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幕間・プリンと思春期少女

 灯坂理央は眉根を寄せ、指先を震わせていた。

 陽気な日曜日なのが嘘のように、キッチンには緊張が張り詰めている。


 静寂の中、オーブンの音だけがひそかに鳴っている。

 理央はじっとその内部を見下ろしていた。

 やがて、オーブンは中の光を消した。


「きたっ……!」


 少女はそわそわとトレイを取り出す。

 そこには、甘い香りを漂わせるプリンがいくつも並んでいた。




 始まりは小さな思いつきだった。

 ――好きなものを自分で作れば、好きなだけ食べられるのでは?


 そうは決まればと、彼女はお小遣いで材料を買い込んだ。

 何となく母には聞きづらかったため、レシピはインターネットで調べた。


「料理動画とかあるんだ……あ、これ説明見やすい――――はっ!」


 情報の海をたゆたっていたのに、気がつけば好きな楽曲巡りを始めていた。

 端末のスピーカーからは聞き慣れた音楽が流れている。

 これではいけないと少女は一度端末を伏せた。


 理央はプリンが好きだ。


 お土産に何が良いか聞かれた時、一番最初に答える程度には大好きだ。

 なぜかと聞かれると本人も答えられない。


 深い理由は無いが、しっかりめのプリン一つで簡単に釣られてしまう。

 そろそろ自分でも直したいところだ。


(この前もそれでやられたな……)


 友人からテスト勉強の際に、要項をまとめたノートのコピーを頼まれた。

 親しい者から頼まれて嫌な気はしない。少なくとも理央は嬉しかった。

 しかし、そうやすやすと手伝っては、友人のためにならないのではないか。


 そう悩む彼女に差し出されたのは――売店のプリン。しかも三つ。


『し、仕方ないなぁ。はいノート』

『理央ありがと〜! 優しい! ちょろい!』

『おい最後』


 我ながら単純だと思いながら、家庭科でしか使わなかったエプロンをつけて、理央はキッチンに立った。




 作って良いかと母に聞いたところ、後片付けまでするなら構わないとのことだった。

 端末を置いて、しっかりと手を洗い、彼女は初めての挑戦を開始した。


 カラメルソースと卵液を作り、トレイに湯を張る。

 卵液と牛乳、砂糖を混ぜる時にはきちんと茶こしで濾した。

 容器にプリン液を注ぎ、トレイに並べて、オーブンで蒸し焼きにしていく。


 どうにも不安で、少女はじっとオーブンを見つめた。

 ふと玄関の方から音がする。両親が買い物から帰って来たようだ。


「たっだいまー。どう? プリン作り」

「液の時点で飲みたかった」

「それフレンチトーストに使えるわよ」

「何それ……絶対美味しいじゃん」


 最初は雑談していたが、蒸し上がりが近づくと緊張が増し始めた。

 オーブンの温度は時間はあってるか、牛乳の配分は間違ってないか、カラメルソースはうまくいっているか。

 今回は自分が食べるだけだ。

 「す」が入っているくらいなら気にしない。


 そうぐるぐると考えていると、柔らかな甘い香りが鼻先をくすぐった。


(おや?)


 外から眺める分には、綺麗にできているような気がする。

 そうこうしている内に、完成品を取り出す段階になった。

 慎重に銀色のトレイをオーブンから出す。


 理央は神妙な顔で、食卓に並べた薄黄色の大群を眺めた。

 耐熱容器を持ち上げて揺らしてみると、表面がふるりと微かに揺れた。


(これは……なかなか良いのでは?)


 一匙、丁寧に掬い上げて口内に運ぶ。

 つるりとした滑らかな何かが舌を滑った。


 数秒固まってから、彼女は突然立ち上がる。

 様子を伺っていた父母が思わずびくりと跳ねた。


 少女はキッチンからスプーンを二本拝借し、二人に向けてずいっと差し出した。


「できた。食べてみて」

「あら、良い匂いね」

「お、父さんも良いのか?」


 嬉しそうに笑う父に、理央は誇らしげに微笑んだ。


「一個だけね」




 それは、彼女が亡くなるちょうど半年前の出来事だった。




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