ACT16 呪術の痕跡
「リュードが悪いのよ!」
サキが、リュードにさかんに八つ当たりをしている。
「また、今日は一段とご機嫌斜めだな」
リュードが苦笑した。
サキの八つ当たりなど気にする様子もなく、柳に風という態度で右から左に聞き流している。
今日のサキは、特に機嫌が悪い。
両親から妙な厄介事を押しつけられたこともあるが、夜盗に狙われた商家の探索も芳しくない。
護民官が総出で旧市街区の下町や貧民窟まで探索しているが、夜盗とつながるような怪しい連中の姿も形もない。
「複数人だもの、昼間に潜んでいる場所が必ずあるわよ」
王都レグノリアの人口は十万を超える。だが、見知らぬ人間が集団で隠れ潜めるような場所は限られている。
冒険街の近くの隊商宿は、真っ先に探索の手が入った。王都の外部から夜間に侵入することも考えられたが、その可能性はかなり低い。
王都レグノリアは、巨大な城塞都市だった。王都と外部は長い城壁と大河で囲まれている。長い平和に馴れきり夜間でも開け放ったままの城門とはいえ、門番が不寝番で立っている。
怪しい人の出入りはない。
王都の雑木林や、神域の廟に隠れて野宿している疑いもあるが、十日ばかり野宿していれば、さすがに人目に付く。
「どこか、盲点があるのさ。レグノリアの都は広いからな……その気になったら、十人や二十人でも一月かそこらなら護民官の目から隠すことはそんなに難しくないぞ」
「亡霊じゃあるまいし……人間が忽然と姿を消すなんて、あり得ないわよ」
サキが、リュードを横目でにらんだ。
「例えば、どこ? 当たりを付けたところは全部調べたわよ」
「当たりを付ける場所が、外れてるんじゃないのか? 王族の屋敷とか、護民官の目が及ばない場所はたくさんある」
「王族が関わってる? それこそ、あり得ないわよ!」
「あちこちにある、神将像を祭った廟は?」
「神域は、神殿警護官が毎日調べてるわよ」
だが、昨夜も夜盗の被害が出ていた。
これで、もう七軒目だった。
今度の被害は、天狼の商家だった。天狼側の被害は、これで三軒となる。天狼の商家だけを狙ったわけでもなければ、王都側の商家とのつながりもない。
天狼の商家は、尋ねてきたサキが約定を継いだ証の首飾りを見るなり、全面的に協力してくれることを約束した。
「夜盗が襲撃された心当たりは?」
サキの問いに、主人が首を傾げた。
「まぁ、商売して大きな店を構えている以上、盗人に金品を狙われることはありますからね。
特に、最近夜盗が跳梁している噂も耳にしてましたから……それなりに、警戒はしてましたがね」
「警戒?」
「ええ……周囲に怪しい者がうろついていないか、とか、戸締まりの確認は毎日行ってましたね」
そこまで話した主人が、声をひそめた。
「そう言えば、数日前から店の周囲で巡礼者を、何度か見掛けましたね」
「巡礼者?」
「ええ……灰色の長衣を着て、フードを目深に被った巡礼者姿の男です。
王都に巡礼者がいるのは珍しくもないんですが、この界隈には神殿もないし、旅人が寝泊まりしたり食事するような場所もないので、旅人や巡礼者を見掛けるのは珍しいんです」
聖教の中心地の王都レグノリアでは、神殿に参拝するためにシドニア大陸全域から王都を訪れる巡礼者は珍しくもない。
だが、巡礼者が訪れることも珍しい界隈に姿を現したのは、確かに怪しい。夜盗が巡礼者に扮して下見に来ていた可能性はありそうだった。
「それって、護民官には話したの?」
「いいえ……護民官のお役人の方々は、破られた金蔵と侵入した痕跡のある裏口を調べただけで引き揚げてしまいました。我々の話など、聞いてもくれませんでしたね」
サキは、顔をしかめた。
(また? 本当に、仲が悪いのねぇ)
護民官の捜索には形ばかりの協力しか見せないというのに、天狼の味方であるサキに対しては、掌を返したように協力してくれる。
(王家と天狼の仲の悪さが、いけないんだわ)
サキは、つくづく王都の二重構造に煩わされている。
王家と天狼の対立は、根深い。
天狼を始めとする漂泊民を、王都の人間はさげすみつつも、その特殊な能力を恐れている。漂泊民の側も、面従腹背で王都の人間を信用していない。
今回の探索もそうだった。
