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ACT21 監獄跡の秘密

 講武堂の若者達が、サキ達を襲撃した連中を武衛府に運び始めたのを確認し、サキはついさっきまで戦っていた現場へ足を向けた。

 リュードが闘っていた、巡礼者姿の魔道士が気になっていた。

 だが、そこにはリュードがいるだけだった。興味深そうに、雷が落ちた大木の周辺を観察している。リュードと闘った巡礼者の姿も痕跡もない。

「通天縮地の術かと思ったが……こいつは、出神の術か……」

 リュードが、サキの知らない奇妙な単語をつぶやいた。

「通天縮地? 出神? なによ、それ?」

「奴は、この場所に最初からいなかったのさ」

「はぁ?」

「魔道とか方術には、離れた場所に姿を現すって高度な術があるんだよ……あの巡礼者、どっか遠くから俺達に勝負を挑んできたんだ」

 サキの背筋が寒くなった。

「そんな真似が出来るの?」

「かなりの高度な術だ……かなりの修行を積んだ魔道士とかじゃないと無理だなぁ」

「じゃあ、奴は……逃げた?」

「逃げたって言うより、最初からここに本体は居なかったからな……恐らく、別の場所で術を破った俺達を恨んでるんじゃないか?」

「この場所に、何か秘密があるの?」

 ふと、サキは疑問を抱いた。

(わざわざ、あたしとリュードがここに近寄るのを察知して、ここに張り込んでたのは偶然じゃないわよね)

 近くにあるのは、今は使われなくなった処刑場のある監獄跡だけだった。高さ数丈の石垣が来る者を阻むようにそびえ立っている。監獄の石垣の前から続く道の両脇には墓石が並んでいる。

 まともな神経の持ち主であれば、近寄りたがるような場所ではない。

「のぞいてみるか」

 リュードが奇妙な言葉を呟いた。

 監獄の門扉に手を掛ける。頑丈な錠前が掛けられているはずの門扉が、微かなきしみと共に、ゆっくりと開いた。

「なるほど……錠前が破られてる」

「ちょっと、どういうこと?」

「監獄が根城だったのかもな……入ってみよう」

「俺も行こう。ベリア、ジェム、キーラ、レビンもサキ姫の護衛についてこい!」

 ボルト師範の声に応じて、ベリア達が集まってきた。

 監獄といえども、その構造は王城と似たようなものだった。背の高い頑丈な石垣が城壁となり、外部と遮断されている。内部には雑木林と石畳の広場があり、その中央に石組みの五階建てくらいの頑丈な建物がそびえ立っている。

「これが、元々は監獄? まるで、砦よ」

 サキは、建物を眺めて驚いた。

 処刑場も兼ねた監獄は、背の高い石塀が四周をぐるりと取り囲んでいる。広さは、武衛府の練兵場くらいの敷地面積だろうか。

 かつては、重罪人を処刑するまでの間、この場所に留め置いていたと聞いている。

 かつては中庭だったのだろうか、石畳の広場の中央に奇妙な祭壇のような石組みの設備が見える。

 高さ三尺程度の、二丈四方の台座だけがぽつんと残されている。

「首切り台か……血を洗い流す溝が掘ってあるな」

 リュードの言葉に、サキは眉をひそめた。昔の話とは言え、首切り台を眺めるのは、不快な気分だった。

「昔、ここで重罪人が首をはねられていたってのは本当なのね」

 サキは、小さく印を切り、ここで処刑された重罪人の冥福を祈った。

 中央の建物の真ん中に、石組みで背の高い物見の塔が築かれ、物見台からは監獄内が見下ろせる。

 脱走しようとしても、周囲の石畳の広場を通らなければ、石塀まではたどり着けない。

 頭上から監視されていれば、即座に逃亡を見抜かれる。

「人の気配はないな」

 雑木林や灌木の茂みを見渡し、ボルト師範がつぶやいた。

 剣術師範を務めるだけに、その物腰に隙はない。

 背の高い木々も、石塀から離れたところにあるだけで、石塀の内側は見通しやすい。首尾よく逃亡しようとここまでたどり着いても、これでは木に登って石垣を越えることも難しい。

