最終話・今の居場所
朝早くから、青年は緊張した面持ちで大豆を水につけていた。
柔らかくなったのを確認して、十分に水気を切り、最新式の粉砕機に詰め込む。
そのまま液状になるまで砕いて、清潔な布で漉せば、豆乳の完成である。
「濾した物はどうするか……」
豆腐作りはまだここからだ。
鍋に移して熱していると、二階からぱたぱたと足音が聞こえてきた。
「紅さん、おはようございます!」
「おはよう。これからにがりを入れるところだ……リオ」
「はい?」
「パジャマのままだぞ」
びゃっと少女の両肩が跳ね上がる。リオは慌てて自室へと戻った。
ずれたマスクを付け直しながら、料理人は真剣な目つきで鍋を見下ろす。
店主がこの装置をくれた日を、つい先程のように覚えている。
鼻で息をしても、頭が痛くならない。
目眩を気にせず、好きなだけ厨房に立つことができる。
客の体臭や香水で吐き気を催すこともない。
それは青年にとって、世界が変わったような衝撃だった。
思わずぽろぽろと泣き出して、マスターを驚かせたのも、今となっては良い思い出だ。
それ以来、ずっと青年は考えている。
この手の届く範囲で、自分も他者を救いたい、と。
そのために一番身近な手段は彼にとって料理だった。
客から「美味しい」と言われれたびに、表情は変わらずとも心はいつも喜びに溢れた。
だからこそ料理という土俵において、客に何かを諦めさせることは、紅自身が許せない。
鍋に凝固剤のにがりを加え、胸を高鳴らせながら様子を見る。
側面がふつふつし始めたところで、蓋をして火を止め放置。
食器の整理や、週明けのメニューの確認を済ませてから、慎重にそぅっと蓋を開く。
そこにはつるりとした表面の、豆乳の塊が出来上がっていた。
「……良し」
しみじみと感動しながらできた豆腐を容器に移す。
ところどころ欠け落ちたレシピには、「冷」の字があった。おそらく冷蔵庫で冷やして固めるようだ。
どうにか近い物を用意できて、青年は安堵のため息を吐く。
「おっと、そうだった」
黒電話の受話器を手に取り、青年は依頼人──古本屋の小人に電話をかけた。
休日ではあるが、少女は給仕服で斜面を登っていた。
「第三区って、本屋とか印刷所さんが多いんですっけ」
「そうだ」
バスケットを抱きかかえ、青年が相槌を打つ。
しばらく歩いていると、大きな木が目に入った。途端、リオは「へくちゅっ!」っとくしゃみをこぼす。
紅は慌てて布製のマスクを差し出した。
「すまない。『粉塵』があるんだったな」
「ふんじん?」
「竜種のような魔法生物が脱皮すると、細かい粉が周囲に舞って、五感の鋭い獣人族はアレルギーのような症状が出るらしい」
「へぇ、だっぴのこなで……」
新しい知識に、幼女は速やかな納得を示した。
前世で理央がかかっていた、花粉症のようなものを指すのだろう。
(あれはあれで辛そうだったなぁ)
小人の居住地の近くにたどり着くと、謎の樹木は柵で四方を囲まれていた。
呼び鈴を鳴らし、古本屋の部屋番号に繋いでもらうと、すぐに嬉しそうな老父の声に繋がった。
ふと、リオは庭にいる生物に目を留める。
前に聞いた通り、少女とそう変わらないサイズの竜が、じっと頭上を見上げていた。
(そろそろ巣立つのかな)
もしかしたら今日見られるかもと考えてながら、少女は青年の後を追った。
小人と合流した彼らは、近くの公園のベンチに移動することにした。
高さの問題で、古本屋を幼女の手に乗せて、一行は歓談しながら歩いていく。
バスケットの上に老父を下ろすと、彼は少女を見上げて微笑んだ。
「ありがとう、お嬢さん」
「いえいえ。よいませんでしたか? ゆれとか」
「大丈夫だとも」
朗らかに笑う小人の前に、専用の容器が置かれる。
「どうぞ、ご賞味下さい」
