミリーはORDの後輩で高1。私の上には、部長と副部長を含め3人。
2年は私……1人になった。だから余計に行きたくない。
行けば現実を見せつけられるから。
「あの……その、宿題も大事なんですけど……」おずおずとエミリー。
「先輩、さっき凄くうなされてましたよ。汗もかかれていましたし……
最近、よく眠れていないみたいですし、悪い夢でも見たんですか?
私、心配で……」
……そう。そんなに心配かけさせてたの。
悪夢……ではないけど。
だって、夢の中ではあの子に会えるから。……だけど。
……「あの日の夢」を私は何度みるのだろうか。
オレンジの人形。赤い天使。紫の花の魔女。
一体いつまで……。
私はギョッとした。ウルウルした涙目でライラがこっちを見ている。
なーんか嫌な予感。
「キルケ先輩~! 辛かったら僕の腕の中で泣いてもいいんですよぉ~!」
と抱きついてきた。
予感的中。あーもう暑苦しい。引っ付くなバカ。スリスリしてくるな気持ち悪い。
流石に我慢ならなくなって「死んでもイヤ。ライラ気色悪い」とさっきよりも強く
ライラを突き飛ばした。
「わ~ん! 名前で呼んでくれたぁぁ~嬉しいぃ~!」と号泣。
なんなの。バカなの。ドMなの。
横でエミリーが力なくははっ……と笑っている。
この子が笑ってくれるならまぁいっか。
ちょっとだけ許してやる。