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ACT17 陰謀

 サキは、再び街をうろついていた。

 リュードを引っ張るようにして、夜盗の被害を受けた商家と次に狙われそうな商家を片っ端から尋ねて回っていた。

「本当に、脈絡がないわよね」

 サキが、リュードにぼやく。

 夜盗に狙われた天狼の商家を、一軒一軒調べて歩いていた。天狼の商家だと、護民官に調べてもらうよりもサキと天狼のリュードが直接行った方が話が早い。

 天狼は、王家側の人間には猜疑心を露わにする。だが、同族と認識した相手だと、その扱いが手の平を返したように変わる。

 サキの首元に輝く首飾りは、天狼と王家の約定を結んだ者が持つ特殊なものだった。天狼は、サキが王族であっても、約定の証を身に付けたサキに対しては、家族同様に扱ってくれた。

 狙われた商家は、その稼業もまちまちだし、奪われた金品の額も様々だった。高価な商品には手も付けず、かさばらない金貨だけを金蔵から奪っていった。

「銀貨とか、手も付けてないなんて……銀貨だって、これだけあれば十分な稼ぎじゃないの?」

「銀貨は金貨よりは価値が低いから、同じ額を奪うにはとにかくかさばるし、重いからな……なるべく、荷物を軽くしたかったんだろうな」

「持ち出せる量に限界があったってこと?」

「とすると、夜盗が襲撃に使ったのは船じゃないな……徒歩で、十数人程度で運べるだけのものってことじゃないか?」

 運河の水面を見ながら、リュードが呟いた。

「狙われた場所からして、運河を使った夜盗かと思ったんだがね……」

 リュードの目線に釣られ、サキは思わず運河の水面に視線を走らせた。荷物を積んだ小舟が行き交っている。

「?」

 視線を感じ、サキはふと顔を上げた。

 運河の対岸に目を向けると、運河沿いの道の街路樹の陰に人影があった。人の流れに紛れたその人影は、ぱっと見た感じでは何も不審さはない。

 どこにでも居るような、巡礼者がよく使う灰色の長衣姿だった。

 だが、サキにはその姿が妙に気になった。

(あっ!)