「監獄だったのは確かだな……逃亡や侵入が難しいように木々が離されて植えてある。

 いざという時の砦に使うために残してあるって聞いていたが……砦として使うにはかなりの増改築が必要だぞ」

 ボルト師範が指摘するように、監獄の廃墟がそこに残されているだけで、いざとなった時にすぐには使えない状態だった。

 牢屋があったとおぼしき建物の玄関の扉は、やはり無施錠だった。サキがそっと扉を押しただけで、簡単に開いた。

 外からの光が暗い屋内に差し込んで、舞い上がった土埃が陽に当たって光る。

 暗かった屋内の様子が、はっきりと見えるようになった。

「あっ!」

 サキは、思わず小さな声をあげた。

 光の加減で、建物の内部が鮮やかに浮き上がって見える。

 そこには、いくつもの足跡が入り乱れている。足跡の数を見れば、一人二人の数ではない。

「何年も使われていなかったはずなのに……土埃の上に足跡があるってことは……」

「ごく最近、誰かがここに立ち入ったことを示しているな」

「ここは、王家の刑部府の管理下……護民官の捜索の手も及ばないわ」

「刑部府に調べてもらう?」

 サキの言葉に、傍らのボルト師範が手を振った。

「刑部府長官の首切りザネッティ候が絡むと、さらに話がややこしくなる……あの爺様は規則規則ってうるさいから、ここに無断でもぐり込んだことがバレただけで大騒ぎになる」

「でも、夜盗がここを隠れ家に使った可能性もあるわよ」

「動かぬ証拠を掴まないと、ザネッティ候は首を縦に振らないぞ」

「じゃあ、ここで待ち伏せして……夜盗が出入りしたところを捕まえるしかないわよね……って、ちょっと待って!」

 サキは、言葉を切った。

 何かが、サキの思考に引っ掛かった。

「夜盗が出没したのって……確か、十日ばかり前からよね」

 最初に、サキの頭に浮かんだのは、夜盗がここを根城にしていたのではないかという疑いだった。

 だが、ここに、誰かが潜んでいたとしたら、生活の痕跡が残っているはずだった。どの部屋にも、誰かが隠れ潜んでいたはずの痕跡は残っていない。

 残されていたのは入り口の大広間から、監視の物見の塔へとつながる足跡だけで、誰かが物見の塔と入り口の間を何度となく往復したようにしか見えない。

 いったん戸外に出たサキは、刑場跡地の全域を見渡した。

(確かに、ここを夜盗の連中が使ったはず)

 つい先刻にサキとリュードが遭遇した刺客は、墓地と神将像の広場の間にある雑木林で待ち伏せをかけてきた。

 監獄の中で、待ち伏せしていたのではない。

 監獄跡地にサキとリュードが踏み込まないように警戒していたのなら、監獄の内部に隠れ潜んでいたはずだった。

 そして、巡礼者姿の魔道士が仕掛けてきた魔道の攻撃も、監獄跡地の外側だった。

(ここを見られたくなかった?)

 いくつもの仮説が浮かんでは消える。

(ここに入られたくなかった? でも、連中は明らかにあたし達がここへ来るのを知っていて、監獄跡地の外で決着を付けようとした……)

 サキの思考が乱れる。

(ここに、何があるの?)

 サキは、考えすぎて熱くなった頭を冷やそうと、大きく息を吐き出した。

 空を見上げ、大きく息を吸い込んだ。

「!」

 サキの視界に、物見の塔の黒い影が飛び込んできた。

(まさか……)

 頭上の物見の塔に向けて、空中に黒い線が見える。

 サキの脳裏で、何かが小さな閃光を発した。

 不意に、サキはエリカ小母さんの所の洗濯紐を思い出した。

 洗濯紐の滑車を回すと、洗濯物が移動して手元に届いた。そして、その洗濯紐には向かい側の家が渡した鶏卵を載せた篭がくっついてきた。

(伝令索……これって、どのくらいの強度があるのかしら?)