優しく頷いて、古本屋は容器の蓋に手をかけた。
瞬間――彼女の姿が頭の中で駆け巡る。
『あなた意外と雑なんだから、私がいなくても、ちゃんとご飯食べるのよ?』
『また散らかして〜。今回は私は片付けないからねっ』
『ね、見て! 懐かしいでしょう? 初デートの時の服を仕立て直して貰ったの。今度一緒に出かけましょうよ。どこが良いかなぁ』
瞳から丸いままの涙がこぼれ落ちる。
小人族の老父は震える手でスプーンを握り、おぼろ豆腐とソース、鶏肉のかけらを口にした。
刺激的な辛味を、具材の食感が引き立て、鶏肉の油と滑らかな豆腐が緩和する。
涙が落ちるのを拭いもせず、彼は黙々と匙を動かした。
「っ、美味い。美味いなぁ」
嗚咽をこぼしながらも、小人は食事を止めなかった。
脳内に広がる、悲しみから忘れていた思い出達と共に、受け止め咀嚼し飲み込んでいく。
どうして忘れていたのか。そういうものだと、割り切れるわけが無かったのに。
記憶の中の彼女はころころと表情を変える。
老婦になってもそれは変わらない。それでも一番に思い出すのは笑顔だった。
もっと言えることが、伝えられることがあったんじゃないか。
今更そう考えながらも、老父はスプーンを置いた。
容器の中身は、とっくに空っぽになっていた。
「ありがとう……彼女に、妻に、もう一度会わせてくれて、本当に」
感謝の言葉を紡ぐ小人に、半竜族の青年は黙って彼の背中をさすった。
肩から力が抜けたような老父の笑みに、リオは胸の辺りがじんと熱くなるのがわかった。
不意に、遠くで遠吠えが聞こえる。
思わずそちらに目をやれば、居住地の樹上で火竜が翼を伸ばしていた。
「巣立ちか。これから地下帝国に向かうんだろう」
「無事に行けると良いですな」
リオは不思議とその光景に目を奪われていた。
日差しを反射する緋色のその奥、根幹に近い部分に、なぜか別の姿が重なって見えた。
竜とは全く違う誰かの横顔。
(………………うそ)
直感に近い確信が、彼女の全身を駆け巡る。
慌てて少女はベンチから立ち上がった。
「わたし、ちょっと追いかけて来ます」
「な、リオ――!」
青年が名前を呼ぶのも聞かず、幼女は一心不乱に走り出した。
(そんな、そんなのって……)
ぐっと下唇を噛み締めて、飛び立った竜の背中を追いかけた。
少女の瞳に困惑と焦りが滲む。
斜面の町を駆け上がり、学園の脇を通り過ぎ、リオは走り続けた。
途中つまずいて手のひらを擦りむいても、ただ上空を見上げて足を進める。
どんなに追いかけても遠ざかる火竜に、彼女は思わず声を上げた。
「ま、待って下さい!」
届いたのかどうかわからないが、竜は飛ぶ速度を緩めない。それでも初めての飛行だからか、両者の距離はまだ近かった。
ふと、リオはどうして自分が火竜を追うのか考える。
その理由は単純で何よりも変えがたいものだった。
竜への確信が導き出すのは――同類の証拠。
この世界で唯一、互いの心情に理解を示せる者の存在だった。
足元から石畳が消えた。もうすぐ山道に入ってしまう。
もう一度、少女は声を張り上げた。
「待って、待ってよ! ねぇ! あなた、あなたはっ」
目頭が熱くなるのを感じる。しかし、今は泣いている場合では無い。
ほんの一瞬口ごもってから、彼女は空を泳ぐように進む背中に問いかける。
「あなたは――古本屋さんの奥さんなんでしょう!?」
被って見えたのは小人の老婦の姿だった。
共通点はそれだけだったが、少女はそれを固く疑わなかった。
ふと、頭の中に男性的な声が響く。
『そう。だから、彼とお別れするの』
それは悲しげで、どこまでも慈愛に満ちた声音。
(テレパシー? いやそれより)
竜の言葉を受け取って、リオはさらに一つ確信をした。
(きおくだけじゃなく、心もそのまま……?)
