ACT11 海賊島
船着き場が近づいてきた。
ここが、”海賊島”の唯一の船着き場だった。ここだけ、島の一角が港のようにくぼみ、船が安定して停泊できる水流になっている。
「ご覧の通り、”海賊島”は絶壁に囲まれてます。
親分の波止場以外は、船着き場はないんです」
船着き場とはいえ、そこも島の全域と同じ切り立った崖のような場所だった。
「ここから、どうやって上陸するの?」
「石段が、壁面に切ってありますから」
水夫が先端に重りがついた縄を投げた。桟橋の欄干にくるくると巻き付く。
巧みな操船で、金色の船が桟橋に接岸した。
サキは、軽い身のこなしで縄ばしごを下りて桟橋に立った。
「うわっとぉ!」
降りた途端、一瞬足元が揺れた。サキは縄ばしごに手を掛けて慌てて体勢を立て直す。
よく見ると、桟橋は古い空き樽を縛ってその上に板を張った筏みたいな浮き桟橋だった。”海賊島”と綱で結ばれているだけだった。
「この桟橋って固定されてないの?」
「ここは水深が深いのと潮位差が大きいので……浮き桟橋の方が何かと便利でしてね」
「へぇー、二三人乗ったぐらいじゃ、案外沈み込まないもんだな」
リュードの目が輝く。
興味深そうに、膝を付いて浮き桟橋の上から、水中の空き樽をのぞき込んでいる。
「こういうカラクリ、好きなんだ」
サキは、動かないリュードの背中を叩いて促した。
「行くわよ! そんな空き樽に価値はないわよ」
浮き桟橋から、石段を登る。確かに満潮時には水面が上昇するのか、壁面に海藻や貝殻がへばりついている。運河とはいえ、港に近い汽水域だった。吹いてくる微風の中に潮の香りが濃く漂っている。
上陸して、ちょっとした城門のようないかめしい石塀をくぐり抜けると、うっそうとした雑木林の中だった。その中に、石畳の小径が雑木林の奥へと続いている。
「ほら、あそこがうちの若い連中のねぐらです」
ヘルムートが雑木林の一角を指し示した。
背の高い柵で仕切られた区画が、雑木林の中に忽然と現れた。
”海賊島”の雑木林の一角が切り拓かれ、柵越しに小さな集落が見える。
雑木林の木々を透かしてみると、あちこちに木組みの建物が見える。洗濯物が干されていたりするところを見ると、ゼメキスが使っている使用人達の宿舎だろう。
「ここには、うちの若い者二百人ばかりが集団で暮らしてます。
今は、連中が外へ働きに出てますから無人ですがね……日が暮れる頃には、港湾地区から船で運ばれて、夜中はここで暮らしていますよ。
日が落ちる頃になると、連中はここへ船で送り届けられます。
連中を送り届けた船は、都側の波止場に戻しますから、連中が抜け出すことは難しいと思いますよ。
まぁ、泳いで渡ることは出来ますが、夜中にそんな真似してまで都を徘徊する理由もありませんしね」
「昼間は、港湾地区に働きに出て、夜になるとここへ泊まる生活?」
サキが聞き返した。
確かにそれでは、夜盗の正体がゼメキスの使用人だという可能性がなくなる。
「ええ。まだまだ地金は罪人なので、夜に王都を徘徊されちゃ街の人々が迷惑しますしね。
ここに収容するのが、罪人を牢屋から引き取った時の刑部庁のザネッティ候との約束になっております」
「じゃあ、ここでもめ事が起きたら?」
「喧嘩は日常茶飯事ですが……海賊の掟で決着付けます」
「海賊の掟?」
「決闘です」
「それじゃ、無法地帯じゃないの?」
サキの言葉に、ヘルムートが苦笑した。
「堅気の人からするとそう思われますがね……むしろ、我々はそっちになれてるので、王都の中にいるよりは暮らしやすいもんですよ」
ヘルムートが、傍らの栗の木を見上げた。樹上に茶緑色のイガに包まれた栗が実っている。
「この島だと、運河から釣り糸を垂らせば魚も採れますし、この雑木林から木の実とかも採れますから、飢えることもありません」
「これも、ヘルムートさん達が植えたの?」
