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ACT26 停まった刻

 まるで刻が急に遅くなったような錯覚に、サキは襲われた。サキの視界の中で、全ての動きがゆっくりになったように感じられる。

 ちぎれ飛んだ鎖の残りが尾を引くように、棘のついた握り拳大の分銅がゼメキスの方へ飛んでゆく。

 サキを襲った分銅は鎖を断ち切られ、空中に弧を描いて皿のど真ん中めがけて落ちた。

「!」

 金属が打ち合うような高い音が響き、砕け散った皿の破片が四方八方に飛び散った。

 全ての刻が、静止した。

 突然の静寂に、サキは面食らった。

「皿が……」

 金色の甲冑を着て鎖の端を握ったまま、ゼメキスの動きが静止していた。

「……」

 意味をなさない言葉の断片が、兜の面頬の奥から漏れている。

「皿が……我が守り神が……」

 ゼメキスの口から漏れる、言葉の断片が意味をなしてきた。

 兜を脱ぎ捨て、ゼメキスが”傾国の水盤”を祀った祭壇に泳ぐように近寄る。

「ああ……まさか……」

 砕け散った皿の破片を認めた瞬間、ゼメキスが力なく膝から崩れ落ちた。

 ゆっくりと膝から崩れ落ちるゼメキスの姿を、サキは呆然と眺めていた。

 あまりにもあっけない結末だった。

 ゼメキスを見ると、口元からよだれを垂らし目もうつろだった。サキが傍らにいることさえ、目に入らない様子だった。

「アウラ! サキ! 二人とも大丈夫かい?」

 リュードの声ではない。

 誰の声か、一瞬サキにはわからなかった。

 それは、サキの父親のダンの声だった。

 サキまでもが、一瞬放心状態になっていた。サキが硬直しているところに駆け込んできたのは、ダン、マオ、ライリーの三人だった。

「父様、母様! どーしてここへ?」

 サキの驚いた声に、ダンが振り向いた。

「サキがカロンに届けた書状で、ここが騒動の中心地ってわかったからな……神殿の防御は神官長とカロンに任せて、こっちに急いだんだ」

 父親のダンは、相変わらずの落ち着いた雰囲気だった。危険な場所に乗り込んで来たとは思えない、冷静さを保っている。

「だからと言って、父様と母様まで来ることはないのにぃ」

 サキを見て、マオが微笑んだ。

「そりゃ、あなたの母親だもの……あなたに危ない橋を渡るように命じて、知らん顔なんて出来ないわ」

「でも、そんなに簡単にここまで入って来れないはずよ」

 ゼメキスの使用人が、” 海賊島” の船着き場周辺を警備しているはずだった。他人が、勝手に入って来れるはずもない。

「どこから入ってきたのよ?」

「表の船着き場から」

 あっさりと答えたダンが、玄関の方へ視線を移した。

「ヘルムートに無理を言って、ゼメキスの船を借用した……ヘルムートのおかげで、さしたる邪魔もなかったよ」

 玄関の戸口の外に、ヘルムートの長身の姿があった。

 カート・ライリーが、ゼメキスに駆け寄った。

「アウラーッ!」

 ライリーが、金色の甲冑姿のゼメキスを抱え起こした。

「死ぬんじゃないぞ! 死なせてたまるものか!」

 ライリーがゼメキスを抱きかかえて、大声でむせび泣いている。

「……ず……」

 何か、ゼメキスの唇から言葉の断片が漏れた。不安げなライリーが、耳を寄せる。

「水をくれ」

 ゼメキスの弱々しい声に、ライリーがまじまじとゼメキスを見つめた。

「ああ、我が友よ……なんだ、生きてるじゃないか!」

 ゼメキスの言葉に、ライリーが抱えていたゼメキスを放り出した。

「サキ、よくやってくれた」

 ダンが、サキをねぎらった。

「後天祭前に片付いてくれて、本当にありがたい……」

「この一件で、どっかからお叱り受けたら父様と母様のせいだからね」

 サキは、ぷーっと頬を膨らませ、そっぽを向いた。

 ダンとライリーが、仰向けに倒れたゼメキスを抱え起こした。

「さぁ、戻ろう……しばらく” 海賊島” から離れて、静養するんだ」

 金色の甲冑を脱がされたゼメキスが、肩を貸した二人に抱えられるように玄関の方へとよろめきながら歩き出す。

「サキは、船に乗らないのかい?」

 マオの言葉に、サキは静かに首を横へ振った。

「まだ、片付けがあるから……あたしは、来たところから戻るわ」

「そう……じゃあ、朝食までにはお屋敷に戻ってらっしゃいな」

 マオが、歩き出した。いつもと同じ、おっとりとした物腰のマオに戻っている。

(母さん……何者なんだろう?)