亡き妻を思う彼の傍らで、ただ寄り添おうとしていたとしたら、それはどんな覚悟の上で成り立つものだろうか。
『本来なら、二度目など無かったわ。きっとこれは回り道だったのね』
なぜ黙っていたのかという言葉を飲み込む。
話せるはずもないということは、きっとリオ自身が一番良く知っている。
落ち込む彼を元気づけようと、前世の癖でレシピに触れてしまったのだと、竜は呟いた。
『申し訳ないことをしたわ……でも、彼は喪失からちゃんと前を向いてくれた。だから、今度が私が――火竜の生き方を探る番なの』
まっすぐな強い口調が、不意に泣きそうな声に変わる。
『内緒よ? お嬢さん。今、私ね、とっても怖いわ。怖くてたまらない』
「……うん」
『初めましての世界って、こんなに怖い景色なのね』
きらきらと、空中で何かが光るのが見えた。
それが竜の流した涙だとわかった時、つられて少女の視界が滲んだ。
『でも、すごく綺麗よ』
その後ろ姿は堂々と誇らしげで、同時にあまりにも悲しかった。
(――……そうだ)
周囲の何もわからなくて、泣き出したくなる感覚を知っている。
暗闇の中にある未知に、ふと心の動かされる瞬間を知っている。
初めての一歩を踏み出した時、感じた血潮の熱さを知っている。
本来なら成長と共に失われる『初めましての世界』。
この世界で二人だけの秘密を抱えた者達は、やがて山の天辺へたどり着いた。
少女の息はすっかり上がっている。
振り向かずに進む竜に、リオは共感と悲哀と愛情を込めて叫んだ。
「がん、ばって!!」
返事の代わりか、火竜は大きく翼を動かし、より空高くへと飛び立った。
キラリと何かが落ちてくる。
地面に向かって落ちるそれを、少女は慎重に手のひらで受け止めた。
そこにあったのは、一枚の緋色の鱗。
途端に滲んでいた視界が晴れ、熱い水が頬を伝っていく。
(そういえば、この世界は思ったよりやさしいんだって思えたのは、コウさんに会って、マスターに会ったからだった)
胸の奥に、上手く言葉にできない感情が溜まっていく。
「リオッ!!」
ゆっくりとぎこちなく振り返る。
そこには走って来たのだろう、肩で荒く息をする青年がいた。
「良かった見つかって……急にどうしたんだ?」
「……コウさん」
「うん?」
「会いたかった、です」
くしゃりと顔を歪め、涙をこぼしながら、少女は鼻声で続けた。
「マスターにも、会いたいです。り、リトトルカに、帰りたいですっ。帰りたいって、言っていい、のか、わからないけど……」
しやくり上げる幼女の涙をハンカチで押さえ、紅は何かを言おうとして、結局ありきたりな言葉だけをかけた。
「あぁ、一緒に帰ろう」
優しく背中を撫でながら、彼はどこか悔しそうに両目を細める。
迎えに来た紅に背負われながら、リオはわんわんと泣きわめいた。
なぜ泣いているのか彼女自身もわからなかったが、確かなのは涙にこもるのが悲しさだけではないということだった。
翌日、食堂はいつも通り営業していた。
ありがたいことに盛況で、昼頃には狭い店内が一杯になる。
三名が三名とも忙しくしている。金髪の幼女は普段通り、おとなしくも明るい振る舞いのままだ。
テーブル席では以前訪れた犬系の家族がオムライスを食べている。
「こらっ、グリンピースも食べなさい」
「食わず嫌いは良くないぞ」
嫌そうに眉根を寄せる少年に、黒猫が近寄った。
「どんにゃ味だと思う?」
「え?」
「俺は甘いと思うにゃあ。どんにゃ歯ざわりなんだろう? 俺はカッチカチだと思うね」
そう言われて初めて考えたのか、子供はじっとスプーンの上の豆を見下ろし――一口で頬張った。
『食べたっ!?』
「お〜、すごいじゃん」
獣人の少年は褒められて嬉しそうだ。