「いいえ、この雑木林はこの島を埋め立てたときに植林されたって話です……いざというときの砦として使えるように、食用になる木の実が採れるように植えたものです。今の時期ですと、栗とかクルミがたくさん採れます。
隣の砦の石塀の向こうにも、こっちと同じように木の実が採れる雑木林や、畑地もあります……その気になったら、半年や一年は籠城出来るって話です」
ヘルムートの説明を聞きながら、サキはレオナ姫の深謀遠慮に驚いた。単に霊的に王都を守護しようとしただけではなく、物理的な侵略にも対応できるように都を設計している。
唐突に雑木林が途切れ、視界が開けた。
「うっわぁ-」
サキが、驚いた声を上げた。
目の前に拡がる邸宅も、黄金色に輝いている。
深い雑木林に囲まれ、運河の対岸から見えないのが幸いだった。こんな派手な邸宅を見られたら、それこそ王都中の夜盗が集まってくる。
「こんなの、盗賊に狙って下さいって言ってるようなものじゃない」
「うちの若い連中が、”海賊島”内に住んでますからねぇ……ここを襲撃したら、無事じゃ済みませんよ」
「元罪人でしょ? 逆に身内に狙われない?」
「まぁ、ならず者の集団ってのは認めますが……連中も、この黄金を護るって使命を持ってるから、よく働きますよ」
「えー? 目の前にお宝があるのに、身内がよく襲わないわね」
「自分達の物と考えると、立場が変わるのでね」
ヘルムートが奇妙なことを言った。
「確かに、他人が黄金を持ってれば、奪いたくなるような性根の連中ですよ……でも、その黄金が自分達の持ち物だって考えたら、それを必死で護ろうとする……人間の欲って不思議なもんですよ」
「でも、逆にゼメキスさんを襲ったりはしないの?」
「若い連中が? まさか」
ヘルムートが笑う。
「親分には、人望があります」
元海賊だったと言うだけあって、アウラ・ゼメキスは罪人達の扱いが巧みだった。世をすねて王都で暴れ回っていたような連中も、アウラ・ゼメキスにだけはなついた。
「それに、もし屋敷に無断で侵入しようとしたら、侵入者除けの罠に掛かりますから」
「罠?」
「ここは、もともと砦にするために島を作ったのでね……あちこちに罠が仕掛けてあります。
道を知らないと、屋敷へたどり着くのも大変ですよ」
ゼメキスの屋敷のある高台から砦側につながる方を見ると、砦の城壁からこちらへとつながる二つの跳ね橋が見える。
砦と、ゼメキスの屋敷のある側の間には、幅が狭いとはいえ運河が流れちょっとした水堀になっている。狭い水路とはいえ、跳躍して対岸に渡るのも難しいだけの幅がある。
跳ね橋とゼメキスの屋敷につながる道には、いかめしい鉄の門が見える。跳ね橋を落としてしまえば、たとえ船着き場から敵軍が侵入したとしても、そう簡単に砦は陥落しないだけの備えがある。
(”海賊島”そのものが、王城と同じような造りをしているわ)
敷地のあちこちに石塀や、鉄柵があり、真っ直ぐに侵入することも難しい。もしも、有事ともなれば砦の隣にあるゼメキスの屋敷側も、砦の防御線の一つとして防御にあたる仕掛けだった。
そして、屋敷の近くには奇妙な石像が並んでいた。
「薄気味悪いわね」
奇妙な石造りの彫像が、あちこちにある。
等身大の石像が、あちこちに林立している。
異国から運んできたのか、サキが見たことがないような異形の石像がこちらを見ている。
「ああ、これですか?」
ヘルムートが、石像を見ているサキに気が付いて微笑んだ。
「全員が聖教徒ではないので……異国の風習や宗教の信者もいますからね。聖教に宗旨替えした連中は、割と早くレグノリアの街の生活になじむので、”海賊島”を出て暮らせるんですがね……こればっかりは、その人の信じる神様なのでなんとも」
聖教は、極めて鷹揚な宗教だった。異教徒を排斥したりせず、平和に棲み分けている。