 ふと、サキの脳裏に小さな疑念が浮かんだ。

 冷静に考えてみれば、サキは自分の両親について知らないことばかりだった。物心ついた幼少の頃から、サキの無茶苦茶な行状を叱る厳しい両親の顔しか知らない。

 荒事と無縁な生活をしているにもかかわらず、こういう場に平然と立つことが出来るのはどんな心構えなのだろう。

 マオ達が姿を消すまで、サキはその場に立ち尽くしていた。


       ◆


「どうやら、決着したみたいだなぁ」

 突然、サキの背後からのんびりとした声がした。

 振り向くと、そこにはリュードが立っていた。どんな戦いを繰り広げたのか、方術士の長衣のあちこちが焦げて煤けている。

「リュード……」

「こっちは、俺が出るまでもなかったな……」

「来るのが遅いわよ!」

 サキが、頬を膨らませて抗議した。

「ちゃんと解決してるじゃないか」

 リュードが、宝物殿の惨状を見渡して肩をすくめた。高級な紫檀の棚や、壺、金細工の装飾品が粉々に打ち砕かれている。トゲのついた分銅鎖の破壊力が、遺憾なく発揮されている。

「まぁ、派手にぶち壊したもんだ……形あるもの、いつかは滅びる定めにあるとはいえ……相当な損害だろうにな」

 リュードにうながされ、サキは侵入してきた裏口へと引き返し始めた。

 廊下の方は、破壊されていない。

 分銅鎖が巻き起こした被害は、宝物殿の中だけだった。

「ゼメキスさん、大丈夫かなぁ」

 サキの言葉に、リュードが楽しそうに笑い出した。

「大丈夫さ、人の欲はあの程度じゃ消滅しやしない……俺がやったのは、マテオ・エクトールの怨念を封じただけさ……姫さんのおかげで水盤が割れた以上、これ以上おかしな妖魔が王都に出てくることはないさ」

 リュードが笑う。

 振り向いて、ゼメキスの宝物殿だった空間を眺める。

 瓦礫の山と化したとはいえ、被害を免れた美術工芸品も半分くらいはありそうだった。

「これだけの身代を一代で築いた人間だ……すぐに立ち直るさ」

「そうだといいけど」

 サキは、複雑な心境だった。

 いくら思い込みとは言え、傾国の皿が自分の商売を支えてくれていると信じていた以上、その皿が割れたのを目撃したゼメキスが受けた衝撃の大きさをサキには計りかねた。

(自分が、ゼメキスさんの立場だったら……)