両親から礼を言われながら、ふとマスターは尾を揺らす。
(こういう好き嫌い、リオから聞いたことにゃいんだよにゃ)
実はそのことを店主とコックは心配していた。自分達に遠慮しすぎなのではないか、と。
そっと紅に視線をやれば、こっそり片目をつむられた。
どうやら青年の強情さの粘り勝ちのようだ。
(開店後が楽しみだにゃ〜)
大きく伸びをしながら、マスターは会計の済んだ食器を浮かして洗い始める。
何も知らされていないリオだけは、笑顔で客に水を出していた。
拭き掃除を済ませ、宿題の確認をしようとした少女に、紅が手招きをして来た。
そういう時は大抵新作メニューの試食会である。
わくわくしながら彼女はカウンター席に腰掛ける。
「試作品なんだが、どうだろうか」
ことりと置かれたのは小型のグラタン皿だ。
それを一目見て、リオはひゅっと息を飲んだ。
薄いクリーム色に、ほのかな甘い香り。ずっと、憧れていた『彼女』の好物。
それはいつも家族の思い出と共にあった、
「プリン……」
少女の呟きを聞いて、コックは真顔のまま両腕を上げる。
リオが一度名前を言っただけのそれを調べ上げ、製作が困難な古代の王宮菓子だとわかった時は、マスターに協力を要請した。
その後、考古学者に取材を繰り返し、生産数の少ないバニラビーンズをどうにか譲ってもらい、探り探りでようやく形になったのだ。
『言い間違いでは?』と店主には言われたが、青年は首を横に振った。少女はあの時『なんでもない』と言った。それは、きっと自分への遠慮からだと。
ぽかんと口を開けるリオに銀の匙を渡す。
「まだだ。食べてみてくれ」
「ふぁ、ひゃい」
そろりと表面を掬い取る。柔らかな弾力は、あっさりとスプーンのくぼみに収まった。
ごくりと生唾を飲んで、少女は恐る恐る口に含んだ、
瞬間――口内でとろけていく。
(おんなじだ……!)
驚きのままに食べ続けると、底にはカラメルが敷かれていた。一緒に食べるとほろ苦さが加わり、さらにスプーンが進む。
目を輝かせていた彼女は、何気無くあることに気がついた。
(きおくよりも甘い、ような)
単純に砂糖の分量が違うだけかもしれない。
しかし、少女は食堂【リトトルカ】のコックが、どれだけ優しいのかを知っている。
彼女は言ったことが無かったがかなりの甘党だ。
おそらく、これはリオに合わせて、リオだけのために用意された物なのだ。
ぐっと目の奥から涙がこみ上げてくる。
(だ、だめ)
カウンターに突っ伏し、少女は背中を細かく震わせた。
(せっかくコウさんが作ってくれたのに、美味しいのに、なんで)
弱々しく体を丸める彼女の頭を、青年がぐしゃっと撫でた。
彼は懸命に選んだ言葉を一つ一つ口に出した。
「リオ。リオは、古本屋さんがオレの料理を食べて泣くのを見て、嫌な気分になったのか?」
「……そんなことない、です」
「オレも同じだ。本音を言うと、嬉しかったよ。ちゃんと届いたのがわかったから」
しばし言葉に悩んでから、彼はもう一度口を開いた。
「泣きたいなら泣きなさい。オレもマスターも、それも責めないし、迷惑がりもしない。約束しよう」
びくっと震えた幼女の体が、徐々に起き上がる。
丸い顔の端を涙がこぼれ落ちていた。
そっとハンカチでそれが拭われる。
「リオがそうしたいって思ったなら、泣いて、怒って、笑ってくれ」
「そうだぜ。遠慮すんにゃって言ったろ?」
黒猫がしなやかな体を持ち上げ、少女と目線を合わせる。
「もしさ、無理をしてんにゃら、良い子ににゃんてにゃらなくて良いんだ。リオがしたいようにする中で、もし道を間違えたら、その時はちゃんと叱るし……先のことを一緒に考える」
「……どぅして、そこま、でっ、してくれるんです、か」