サキは、とりあえず異国の神々の彫像に頭を下げた。サキの信じる聖教とは全く違うが、異教だろうが最低限の礼はつくすのがサキの心情だった。
「屋敷の中に、親分はおります」
ヘルムートが、屋敷の玄関を示した。玄関の重い扉を開け、中に声を掛ける。
「親分! ヘルムートです! シェフィールド家のサキ姫が親分に面会を申し入れておりますので、お連れいたしました!」
ヘルムートが、玄関の奥の廊下まで通るような大声を張り上げた。
奥の方から、ヘルムートの声に応じたのか、何か返事のような声が聞こえた。
「中へどうぞ……手前は、ここでお待ちしてます」
「?」
ヘルムートの言葉に、サキは小首を傾げた。
ヘルムートの方へ視線を移すと。そこには困惑したような表情があった。
「親分が拝礼している刻限みたいですので……ちょっと、屋敷に入るのには遠慮がありまして」
謎の言葉だった。
ゼメキスの使用人の中でも、ヘルムートは采配を務める重鎮だった。そんなヘルムートでも、この屋敷に足を踏み入れたくない様子だった。
だが、サキはその言葉を深く考えなかった。どのみち、ゼメキスに会わなければならない。
「リュード? あたしは、先に中に入ってるわよ」
興味深く石像を眺めているリュードをそこに残し、サキはゼメキスの屋敷の玄関をくぐった。
「?」
屋敷に入るなり、サキは異変に気が付いた。
「何、この音?」
どこかで、何かが落ちるような大きな物音が響いた。
音のした方向を見ても、何も落ちていない。
「揺れてる?」
サキは、徹夜明けで少しぼんやりとした眼で見上げると、棚の上で何かが動いたように見える。
「地震?」
建物が不規則にきしんだ。
頑丈な石組みの床が、微かに揺れている。
「止んだ……」
サキは、大きく息を吐き出した。
「すごい揺れだったわね」
「何が揺れたって?」
リュードののんびりした声が、戸外から聞こえた。
「今、ものすごい地響きがしたじゃない」
戸口から顔を出したリュードが微かに首を傾げた。
「全く揺れちゃいないぞ」
「えっ? リュード、鈍くない?」
突然、屋内のどこかでものすごい物音が響いた。何か重いものが床に落ちたような鈍い物音に、サキは顔をあげた。
「何、今の?」
廊下の向こうから、拍手のような乾いた音がした。
屋内に入ってきたリュードと、思わず顔を見合わせた。
部屋の入り口から顔を出して、廊下の向こうまでを見通しても、どこにも人の姿はない。
だが、その物音は明らかに廊下から聞こえてくる。
「うっそぉ……誰もいないわよ」
ピシッという木の折れるような音が、近くで響いた。
隣の部屋を開け放たれた戸口から覗いても、やはり誰もいない。
だが、誰もいないはずの部屋で足音がする。サキの目の前を、何かが歩いて行った足音が通り過ぎた。
「なんだったんだろ?」
徹夜明けで半分眠っているサキの頭でも、この異変はわかる。
サキは、一気に目が覚めた。
「い……今……確かに、あたしの目の前を何かが歩いて行ったわよ!」
「何もいなかったぞ」
「足音が右から左に……」
リュードが、そっと扉を閉めた。分厚い扉にさえぎられ、足音のような音が消えた。
「てっきり、誰かのイタズラか、聞き違いだと思ったんだけどなぁ」
リュードが、首を傾げて考え込んだ。奇妙な怪異を目の前にして、にわかに興味を覚えたような表情だった。
サキは、悲鳴をあげたい気分だった。
サキが一番苦手なお化けの存在が、脳裏をよぎる。
ありとあらゆる怪異が、目の前で繰り広げられている。
そして、扉の向こうの廊下から何か重い足音が響いてきた。分厚い扉を通してさえはっきりと聞こえるその足音は、金属が触れ合うような音を一緒に連れている。
「嘘でしょ……何かが来るわ」
怪異の源が近寄ってきたのが、気配でわかる。
サキの目の前で、いきなり扉が開いた。
「!」
サキが硬直した。