護民官も、天狼を始めとする漂泊民には深入りしようとしない。天狼も王家の人間を信用していない。
天狼の味方のサキが出てくると、護民官が調べに来た時には出てこないような詳細な話が出てくる。
「夜盗が巡礼者に化けて、下調べにでも来たのかしらね」
夜盗に狙われた商家は、もう七軒にのぼる。短期間に立て続けに襲撃されたことからして、かなり周到に下調べをしていた可能性が高い。
だが、今まで夜盗に狙われた商家は、共通点がない。職種も規模もバラバラで、共通しているのは夜陰に紛れて侵入し、商家の使用人誰一人にも被害が出ていないことだった。いつの間にか侵入し、金蔵を破ってこっそりと盗む手口だった。
「金蔵を破られたとはいえ、被害はそれほどでもありませんでしたしね……むしろ、うちの店で一番価値があるのはこの材木です」
「材木?」
一軒の商家の広い中庭を見渡しながら、サキが首をひねった。
確かに、王都の外から運ばれてきた材木が、あちこちに積み上げられている。
ここは、王都で建築に使う材木を扱う材木商だった。
「森で切ったばかりの丸太は、生木の間は使えませんから……こうやって、寝かせてあるんです」
商家の主人がサキに説明した。
「一年以上はしっかり乾燥させなきゃ、建物を建てた後でゆがみや狂いが出るのでね……」
運河を通して運ばれてきた材木が、露天にさらされて乾燥させられている最中だった。
「夜盗も何を狙って忍び込んだんだか……まぁ、金蔵は襲われましたが、そんなに財宝を常に置いてあるわけでもなし。大きな取引があった後だと甚大な被害を被りましたがね……今、うちの現金は大半がこの材木に化けてますから」
狙われた全ての商家がそうだった。被害の額は、それほど多くはない。その隣に、もっと裕福な商家があっても手を付けた形跡がなかったり、不思議な盗賊だった。
「不思議なのは、こっちです。
夜中の間に、材木を動かして……この一角だけが、積み上げられた材木の山が崩されて散乱してましたね」
主人が示した一角だけ、材木が乱雑に散らばっている。他の場所の材木は整然と積まれているのに、ここだけが雑然としている。
「材木の下に、財宝を隠してあるとでも思ったんでしょうかねぇ」
中庭の石畳が引き剥がされていたという。
「一晩でこんなに散らかすなんて……足跡の数からして夜盗は十人以上ね」
サキは、姿を見せぬ夜盗の手掛かりを追っていた。護民官でも見つけられなかった手掛かりは、天狼がサキを信用して語ってくれた部分だった。
中庭には護民官は足も踏み入れず、金蔵だけ調べただけで引き上げていったという。
石畳に、泥に汚れた足跡がいくつも残っている。足跡が乾いて土の汚れを見せているが、サキは激しい違和感を感じた。
ここ数日、雨は降っていない。石畳に遺された足跡は、どこで泥にまみれたのだろうか。
「ねぇ、リュード? この足跡って、おかしくない?」
「どこの泥かって?」
石畳に膝を付いて、足跡を観察していたリュードが顔を上げた。
「この界隈は、石畳の道ばかりだ……外には足跡が残らず、ここだけ足跡が残されてる」
「夜盗の連中……何考えてんだろ?」
「おっ?」
リュードは、一枚の石畳に目をとめた。そこだけ泥の付着が激しい。
「なんか、石畳を剥がして元へ戻したみたいだなぁ……」
リュードは、主人に断りを入れて石畳の縁に触れた。
「姫さん? 近くのどこかに、 鉄梃か何か転がってないか?」
「 鉄梃?」
「この石畳をいったん剥がすとしたら、素手じゃ無理だ」
「 鉄梃なら、倉庫の裏手にいくつもありますよ……材木を動かす時に、素手じゃ無理なので」
傍らにいた主人が、あっさりと答えた。
背丈ほどもある長い 鉄梃を、リュードが手にした。
鉄梃で体重を乗せて、やっと石畳の一辺が浮いた。
ゆっくりと石畳を外す。
大地が露出した。
「ほじくり返した後があるな……」
その部分だけ、固められているはずの土の色が黒い。明らかに、掘り返したばかりような土の色と湿りだった。
「この土が、足跡に付いた泥か……」
「何かを掘り出した?」
サキの言葉に、主人が首をひねった。
「ここは昔から石畳で覆われてますよ……まして、ここは何十年も前から代々ずっとうちの商家が使ってますから」
「何かを埋めたりしてなかったの? お金とか、大切な品物とか」