 自分が大切にしていたものを失いたくない。これも欲の一つなら、欲も必要なものだということだった。

「欲ってのは尽きることがないからな……失えば、また欲しくなる……物欲、金銭欲ってのはそんなもんさ」

 リュードと、裏口から屋敷を後にする途中、サキはゼメキスよりも重大なことを思い出した。

「そうだ……マテオ・エクトールは?」

 リュードがここにいる、怪異が消失した、という事実からマテオ・エクトールの呪術の封じ込めに成功したのだろう。だが、どうやってという疑問が残る。

 不安そうな、サキの問いにリュードが苦笑を見せた。

「……そっちも、片付いたよ」

 大きく息を吐き出したリュードは、天空を仰いだ。

「勝ったの?」

 サキの問いに、リュードは小さくうなずいた。

「後味の悪い終わり方だったがね」

 そう呟いたリュードの口元に、皮肉めいた苦笑が浮かんだ。

 濃霧が消え、夜空が満天の星空として戻ってきている。海賊島を覆っていた瘴気も、いつのまにかどこかへ消えている。

 ゼメキスの屋敷の裏庭を抜け、リュードが先に立って歩く。

 サキが渡ってきたのとは別の、砦につながる吊り橋だった。

 礼拝堂へは、こちらの道の方が近い。

 リュードは礼拝堂でマテオ・エクトールと戦って、この橋を渡ってきたのだろう。

 礼拝堂前の石畳の広場で、リュードは足元に落ちていた自分の宝珠を拾い上げた。

「結界の張り直しのためとはいえ……マテオ・エクトールが召還した妖魔を相手にしても、衝撃で割れなかったのは幸いだ」

 宝珠に着いた土埃を払い、リュードは再び自分の首へと二重に巻いた。

 ふと、サキはほんの一月前の”暗闇の聖者”との戦いの前に、老虎で宝珠についてのリュードとの会話を思い出した。

『リュードが首からぶら下げてる宝珠って、それもやっぱり霊石なの?』

『ああ、これか』

 リュードが、手でもてあそんでいた宝珠から手を離した。複雑な表情が、リュードの顔に一瞬浮かびすぐに消えた。強いて表現するなら、悲しみ、憐憫といった感情に近い。

『様々な効能の霊石さ。でも、禍々しい奴は入ってないなぁ。戒めとしてぶら下げてるだけだしな』

『戒め?』

 サキは、驚いてリュードを見つめた。何か、戒めを自ら課す必要があるような秘められた過去があるのか、リュードが剣を捨てたのと関わりがあるのか定かではない。

 リュードが剣を捨てた理由は、天狼の束ねを務めるシェルフィンも聞いたことがないという。サキが、剣を持たない理由を尋ねた時は『剣は重いから』というふざけた答えが返ってきたが、それはどう考えても嘘だった。リュードには、サキの知らない姿を持っている。

『霊力や魔力だけじゃない。武力も権力も財力も知力も、どんな力も過ぎると不幸が起きる。何事も中庸が一番……なので、自分の力を抑えるために身に付けているのさ』

『えっ、じゃあこれがなかったら……リュードは?』

『もっと強いだろうさ』

 リュードが、さも当然という顔で答えた。

『本当?』

 驚いたサキの表情を見て、リュードが吹き出した。

『嘘』

『馬鹿ぁ!』

 確かその時には、とぼけたリュードに巧くごまかされてしまった。

 だが、その時にリュードが浮かべた何とも言えない複雑な表情を見せたことを、サキは不意に思い出した。

 サキは、リュードと礼拝堂を交互に見比べた。

 礼拝堂は、そのまま無傷で建っている。マテオ・エクトールの呪術とリュードの方術がまともに対決した戦場にはとても見えない。

「どうやって、決着付けたの?」

「姫さんが、自分の目で見た方がいいなぁ」

 リュードが、サキを促した。

「また、ごまかすぅ……扉を開けてお化けが出てきたら、引っぱたくからね」

 サキは、礼拝堂の閉ざされた扉に手を掛けた。

「!」

 サキの手が触れた途端、礼拝堂の頑丈そうな扉が真っ二つに割れた。

 大きな音を立てて、扉の片割れが足元に落ちる。

「うっわぁー……」

 飛びのいたサキは、思わず驚いた声を上げた。

 厚さ三寸ばかりもある樫の扉が、綺麗に切り割られている。

 裂けたという、荒っぽい切り口ではない。

 髪の毛ほどの鋭利な刃が断ち割ったような綺麗な切り口だった。

 何をどうやれば、これだけ強大な力が発揮されるのか、サキには見当も付かない。

 リュードが使う”骨喰(ほねばみ)”は薄くてしなやかな鋭利な刃を持つ。魔剣と呼ばれていても、このような頑丈な扉を断ち割ることは不可能なはずだった。

 だが、サキの目の前にあるのは、断じて幻影ではない。頑丈な礼拝堂の扉が、神が振るった巨大な剣で断ち割られたようにきれいに割れている。

「”骨喰(ほねばみ)”を使うべきじゃなかったかな」

 リュードは、割れた礼拝堂の扉を見つめながらつぶいた。

 長いため息が、リュードの喉から漏れた。

 天下には、魔剣と呼ばれる剣が何振りか存在する。術者の力を増幅するため、使い手によってはとてつもない魔力を帯びる。

 ”骨喰(ほねばみ)”は、妖魔を相手にした時だけ、その妖魔が放つ霊力に強く反応する剣だった。

 だが、その力を制御するのは、至難の業だろう。

「一歩間違えば、こっちが乗っ取られちまうからな」

 リュードが、ぽつりと呟いた。

「乗っ取られるって……何に?」

「剣にさ」

 リュードが、あっさりと言ってのける。

「”骨喰(ほねばみ)”って名前の真の意味は、持ち主を骨まで喰らい尽くすという意味さ」

「!」

「だから、使うのは一回だけなのさ……軽々しく振り回す代物じゃない」

 リュードが魔剣”骨喰(ほねばみ)”を使いたがらない理由を、サキは悟った。

「ねぇ、リュード……あなたって、もしかして昔……そう言った事を経験したんじゃないの?」

 サキの問いに対し直接は答えず、リュードは不愉快そうに鼻先で笑った。

「見せてやるよ……ついておいで」

 リュードがサキを促して礼拝堂に、足を踏み入れる。

 リュードが手を振ると、そこに青白い鬼火が輝いた。どんな方法でリュードが鬼火を創り出したのか、サキにはわからない。ほとんどは種も仕掛けもあるリュードの方術だが、たまにサキには理解できないような真似もリュードは平然と行って見せる。