 サキの脳裏に、先程の材木商での主人とのやりとりが蘇ってきた。

『そう言えば、数日前から店の周囲で巡礼者を、何度か見掛けましたね』

『巡礼者?』

『ええ……灰色の長衣を着て、フードを目深に被った巡礼者姿の男です。

 王都に巡礼者がいるのは珍しくもないんですが、この界隈には神殿もないし、旅人が寝泊まりしたり食事するような場所でもないので、巡礼者を見掛けるのは珍しいんです』

 この界隈では、巡礼者姿は珍しくない。

 だが、サキの注意を引いたのは、その漂わせている暗い気配だった。どこかで、遭遇した記憶がある。

「あいつ……」

 サキは、慌てて運河の対岸を小走りに駆けた。数町離れたところに架かった運河の橋を渡った。

 だが、運河の橋を渡り終えた時、既にそこに人の姿はなかった。

「消えた?」

 サキは、周囲を見回した。

 通行人が忙しげに行き交っているが、人混みというほどの人出ではない。

 だが、通行人の中に灰色の長衣姿の男はいない。

 ほんのわずかな一瞬で、白昼に人が姿を消すことなどあり得ない。

 日が西に傾いた刻限とは言え、まだ薄暮にはほど遠い。

「気のせいだったのかしら?」

「姫さん、どうした?」

 リュードがやっとサキに追いついた。

 サキが慌てて駆けてきたというのに、リュードはのんびりと歩いてサキを追っていた。

「ついさっき、運河のこっち側で灰色の巡礼者を見掛けたの」

「巡礼者? さっきの話に出てきた怪しい巡礼者か?」

「うん……ちょっと、今の姿を見て気になったの……灰色の長衣の巡礼者なんて、いくらでも居るんだけどね」

 巡礼者が好んで着る長衣は、白、灰色、薄茶色と多彩なものだった。だが、その中で灰色の長衣はどちらかというと珍しい方だった。

「この道は、南街区の方へつながる道か……まぁ、あっちは冒険街や貧民窟の方だから、巡礼者がよく使う安宿も多いしなぁ」

「勘ぐりすぎだったかしらね」

 サキは、肩をすくめた。

「寝不足なのかなぁ」

 サキは、首を振ってきびすを返した。リュードを促して、歩き出した。まだ、天狼の商家の聞き込みは終わっていない。


       ◆


 サキとリュードが立ち去ってしばらくしてから、橋の近くの建物の陰で、気配が揺れた。

「やはり、急がねばならんか」

 物陰から、微かな呟きが漏れた。

 暗がりの空気が揺れ、そっと人影が現れた。

 焦げ茶色の長衣姿だった。いつの間にか、灰色だったはずの長衣の色が変わっている。

 サキとリュードが立ち去った方向に背を向け、ひっそりと歩き出す。

 足音を殺し、曲がりくねった狭い路地裏へと入ってゆく。

 王都南街区にある路地裏の奥は、王都でも悪名の高い暗黒街だった。

 ここは、王都レグノリアの南部にある旧市街区の外れだった。金さえ払えば、なんでもやるような連中がたむろする暗黒街のひとつだった。

 あるのは、酒場と賭場、安宿だった。

 その暗黒街のさらに薄暗い迷路のように曲がりくねった路地裏に、焦げ茶色の長衣が姿を消す。

 道と言うよりも、建物と建物の間のごく狭い路地裏の空間だった。

 そこに、風雪に耐えた古ぼけた木戸があった。

「合図が、変わっていなければいいんだが」

 老人が小さくつぶやき、周囲に人気のないのを確認して、木戸をひっそりと叩いた。

 二度叩き、一拍開けて三度。

 扉の小さなのぞき窓の向こうで人の気配がし、やがて扉が開いた。

 老人が中に足を踏み入れると、そこは薄暗い部屋だった。

 そこは、場末の酒場の裏部屋だった。

 この部屋の壁越しに、まだ昼間だというのに酒場で騒ぐ声が響いてくる。

 窓一つない屋内は薄暗い。

 傍らのランプが唯一の灯りだった。部屋の主人が老人に手振りで椅子を勧める。老人と負けず劣らず暗闇が似合う男だった。

「合図を知っているところを見ると、どこかで会ったような気配だが……どこのどなたかね?」

 誰何の声に、巡礼者がゆっくりとフードを外し、素顔を灯りの下にさらした。

「ほう! 巡礼に化けて王都に戻ってきたのか」

 老人の顔を見るなり、刀傷の主人が一瞬驚いた顔を見せた。

「二十五年……いや、二十三年ぶりか」

 老人がつぶやいた。微かに、過去を振り返るような目になった。

「あれから、どう行方をくらました?」

「ノールに逃げて、そこからシドニア大陸を着の身着のまま、転々と放浪さ……今はマーレ王国から戻って来たところだ」

 二十年に渡る逃亡生活が、かつての精悍な姿を消している。だが、その鋭い眼光に老いは見えない。

 刀傷の主人が、老人を促した。

 向かい側にある椅子に、老人がそっと腰を降ろした。

 焦げ茶色の長衣を脱ぐと、そこには瀟洒な黒衣を着た痩身の老人が姿を現した。

 無言のまま、老人はゆっくりと長衣を裏返した。

 焦げ茶色の長衣の裏の生地は灰色だった。裏返すと、巡礼者が良く着る灰色の長衣となる。

 驚くほど、物音を立てない。

「御主も壮健で何より……悪運が強いな」

 老人が、微かに口元を歪めた。

 老人の言葉に、主人が苦笑した。

「あんたほどじゃないさ」

 主人が、酒壺を示した。

「酒は飲むかね?」

