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ACT15 盗賊をやれ?

「”傾国の水盤”を手に入れてから、アウラがおかしくなりました。皿を前に一晩中祈念したり、その奇怪な振る舞いはもはや深刻な病としか思えません」

 ライリーが、やっかいなことをはっきりと言い切った。

 そして、それはサキも姉のセアラにお祓いできないか尋ねようと思っていたことそのものだった。

 サキは、そのゼメキスの状態を見てきたばかりだった。確かに、ゼメキスの奇行をみると、何かの呪いなのか深刻な病なのか、としか思えない。

「その”傾国の水盤”って……何かに呪われてるのかしらねぇ」

 マオが、小さな嘆息を漏らした。

 だが、カート・ライリーの次の言葉にはサキも驚いた。

「とんでもない。呪いがあるような由緒ある皿じゃございません」

「えっ? 本物の、アストレアの”傾国の水盤”じゃないの?」

 サキが思わず声をあげた。

「あの皿は、最近造られた贋物です」

 ライリーが、あっさりと言ってのけた。先程、リュードが見抜いた通りの言葉だった。

「えっ? じゃあ、先天祭での慈善競売会でライリーさんがゼメキスさんと競り合ったのは?」

 サキの言葉に、ライリーが小さく苦笑した。

「はい……実は、贋物と承知しながら、アウラと競り合いました。

 適当なところで私があきらめた振りをして競売から手を引き、アウラが高値で落札するように仕掛けたんです」

「はぁ? ち、ちょっと待って!」

 サキが、慌てて片手を挙げてライリーを制した。

 話を聞いていたサキの頭が、激しく混乱してきた。

「ええと……ちょっと、言ってる意味がよくわかんないんだけど」

 贋物の皿と知りつつ高値で競り合った、というのがサキにとっては意味がわからない。

 サキの言葉に、ライリーが慌てて手を振った。

「いつもの見栄張り合戦ですよ……ちょっとアウラに無駄金使わせてやろうと、イタズラを仕掛けただけです」

「はいぃ?」

 サキが、思わずライリーの顔をマジマジと見た。冗談を言っているような表情ではない。ライリーは大真面目な顔をしている。

 ライリーが、ゆっくりと話を続けた。

 それは、奇妙な話だった。

「奴は、成金趣味でね……美術工芸品の価値どころか、奴に真贋なんかわかりゃしませんよ」

 ライリーが苦笑した。

 決して、ゼメキスを嘲笑するような口調ではない。むしろ、その言葉や表情には、意外なほどの親密さがあった。

「ちょいと、アウラの奴を引っかけようと思いまして」

「じゃあ、ライリーさんは、意図的に贋物をゼメキスさんに掴ませようとしたの?」

「まぁ、見栄張りのアウラなのでね……稼いだ金の一部をちょっと多めに、神殿に還元させて差し上げようと思いましてね」

 カート・ライリーが、狡猾な商人の顔になった。

「”傾国の水盤”って名乗ってましたが、あれは贋作ですよ……でも、本物以上に本物らしい出来映えなのは確かです」

「……」

 室内に、奇妙な沈黙が訪れた。

 サキは、自分の頭の中を整理するのに忙しい。

 不意に、マオがライリーを見つめた。

「その言い分を、頭から信用するわけじゃないけど……それで、どうなったのかしら?」

 マオの言葉に、ライリーが首をすくめた。

「アウラの奴……もともと、強欲な気性はあったのですがね」

 ライリーが、申し訳なさそうに頭をかいた。

「後で真相を教えて、悔しがらせてやろうと思ってたんですけどね。

 ところが、思い込みってのは恐ろしいもんで……”傾国の水盤”を手に入れてから、アウラの商いが急に発展しましてね……相場に手を出しても、打つ手打つ手がぴたりと当たる。