 漠然とした仮説が、サキの脳裏で具体的な形をなし始めている。

(もしも、これを使って” 海賊島” から人が渡ってきたとしたら……逆に、” 海賊島” へと人が渡ったとしたら……)

 伝令索の黒い線を目でたどる。雑木林の上を通過して、運河の方へと消えている。その先には、” 海賊島” がある方向だった。

「おっ?」

 屋内を調べていたリュードの声に、考えにふけっていたサキは我に返った。

「足跡をたどると、物見の塔と玄関を何往復もした雰囲気なんだけどなぁ?」

 屋内に足を踏み入れたリュードが、物見の塔へと上がる階段があるはずの扉に手を掛けていた。

「押しても引いてもびくともしないぞ……内側から閂を掛けてある」

「内側から? それじゃ、使えないじゃない。誰が、何の目的で?」

「ここは監獄だったからな……砦として使うとすれば、物見の塔へと敵が侵入されないように内側から閂を掛けることが出来るのは道理だがね」

 リュードが首を傾げた。

 不可思議な事柄に興味を示したのか、リュードの青灰色の瞳が奇妙な色をたたえている。

「人が隠れ潜んでいる気配はないな……」

 ボルト師範の言葉に、リュードが小さくうなずいた。リュードだけではない。サキの研ぎ澄まされた感覚でも、扉の奥に人が隠れている気配を感知できなかった。

「誰かが、中にいるんでなけりゃ……使う時に、誰がどうやって開けるんだろう?」

 リュードの言葉に、サキの直感が反応した。

(まさか……)

 サキの頭の中で、仮説が現実のものとなってきているのがわかる。だが、まだ言葉にするには何かが足りないもどかしさがある。

「とりあえず、ここの探索はここまでだ……これ以上調べるなら、刑部府を動かすしかないな」

 リュードがサキを促した。

 周囲を警戒していたベリア達にボルト師範が手振りで合図し、静かに監獄を後にする。

「何となく、カラクリが見えてきたな」

 監獄の門を出ながら、リュードがサキに囁いた。

 木の扉をそっと閉じる。

「監獄の扉の錠前は壊されてて、物見の塔へとつながる出入り口は内側から閂を掛けている……」

「ここを、あたし達の目から護ろうとした……でも、ここで魔道士が待ち伏せしてたのには理由もありそうだわ」

 監獄の外に出たサキは、閉じた扉に背を向けた。

 雑木林の方へと続く小径の両脇には、墓石が並んでいる。

 墓地に視線を向けたサキは、雷撃で激しく吹き飛ばされた墓に目をやった。

「あっ、あのお墓!」

 墓は、落雷の衝撃で土台から吹き飛ばされている。

 そして、その傍らに散らばった花びらが鮮やかな色彩でサキの視野に飛び込んできた。

(まさか……このお墓……)

 花束の破片に目をとめて、サキの動きが止まった。

 ほんの二日前の記憶が、鮮やかに蘇ってくる。

 ディンゴが吊された現場の神将像を確認しようと昼間に訪れた時、灰色の巡礼者と遭遇した墓だった。

 その時の巡礼者と魔道の攻撃を仕掛けてきた巡礼者の姿が、サキの脳裏で重なる。

「ちょっと待って……あの時……あいつは、この墓に花を供えて……」

 サキの脳裏で、何かがつながりかけている。

 今まで、別の事件として追いかけていた謎の断片が、意味をなす模様になり始めている。

 巡礼者姿の老人を何度か見掛けている。神殿の参道広場、運河沿いの道、夜盗の被害を受けた商家周辺、そしてディンゴが吊された 角笛(つのぶえ)の岬の神将像の広場からこの現場へ入る道……その全てで、その巡礼者と遭遇している。

 サキの思考が、リュードのとぼけた声にさえぎられた。

「こいつは、派手に吹っ飛んだなぁ……そんなに強力な方術を使ったわけじゃないんだが……奴が使った何かの術と方術が共鳴したのかな?」

 リュードが、ひっくり返った墓石を引き起こした。

「おい、姫さん……こいつを見ろよ」

 リュードが墓石を示した。

 二日前に、サキはその墓石に刻まれた文字を読んでいる。

「『マテオ・エクトール、ここに眠る』って……マテオ・エクトールって人のお墓なのね」

「マテオ・エクトール? ちょっと待て! あの、マテオ・エクトールか?」

 傍らのボルト師範が、墓石に刻まれた名前を読み取って急に顔色を変えた。

「ボルト師範は、このお墓に眠る人を知ってるの?」

「俺も、事件の概要しか知らないが……二十年ばかり前に、王家に楯突いて大騒動を起こした張本人だ」

 驚くべき言葉が、ボルトから発せられた。

「マテオ・エクトールってのは、有名な魔道士だ。

 あの頃、ヴァンダール王家の中で、色々とお家騒動があってな……マテオ・エクトールが王家を転覆させようと、色々と動き回っていたらしいんだが……悪事が露見して、捕まる直前に自害したって話だ。