 鬼火の光で、暗闇に包まれていた周囲の情景がぼんやりと浮かび上がった。

 祭壇の向こうに、”骨喰(ほねばみ)”の“魔力”によって叩き割られたそれがいた。

 格好こそ、サキが何度か遭遇した巡礼者姿だったが、その姿はむごいものだった。

 灰色の長衣を纏い、端座したまま干涸らびた遺体だった。いつ頃から、ここにあったのかわからない。だが、その姿は何千年も前からここにいたような姿だった。

 遥か東方の世界では聖職者が死を悟った時、食を断ちそのまま朽ちてゆく修行を行うという。それを連想させる姿だった。

 割れた皿の破片が、全身に突き刺さっている。

 その肩口は、”骨喰(ほねばみ)”の衝撃によって斬り裂かれていた。そして、その干涸らびた口元が微かに笑みを浮かべている。

「これが……マテオ・エクトール?」

「ほんのさっきまでは、ただの老人の姿だったはずだけどね」

「でも、どう考えても何十年も前に死んだ姿よ」

「霊力だか魔力だか知らんが、自分の”力”を使い果たしたんだ……姫さんがゼメキスの皿を割った瞬間、共鳴していたマテオ・エクトールの皿も同時に割れたんだろう。

 その時、皿に込めていた自分の霊力も消失し……残ったのは、抜け殻だけだ」

 リュードが、小さくため息をついた。

「マテオ・エクトール……よほど強い怨念だったんだな。

 本当に全てを封じ込める事が出来たのか……俺にもわからんさ」

「わからないって……」

 傍らでリュードを見つめるサキの不安そうな表情を見て、リュードが元気付けるようにうなずいた。

「まぁ、マテオ・エクトールの術は破れたんだ……王都もしばらくは落ち着くさ」

「だと、いいけど……なんで、死んだはずのマテオ・エクトールが二十年ぶりに王都に姿を現して、こんな騒ぎを起こそうとしていたのか……それがわからないままよ」

 サキの心に引っ掛かっているのは、マテオ・エクトールが王都に災いの種をばらまこうとした動機だった。二十年も前のお家騒動が失敗し、マテオ・エクトールが自死した振りをして行方をくらませた。

 そして、二十年も経って再びマテオ・エクトールは姿を現し、再び王都に災いをもたらそうとした。

 マテオ・エクトールが単独で王家に挑んだのか、まだマテオ・エクトールと関わりのある奴がいるのか、マーレ王家との可関わりとか、わからないことばかりだった。

 サキには、喉に刺さった魚の骨のように、何か嫌な感覚だけが残されていた。きっと、この事件の続きが起きるのではないかという、不吉な予感だった。

「この事件は、まだ解決していないわ」

「だろうね……第二幕が閉じたってところじゃないか」

「本当の事件は、まだこれから起きるってこと?」

 不安げな、サキの言葉にリュードが小さくうなずいた。

「恐らく、マテオ・エクトールをそそのかした奴がいる……そして、そいつが今回の筋書きを書いたんだろうが、次の手をいつ打ってくるのかはこっちには、さっぱりわかりゃしない」

「じゃあ……また、似たような騒ぎが起きる?」

 サキの言葉に、リュードは肩をすくめた。

「さぁねぇ……何か王家に強い恨みがあって、それを晴らそうとしたのは確かだが、こればっかりは本人しかわかりゃしないしな……その本人は、こんなになっちゃったから、もう口がきけないしなぁ」