 それ以来、アウラの奴……すっかり、皿が自分の幸運を支えてくれてると勘違いしたみたいで。

 今度は、その皿を失ってたまるかという一心で、皿を盗まれまいと商売そっちのけで自らが皿を警護するような状況になっております」

 そこまで語ったカート・ライリーが姿勢を改め、ダンとマオに深々と頭を下げた。

「お願いでございます、アウラを救っていただけませんでしょうか?」

 その言葉は、本気だった。決して、きれい事で口にした響きではなく、真剣さにあふれている。

 そこが、サキには引っ掛かった。

「ゼメキスさんとライリーさんは、商売敵で不仲だと聞いたけど……何故、ゼメキスさんをそれほどまでに心配するの?」

「アウラは、私の朋友です」

「朋友?」

 古い言葉に、サキは思わず聞き返した。

 仲が悪いという噂を信じていたサキには、その言葉は意外だった。まるで喧嘩友達のような態度が見える。

 カート・ライリーが素直にうなずいた。その表情は、とても嘘を言っているようには見えない。

「無二の親友です……二人とも、マオ様に深い御恩がありまして……長い事お世話になっております」

「ええっ? 母様と?」

 マオが、小さく微笑んだ。その微笑みは、なんとも表現しようがない複雑な感情を秘めている。

「二人とも、三十年近く前に滅んだアストレア王国の出身なの。元々は、ライリーさんは騎兵団、ゼメキスさんは水軍にいたの……そんな立場だったから、戦乱で国を失い、行き場を失った人達を束ねていたのよ……アストレア王国が滅んでから、どこの王国にも属さずに漂泊していた義賊の一団だわ。

 私の口添えで、二人ともヴァンダール王家に従ったの。だから、なにかと過去を詮索されないように……別々の過去を持った事にするために、不仲を装っているのよ」

 マオの言葉を受けて、ライリーが言葉を足した。

「世間には、不仲だと思わせといた方が都合が良いので」

「どういうこと?」

「亡国の義賊と言えば聞こえはいいですが……食うためとは言え、敗残兵が国を滅ぼしたマーレ王国に対して盗賊や海賊をやってなんとか生活しているようなものでした。

 二人がシドニア大陸で暴れ回った大盗賊の一味と知れたら、何かとややこしくなるので……お互いの過去を捨て、それぞれが正体を隠しておりました」

 やっと、サキにも事情が飲み込めてきた。アウラ・ゼメキスとカート・ライリーの二人は、実は仲が良かった。

 好敵手と言っても良い。

「ダン様のお口添えもあり、過去の非は問われず王家で商売を許されました。アウラは船を操るのに優れてましたので水運と海運を選び、私は騎馬を率いるのが得意でしたので陸運を選びました……その商売が大きく当たりましてね」

 二人とも、商才もあったのだろう。

 ゼメキスもライリーも短期間で財をなし、裕福な豪商となるのにさして日数は掛からなかった。

「我々が前非を問われずに、王都レグノリアで商売する鑑札をいただいた御恩もありましてね……毎年の祭礼の時期には、神殿への寄進を二人とも競うように行っておりました」

「それで……」

 サキは、ライリーとゼメキスの寄進の多さを知っている。

 二人とも、それほど敬虔な聖教の信者でもないが、その寄進額は他の商人とは桁が違う。

 動機が互いの見栄の張り合いとはいえ、神殿としてはゼメキスとライリーは、寄進とかも積極的に行ってくれるありがたい存在ではある。

「おおっぴらに寄進するのも、度を超すと怪しまれます……でも、慈善競売会で美術工芸品を競り落とすのに高額を払うのは、金持ちの道楽ということでなんとでも言いつくろえますからね。