「簡単だよにゃあ」
青年と黒猫は顔を見合わせて、くつくつと笑った。
「そうしたいって思うぐらいには」
「俺も紅も、リオのことが好きだからだよ」
それだけだと言う彼らに、少女は嗚咽混じりに返事をした。
「わだ、わだじも、わだしもぉ、ずき。だいすきぃ……」
彼女の背中を撫でながら、コックは穏やかな声をかける。
「ぷりん、しまっておくか?」
「だべるっっっ!!」
「抱き寄せにゃくてもとんね〜よぉ」
「そうだ。誰も取りはしない。それはリオの物だ」
――ああ、温かいなぁ。
そうリオが思った時だ。
ふと、両親の声がした。
きっと、唯一戻った記憶の、少しだけ続きの台詞。
『愛してるわ。私達の宝物』
『どうか、幸せになっておくれ』
それだけは二度と忘れはしないと、少女は自分自身に誓った。それだけで十分だった。
その日の夜。
布団に潜り込んだ後のことだ。
突如として、リオは真っ白な空間に立っていた。足元には線が一本引かれている。
少女の姿は寝る前と全く同じだった。
「……ゆめ?」
ぐるりと辺りを見渡してから、線の向こうの人影に少女は気がついた。
目つきが悪く背が高い、不器用なだけの平凡な彼女。
そこにいるのは、この世で一番身近な他人であった。
リオと――理央の視線がまっすぐに交わる。
マフラーを巻いた学生服の彼女は、そうするのが当然のように口を開いた。
『あたしは死んだ』
どこか浮き足立った感覚の幼女に、少女は淡々と続ける。
『事故かもしれないけど、誰かの手で殺された』
「……」
『こっちにも、そっちにも、もうどこにもいやしない』
「うん」
「ずっと、ずっと思ってた。どうして過去のために、今が削れなきゃいけなかったのって」
一息置いて、彼女は儚い笑みを浮かべた。
『やっとだ。やっと……受け止められた。ごめん……そのせいで色々、迷惑かけちゃった』
「迷惑だなんて思ってないよ。不運だとは、思ったけど」
ぷっと同時に吹き出して、二人は目を合わせる。
『もし、私に一つお願いができるなら、理央の記憶は全て――リオのしたいように扱って』
返事を待たずに、己の前世は言葉を連ねる。
『生きたいように生きてね。リオ』
「わかってる。ようやく、わかったんだよ。理央」
これは都合の良い夢だ。それはわかっていた。
でもきっとこれは、記憶の中に残っていた、理央自身の声でもあるのだろう。
「「おやすみなさい。さようなら」」
同じようで違う、二つの声が重なる。
死にたくなかっただけの亡霊は、今やっと眠りについた。
カーテンの隙間から朝日が差し込む。
ゆっくりと体を起こすと、長い金髪が湿気でうねうねしているのがわかった。
ぼんやりとした頭には、相変わらず前世の記録が大量に残っている。
それと取り戻した一欠片の思い出も。
気づけば、リオは自然と微笑んでいた。
カーテンを開け放つと、遠くで鳥が飛び立つのが見えた。
一昨日飛んで行った、もう会えないだろう彼女の鱗は、机の引き出しに入れてある。
「……わたしも、わたしでがんばるね」
不完全な過去と、消せない記憶と共に、彼女は生を進めていく。
いつの日かその集積は、大切な思い出となるかもしれないし、後悔ばかりかもしれない。
(それでも)
それでも腹はくぅと鳴る。
感じた気持ちそのままに、少女は台所へと向かった。
すでに青年と黒猫が朝食の支度をしている。
「おはようございますっ」
「あぁ、おはようリオ」
「今朝は随分と元気だにゃ。良い夢でも見たか?」
「えへへ」
フライパンでは目玉焼きとベーコンがじくじく音を立てている。
自分のコップに牛乳を注いで、少女は食卓についた。
食堂【リトトルカ】の看板娘の日常が、今日もまた始まろうとしていた。