「いいや、酒はあれ以来一滴も飲まん」

「そうか……」

 主人は、つまらなそうに自分の杯だけに酒を注いだ。

 灯りが揺れ、刀傷のある顔が浮かび上がった。

 金次第で、何でもやる男だった。

 暗黒街はどんな都にでもある。そんな暗黒街のさらに奥にあるこの酒場は、王都レグノリアの犯罪の温床の一つだった。

 金さえ十分に払えば、人殺しさえ請け負うような危ない人間を集めてくるし、口も堅い。

「仕事の話かね?」

「ここへ来る理由が、他にあるとも思わんが」

 老人が、懐に手を入れた。

 老人が懐から出した革袋が机上に投げ出され、重い音を響かせた。

「金貨で五十枚だ……大急ぎで二十人ばかり、命知らずを集められるか?」

「いつから、いつまで?」

「明日から、三日間……いや、二日間だけでいい……二日間、食い止めてもらえれば済む」

「あんたの手下にやらせれば良かろうに」

「知ってるのか?」

「俺にも、あちこちに耳目がある。

 御主が率いているとは思わなかったが、マーレから傭兵らしき連中がレグノリアにもぐり込んでいるのは承知している」

 老人が、不快そうに顔をしかめた。

「”蛍火(ほたるび)”は、融通が効かん」

「マーレの傭兵のことか?」

「うむ、奴らは刃傷沙汰は仕事ではないと、楯突いてきた」

「いつものごとく、脅してやれば良かろう」

「マーレ王家から借り受けた集団だ。手下じゃない……無理強いしようもそうもいかん」

 老人の脳裏に、先刻の不愉快なやりとりが蘇ってきた。


       ◆


 ほとんど使われた事がない石組の建物が、”蛍火(ほたるび)”と呼ばれる一党の根城だった。

 昼間はここに潜み、夜中に仕事をする日々が続いている。

 普通の盗賊と違うのは、彼らは今回の仕事の期間中、酒を断ちひっそりと暮らしていることだった。

 昼間に酒盛りをするわけでもなく、夜の仕事のために静かに眠り英気を養っている。

 炊事の煙が立つと怪しまれるため、彼らは小さな炭火をおこしただけで食事の煮炊きさえも最低限にとどめている。

 恐ろしく統率がとれている。ほとんど会話も交わさず、黙々と仕事に備える姿は、盗賊とは思えないものだった。

 マーレ王家に雇われた男達だった。今回の仕事は、マーレ王家経由で引き受けただけだった。

「始末して欲しい奴等がいる」

「始末?」

 黒ずくめの男が、微かに驚いたような顔をした。”蛍火(ほたるび)”と呼ばれる一団を束ねている男だった。

「神殿警護官と方術士が、この界隈をうろつき始めている……監獄のカラクリが見抜かれれば、ここが我々の根城と言うことを嗅ぎ付けるまで、あと一歩と言うところだろう」

 老人の言葉が続く。

「こっちの仕事が終わるまで、奴等に邪魔されたくはない。

 監獄近くに近寄ってきたら、始末して欲しい」

 老人の言葉に、”蛍火(ほたるび)”の首領が小さく頭を横へ振った。

「我ら”蛍火(ほたるび)”は、どんな敵であろうが決して殺めないことを誇りとしております。

 我らは、偸盗術(ちゅうとうじゅつ)でマーレ王家に雇われ申した。マーレ王家の依頼で、貴殿の手伝いをしておりますが、手下でない以上殺しを行えという命令に従う言われもありません」

「なっ!」

 思わぬ反論に、老人が絶句した。

「出来ぬ、と言うのか?」

「いかにも……無理強いするおつもりであれば、ここで契約は打ち切りとなりますが?」

 ”蛍火(ほたるび)”の首領は、耳障りなことをずけずけと言う。

 ”蛍火(ほたるび)”を束ねている立場の男だけあって、意に沿わない無理強いには一歩も引かない。

「我らは、偸盗術(ちゅうとうじゅつ)に誇りを持っております。

 どうしても、というのであれば、我らは即刻レグノリアから立ち去り、マーレへ戻ります。

 もっとも……どのみち、マーレ王家経由で貴殿に頼まれた仕事は、明日の晩のあと一回で終わりの契約……それを済ませてしまえば、我らは夜陰に紛れて王都から姿を消すだけ」


       ◆


 話を聞き終えた、刀傷の主人が小さくうなずいた。

 小さな机を挟んで、老人と主人の姿をわずかな灯りが浮き上がらせている。

「なるほど……それで、こっちに声を掛けてくれたってわけだ」

「黒犬……貴様は口が固い」

「褒めてもらって光栄だ」

「受けてもらえるか?」

 不気味な密談が続いていた。

 詳細を聞き終えた、黒犬と呼ばれる刀傷の主人が同意した。

「よかろう、今夜中に集めよう……しかし、堂々と街をうろつくとは豪胆だな」

 黒犬と呼ばれた男が、老人に視線を戻した。

 老人が、乾いた声で笑った。

「まさか、マテオ・エクトールが生きているとは誰も思わんさ」

「そりゃ、派手に死んだふりしたからなぁ……何人もが口裏を合わせたとはいえ、死体を改められずに済んだのは幸いだった」

「あの時から、もう二十年以上経っている。

 年月は人相も変えるからな……老いるというのも悪くはない」

 それは、 角笛(つのぶえ)の岬の近くの墓地でサキが見た墓石に刻まれた主の名前だった。

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