 まして、手前が美術工芸品に目がないというのは知れ渡っておりますから、金に糸目を付けずに逸品を競り落とすのは自然でしょう。

 この慈善競売会も、アウラと手前がダン様にお願いして始めたものでございます」

「先天・後天祭の慈善競売会は、売り上げの三割が神殿への寄進になる」

 今まで、無言で話を聞いていダンがつぶやいた。

 代々が神官の家柄のシェフィールド家の家長としての、厳しい表情だった。家計が厳しいのは、ダンが一番理解している。

「その費用で神学校を作ったり、孤児院を作ったり……」

 質素を旨とするシェフィールド家は神官の家柄とは言え、神殿の維持管理には多大な費用が必要だった。

 王都レグノリアから少し離れた南の地方にシェフィールド家の所領もあるし、寄進のおかげでなんとかなっているとはいえ、経営状態はやはり苦しい。

「まぁ、慈善競売会には本物のお宝も出品されますから……それを入手するのも、道楽としては楽しいものです」

 ライリーは、美術工芸品に目がない。王族や豪商に美術工芸品の収集や斡旋も商売のうちだった。

「でも、入手しようとする品物を、ゼメキスが見栄で邪魔してくるのでね……今回、ちょいとお仕置きしてやろうかと」

 サキにも、徐々に状況が飲み込めてきた。

「ええと……つまり、ライリーさんは贋作と知りつつも競り落とそうと芝居して、それに引っ掛かったゼメキスさんに競り落とさせた……こういうこと?」

「恥ずかしながら……それが真相でございます」

 ライリーが頭を下げた。

「ちょっとしたイタズラのつもりが、なんだかとんでもない騒ぎになっちゃいまして……何とかアウラの奴を正気に戻せないかと、マオ様に御相談にうかがった次第です」

「人が想う力って、想像以上に強いもんだなぁ」

 ダンが、嘆息した。

「父様、神殿でお祓いできないの?」

 サキの問いに、ダンが小さくうなずいた。当然、サキが考えるようなことは考えていた様子だった。

 お祓いで何とかなるようなら、とっくに手を打っているはずだった。

「何かに呪われたんだったら神殿でお祓いして、って考えたんだが……カートの話を聞くと、これは荒っぽいが実力行使するしかない」

「実力行使?」

「そう、皿とゼメキスを切り離すんだ」

 ダンがあっさりと言った。

 『誰が、どうやって?』と言いかけたサキは、全員の視線がサキに向いていることに気が付いた。

「えっ?」

 全員の目が、サキを静かに見つめている。

「あたしが?」

 サキは、自分の顔を指で指して確認した。

 ダンが、サキの方を見た。

 サキを見つめるダンの眼は、大真面目だった。冗談を言っているのではなさそうだった。

「どうやって?」

「細かな方法は任せるが……ゼメキスを”海賊島”から拉致するか、皿を奪うかの二択だ。とにかく、皿とゼメキスを切り離して欲しい」

「はぁッ? あたしが?」

 サキは自分の声が裏返ったのに気が付いて、声をひそめた。

「それって、あたしのお務め?」

「こんな荒技、天狼との約定を継いだサキにしか出来ないからなぁ」

「でも……それって、非合法じゃないの?」

「立派な非合法だな」

 あっさりと、ダンが認めた。

 品行方正、理想的な神官そのものみたいな真面目な父親のダンが、こんなとんでもないことを言い出したことがサキには信じられなかった。

「父様ぁあ!」

「天狼の総帥の助力を借りれるなら、借りて欲しい」

「無理に決まってるじゃん! こんな程度の騒ぎじゃ、天狼と王家の約定なんて借りれないわよ」

 そう言って、サキは考え込んだ。

 姿を見せぬ盗賊の件も、岬で起きた怪異に関しても天狼の総帥シェルフィンは動こうとはしなかった。

 天狼の束ねを務めるシェルフィンをサキが知ったのは、わずか数ヶ月前のことだった。犯行現場に魔除け札を残す謎の盗賊の行方を追うために、サキはかつて王家と天狼が結んだ約定の後継者として選ばれた。それまで、漂泊民という存在が王家にどのように関わっているのかなど、知りもしなかった。

 居心地悪そうに、サキは喉元を飾る白銀の首飾りに触れた。これは、天狼と王家の約定を継いだ人間としての証だった。

「母様ぁあ!」

「ライリーさんを、助けて差し上げなさいな」

 助け船が出るかと期待したマオの言葉が、サキをさらに追い込む。

「サキ、あなたにしか出来ない真似ですわ」

「えぇっと……」

 執務室の奥に安置されたアグネアの神像を、サキは見上げた。

 左手に罪の重さを量る天秤、右手に破邪の剣を握った全知全能の神だった。両性具無の中性的なすらりとしたアグネア神の表情は変化がない。

 サキは、破邪正義のために大刀を鍛練した。

 盗賊の真似など、わずかでも考えたこともない。

「あたしに、盗賊の真似しろって?」

「真似じゃないわ。ゼメキスさんを海賊島から拉致するか、皿を奪うか……どちらを選んでも、立派な盗賊ね」

 マオまでもが、サキを追い込むような不穏なことをあっさりと言う。

「父様、母様! 娘に盗人やれって?」

 サキが顔をしかめて、両親を見返した。

 礼儀正しく、品行方正に、淑女たれと常日頃から説教をしていた両親から、盗賊の真似をしろという命令が下るとはまだ信じられなかった。

 『ならず者にはなって欲しくない』とマオに説教を食らってわずか二日で、そのマオから盗賊をやれと言われるとは、サキも予想していなかった。

「叔父貴ぃい!」

 サキは、助けを求めるように叔父のカロンに視線を移した。カロンも渋い顔で頭を抱えていた。

「俺がこの場に呼ばれたのは、サキがこれからやらかすことを何とかもみ消せって事ですかねぇ」

 神殿警護官長のカロンも、対応に苦慮している。神殿警護官長の立場では、そんな真似をさせるわけにはいかない。

「まぁ、そんな呪われた皿を見逃して競売会に出したのは、神殿の責任でもあるか……やっぱり、兄貴の言う通りサキにやってもらうしかないなぁ」

「叔父貴ぃ! ちょっとぐらい、否定してよぉ!」

 サキが、カロンをにらんだ。

「こんな荒技が出来るのは、サキだけだ」

 父親のダンが、サキの抵抗を封じるかのように宣告した。

 抵抗もむなしく、サキに厄介事が押しつけられた。

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