「どうするの?」

「丁寧に弔ってやろうさ……俺達でさ」

 リュードは、静かに膝をついた。

「いつ、俺もこういった目にあうかわからないものな……」

「……」

 サキは、何も言えずリュードを見つめる。

「怨念は、捨てるんだな」

 神域にひざまずいたリュードが、マテオ・エクトールだったものに向けて呟いた。

「天と地の森羅万象の中で……眠るがいい」

 聖教と無縁のはずのリュードだが、その作法は聖教に乗っ取った正式なものだった。

 祈りにつれて、干涸らびた男に異変が起き始めた。

 ”骨喰(ほねばみ)”に斬り裂かれた長衣が、不意に大きく割れる。

 まるで、砂が崩れるように遺体が崩壊し、粉々に砕けた肉体が床に積もってゆく。

「これで、マテオ・エクトールの怨念が消えればいいんだが……」

「そうね……いくら王家への恨みを持ってたにしても、悲しすぎる末路だわ」


       ◆


 マテオ・エクトールを弔った頃、東の空が白み始めてきた。

 早秋の涼しげな風がサキの頬を撫で、” 海賊島” にわずかに残った霧を払ってゆく。

 サキは、肝心なことを思い出した。

「そういえば……あいつら、生きてるかな?」

 サキは、墓地で石像に紛れて襲いかかってきた連中の様子が心配になった。

 街で暴漢を相手にした時とは違い、今回のサキは一切の手加減していなかった。

「怒りにまかせて、思いっきり張り倒しちゃったから……大怪我してなきゃいいけど」

 サキの大刀には、刃が付いていない。サキが神殿の宝物庫から持ち出した時から、斬れないように刃引きされた不殺の武器だった。

 とはいえ、並の剣とまともに打ち合えば、剣の刃を叩き折ってしまうだけの強度を秘めた大刀だった。その大刀にまともに張り倒されたのだから、甲冑の上からとはいえ当たり所によっては大怪我では済まない。

「頭でも強打してたら、いくらお仕置きとはいえ可哀想だし」

「散々やっといてから、反省してもなぁ」

 リュードが、クスクスと喉を鳴らして笑う。

「どーせ、あたしは突っ走ってから考える性分よ!」

 サキは、リュードを横目でにらんで黙らせた。

 朝日に照らされ、周囲が明るくなってきた。

 サキが強行突破した墓地の惨状は、目を覆いたくなるほどだった。

 真っ二つに割れた甲冑や、斬り割られた大剣が転がっている。

「よくもまぁ、これだけの甲冑を叩き割ったもんだ」

 リュードが、感心したように倒れた甲冑姿を見渡した。

「血が流れた形跡もないし……でも、こいつらぴくりとも動かないけど、大丈夫かしら」

 周囲を見渡したサキが、怪訝そうな表情を浮かべた。人が生きている気配がない。

「やっぱり、頭でも強打したかな?」

「カカシを殴り倒しても、誰も死にゃしないから大丈夫さ」

「えっ?」

 リュードの奇妙な言葉に驚いたサキは、リュードを見上げた。

「こいつら、石像に紛れ込んで、あたしを襲ってきたのよ」

「どこに?」

 リュードの言葉に我に返ったサキは、周囲を見回した。

 一体、二体、三体……サキが倒した甲冑は、確かにそこに転がっている。

 倒した数も倒れた場所も、サキの記憶に間違いはない。

 だが、叩き割られた甲冑の装甲からのぞく彫像の脚は、確かに石だった。

「えっ? 嘘っ!」

 サキは、慌てて倒れた男の兜の面頬を外した。

「えっ? えぇ?」

 中から姿を現したものは、石像だった。サキが倒した相手は、石像に甲冑を着せたものだった。

 のっぺりとした石像の顔が、兜の中からサキを見上げている。

「嘘ぉ……確かに、こいつらが襲ってきたわよ!」

「でも、こいつは確かに石像だよなぁ……姫さんの斬撃で、込められていた念が消滅したのかな?」

 リュードが、倒れた甲冑の一つを確かめた。

「欲の力ってのは、強いものでね……石像まで動かしたのさ」

「本物の人間が紛れてるって言ったじゃない!」

 サキが、リュードをにらむ。

 サキに倒された甲冑は、全て石像だった。

 カラクリ仕掛けの人形も居なければ、石像に扮した人間もいない。

「彫像の中に、『本物』がまぎれてる、って言っただけだぞ。生身の人間がまぎれてるとは一言も言ってないんだが」

「!」

 サキの足が止まった。

(そんな……まさか……)

 自分の血の気が、引いてゆくのがわかる。

 急に寒気がしてきた。

 先程の戦いの時には、確かに人間の気配があった。甲冑を着た兵士をサキの大刀が張り倒した時の手応えは、断じて石像ではない。

「彫像の中に、マテオ・エクトールが召還した本物の妖魔が憑依してたんだよ」

 上下に真っ二つに割れた石像の顔が、サキをあざ笑うかのようにサキを見上げている。

(そんな、まさか……)

 サキの脳裏で、様々な思いが錯綜している。

(じゃあ、あの霧の中で目撃した神将像は……)

 霧の中でサキが目撃した神将像が、指し示す方向を見た時、そこに空を浮遊する男達の姿があった。

 この都を守護するために安置された神将像は、サキに怪異の発生源を伝えようとしていたのだろうか。

 サキの脳裏で、夢の中にしか出てこないレオナ姫の影法師が笑った気配があった。

「きぃやぁあああっ!」

 サキは、思いっきり悲鳴をあげて座り込んだ。

 リュードの笑い声が、明け始めた空に流れてゆく。

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