「こんなところに、金を隠したりはしませんよ……埋めたが最後、必要な時に掘り出すのは難儀ですから」
鉄梃の先端で土を掘り返していた、リュードの手が止まった。
「なんか、当たったぞ」
サキは、リュードの傍らから掘った穴をのぞき込んだ。
「リュード? それって、もしかして……埋めていたものを掘り出したんじゃなく、何かを埋めた?」
サキは、リュードがよく使う占いの手妻を思い出した。器に占った銅貨を入れた振りをして、神託の書かれた紙片にすり替えるのは、リュードが得意とする技だった。
「うん……何かを掘り出していないとしたら、何かを埋めるためってのが自然な考えだろ」
リュードが手で土をどけると、深さ三尺ばかり下の岩塊が現れた。この界隈は、岩盤で覆われた大地で、肥沃な土が少ないため農業には適さない。
「なんだこれ?」
リュードが振るった 鉄梃の先端が当たったのは、岩ではない。岩に何かが突き刺さっている。
宝剣を岩に突き刺したどこかの英雄譚を、サキは不意に思い出した。
確かに、剣の柄頭のようなものが岩から突き出している。
リュードが、その柄を掴んで引いてみたが、抜こうにもびくともしない。
「こりゃ、一人じゃ無理だ」
リュードが、丹念に土を払ってゆく。
「こりゃ抜けないはずだ……こいつは、剣じゃない。螺旋の溝を切った杭だ。しっかりと岩に螺旋が食い込んでるから、引いたくらいじゃ抜けやしない」
「けど、誰が何のために?」
サキの言葉に、リュードが手を振って制した。静かにという素振りだった。いつになくリュードが真剣な表情を見せている。
「ちょっと待てよ……こいつは……まさかなぁ」
リュードが、考え込むような素振りを見せた。その青灰色の瞳に浮かぶ眼光は、何か記憶の彼方を探るような色がある。
「なによ、これ?」
「こいつは、呪いに使う杭だ」
「呪いぃ?」
リュードが小さくうなずいた。
「結界を破る術ってのがある……何かの結界を破るつもりじゃなきゃ、こんな大掛かりな杭を大地に打ち込んだりしないんだがなぁ」
「何かの結界?」
「うん、例えば……この王都にかつて構築された、レオナ姫の霊的防御の結界とか」
「!」
「レオナ姫はこの王都が千年の繁栄を続けるように、ありとあらゆる知恵を絞って霊的防御を都の設計に組み込んだ……もっとも、完成半ばでレオナ姫は王都から姿を消してしまったんだがね」
これは、サキも知っている。リュードが住み暮らすリシャムード屋敷にはレオナ姫が残した王都の未来絵図があった。
王都の主要な地点を結ぶと、絵図に巨大な魔法陣が浮かび上がってくる。
ふと、サキは重大な事柄に思い至った。
「ひょっとすると、他の商家も?」
「可能性は高いな……」
「護民官も動員して、狙われた全ての商家を調べてもらうわ」
普段は神殿警護官と不仲の護民官だが、今回ばかりはサキに探索の手伝いを依頼した経緯もあり、全面的な協力でその動きが速い。
◆
暗い屋内に、いくつかの蝋燭の炎が揺らいでいる。
石組みの台の上に黒い布が被せられ、急造の祭壇が仕立てられている。その黒い布の上に、一枚の皿が載せられ、その周囲を何本もの蝋燭が取り囲んでいる。
握り拳ほどの水晶玉が、祭壇の手前に置かれ、蝋燭の炎を映して怪しい輝きを見せている。
剣を模したそれぞれの燭台は、何かに突き立てられている。
それは、白い頭蓋骨だった。頭蓋骨の頭頂部に燭台が突き刺さり、その上で蝋燭が燃えている。
ぽっかり開いた髑髏の眼窩が、蝋燭の光で黒い影を生じている。
風もないのに、蝋燭の一本の炎が大きく揺れた。
祭壇にひざまずき、ひたすら祈っていた人影が微かに動いた。
「気付かれたか……」
この炎が揺れたのは、呪術の仕掛けを何者かが動かそうとしたことを意味する。
「奴らか……」
男の目の前にある水晶玉に、ぼんやりと何かが映し出されている。常人には、蝋燭の輝きが揺らいだようにしか見えないが、男の目にはその何かの映像が見えているようだった。
「邪魔だな……まだしばらくは、刻を稼がなければならん」
男が小さく舌打ちした。
皿の周囲で、再び同じ蝋燭の火が揺らいだ。
そして、その皿は奇しくもゼメキスの屋敷でサキが見た皿と寸分違わぬ文様だった。