 おかげで、マテオ・エクトールを背後から操っていたはずの黒幕はわからないまま、事件はうやむやに終結した」

「へぇ……」

 サキが生まれるよりも前の出来事な上に、王家のお家騒動ともなると黒歴史の一つだろう。

 サキが初めて耳にする話だった。

「リュードは、その話を知ってるの?」

 リュードに尋ねようと振り向いたサキの視界に、リュードが墓石を持ち上げようとしている姿が飛び込んできた。リュードの興味の方向は、サキとまるで違う方向を向いている。

「ちょっと、リュード! 何してんのよ!」

「さっきの魔道の攻撃は、この周辺からだ……何か、手掛かりが残ってないか確かめたいんだ」

 リュードは、墓石を持って横へ傾けた。

「キーラ、レビン! ちょっと力を貸してくれ」

 キーラとレビンの兄弟は、肩幅だけならボルト師範に匹敵する。大柄で膂力に優れるが、俊敏さはあまりない。

 兄弟二人が、その怪力を発揮してあっさりと墓石を持ち上げた。

 そして……その墓石をどけたところに、石組みの空洞が現れた。

 吹き飛ばされた墓の下に、ぽっかりと空洞が拡がっている。

 本来ならば棺の納められているはずの中身は空だった。

「空の墓? まさか、死人が蘇ったの?」

 サキは、小さく身震いした。

 サキが一番嫌いな、怪異現象の予感がしてきた。

「まさか、蘇って出てきたのかねぇ」

「ちょっと、やめてよぉ!」

 サキは、リュードをにらみつけた。リュードは、怪異現象に免疫がありすぎて驚かないが、サキは全く駄目だった。

「それとも……死んだふりして行方をくらましていただけで、最初から死んじゃいないって事か……」

 墓石をどけた下の空間を、リュードが興味深くのぞき込む。サキと違い、リュードはこういった不可思議な現象に強く興味を示す。

 いや、中身はあった。

「リュード……これって?」

 サキが、顔をしかめた。

 墓の下の棺が眠るべき空間には、一枚の割れた皿があった。

「さっきの落雷の衝撃で、割れたのかね」

「!」

 皿を見て驚いたサキは、思わず息を飲み込んだ。

 皿は綺麗に真っ二つに割れていたが、原型はとどめている。

 そして、それはサキが見知っている、ゼメキスが競り落とした皿と寸分違わぬ文様だった。

(まさか……でも、まさか……もしもそうだとすると、この騒動はもうあたし達だけの手に余るわ!)

 サキの考えを裏付けるように、リュードが小さくうなずいた。

「こりゃ、シェル姐さんにお伺いを立てなきゃならんぞ……マテオ・エクトールの墓が空で、曰く因縁付きの皿の二枚目が出てきたなんてな」

 リュードが、割れた皿を注意深く手に取った。懐から出した手拭いで、皿を包んでそっと懐へしまう。

 講武堂の若者が引き揚げるのを見届け、ボルト師範がサキに声を掛けた。

「サキ姫! 何かあったら連絡に誰かを走らせる! 神殿か?」

「神殿より、黒龍小路の老虎につないで! この騒動は、もう王家だけの問題じゃ済まないわよ!」

 老虎と聞いて、ボルト師範が目をむいた。

「まさか……約定か?」

 サキが、小さくうなずいた。

「おそらく……全ての謎がつながった、かもしれないわ。

 たぶん、あたし達に残された時間は限られてる。こいつらは、二日間の契約で雇われたってディンゴから聞いたから、恐らくは今夜から明日にかけて何かが起きるわ。

 今夜が勝負だから、護民官長のデュラン候と、神殿警護官長のカロン叔父貴にも手勢の総動員をお願いしなきゃね」

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