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ACT10 黄金の船

「なに、この船?」

 屋根の付いた大きな船着き場から波止場に回航され、桟橋に係留された船を見て、サキが呆れた声を出した。

 ゼメキスの遊興用の船だという。

 運河で使うには、少し大きい。

 普段は倒している帆柱を立て帆を張れば、外洋にもこぎ出せる大きさだった。

 ゼメキスが元海賊だったと言う噂は、真実なのかもしれない。その船の姿は快速を予想させる姿をしている。ヴァンダール王国のあるシドニア大陸西域でよく見る四角い横帆と違い、シドニア大陸南部で見られる縦の三角帆を持つ珍しい船だった。向かい風でも、縦の三角帆を持つ船は風上に向かって帆走できるという。

 問題は、その色だった。

「目が痛くなるわ」

 船体に張られた金箔で、船体が黄金色に輝いている。

「親分の趣味でございます」

 ヘルムートが苦笑した。

「ゼメキスさんって、派手好みなのね」

「派手、と言うより黄金がお好きでしてね」

 ヘルムートが、まぶしそうに船を見上げた。

「翡翠や紅玉、銀とか財宝は唸るほどあるというのに、黄金がことにお好きで」

「重さで船沈んだりしない?」

「薄い金箔を貼ってるだけですからね……帆柱も黄金で造りたいと親分が口走った時には、『船が沈むから駄目です!』って、船乗り全員でお止めしましたよ」


       ◆


 ”海賊島”は目と鼻の先だった。船で渡すと言っても、それほど時間が掛かるものではない。

 港から左手の 角笛(つのぶえ)の岬を見ながら、黄金造りの船が運河へと入ってゆく。ここしばらく晴天続きのせいか、運河の水流は穏やかだった。

 数人の水夫が巧みに櫂を操り、運河の水面を割って黄金色の船が進んでゆく。

 運河が掘削されるまではエラース大河とその支流が合流するこの辺りは水流が複雑に渦巻き、水難が多かったと言われている。

 それを、運河を掘削することで水の流れを変えて安定させ、水難や洪水を抑えたという。

 その運河を掘削した残土を使って岩礁を埋め立てたのが、”海賊島”だという。

「せっかくなので、”海賊島”の周囲を一回りさせましょう」

 ヘルムートが気を利かせてくれた。

 運河の岸辺から見る光景と、運河の中央から見る光景は大きく違う。

 強い陽光の中、黒っぽい島が近づいてきた。

「元々は、この辺りは岩礁が突き出てて、船の座礁が多発する水難事故の名所でした。

 運河掘削の時に出た岩とか残土で、その岩礁を埋め立ててた人工の島です」

 ヘルムートが、”海賊島”を舟の舳先から見上げて呟いた。

 サキも、ヘルムートに並んで”海賊島”の全景を眺めた。

「あれ? この島って砦があるんだ」

 舳先に立ったサキが、島の姿を見て驚いた。

 目の前にそびえる”海賊島”は、城壁を思わせる断崖絶壁に囲まれた島だった。水面から島の岸壁は軽く見積もっても五丈の高さはある。身の軽いサキでも、よじ登れる高さではない。

 その頂上には、石垣が築かれている。矢を射かける矢狭間と、物見の塔まで備えた姿は、島というよりも水上に築かれた砦だった。

「もともとは、いざという時の砦に使う為に埋め立てたらしいんですがね……ずっと平和が続いて、使われずにそのままでした」

 奇妙な島だった。

 対岸から見ると一つの島に見えたが、下流から接近すると、二つの島が隣接しているように見える。

 北側にひときわ高い丘がそびえ立ち、南側にはやや低い島が並んでいる。その間は、王城の壕のように運河の水が二つの島の狭い間を流れている。

 北側の砦のある島は切り立った崖のようにそびえ立ち、運河の水面から突き出ている。

 もう一方の背の低い島は、なだらかな平地がうっそうとした雑木林で覆われている。

 間違っても、自然に出来た島ではない。

「島を埋め立てた当初は、王城防御のための水上砦として砦も造ったんですが、平和が長く続いて一度も砦として使われちゃおりません……たまに、訓練で王家の兵隊が上陸する時期以外は、ずっと無人です」

 ヘルムートが島を指し示した。

(確かに、島そのものが砦だわ)

 もしも、水上の砦として使った場合、この”海賊島”の攻略は難しそうだった。

 水面から、切り立った岩盤で囲われた島だった。

 大きな水堀に浮かぶ城と同じだった。船で接近しても、そこからの上陸が難しい。

 しかも、その周囲には険しい黒い岩礁が突き出ている。

 舟を横付けにして、縄でも掛けて断崖絶壁を登らない限り内部への侵入も難しい。もしも、砦として使った場合、断崖の頂上から矢を射かけたり煮えたぎった油を舟に注いで焼き討ちにできる。

 その断崖絶壁の水面から見上げると、石組みの背の高い物見の尖塔が四つ見える。

 王都レグノリアは、開けっぴろげの無防備な都市に見えて、いざ戦乱になった時の備えは充分に整えられている。

「長いこと平和が続いたので……砦として使う話も立ち消えになって、無住の島になってたのを、親分が王家と交渉して借り受けたって次第です。

 何しろ、いくら改心したとはいえ、親分の配下の海賊共は荒くれ者ばかりですからね。

 町に野放しにするわけにも行かないし……町での人並みな生活に慣れるまでは、ここに隔離しようって話になりましてね」

「やっぱり、ゼメキスさんが元海賊って噂は本当だったのね」

「ええ……二十年以上前の話ですがね」

 ヘルムートが、記憶をたどるような遠い目をした。

「二十年ばかり前に、親分がレグノリアに連れてきた配下は、手前を入れておおよそ三十人……そのうちに商売が拡がって、王都の罪人の身柄まで引き受けるようになって、”海賊島”の住人は、今じゃ二百人に達する勢いです」

「ゼメキスさんのところ使用人って、ヘルムートさん達?」

「はぁ、その最初の三十人が使用人で……もっとも、何人かは隠居したり亡くなりましたので、今は十五人です」

「ヘルムートさんも、”海賊島”で生活を?」

「最初の数年はね……この島に仲間と小さな小屋を建てて、都のど真ん中の”海賊島”で生活してましたね」

 ヘルムートが苦笑した。

「町の生活に慣れ、ある程度の資産を持った頃には、親分から町に住むことを許されます……海賊から商売替えした我々は、”海賊島”を渡った都側に住んでますよ。

 まぁ、ここしばらくは親分の病気やら何やらで、十数年ぶりに”海賊島”の親分の屋敷の離れに、我々古い使用人が交代で詰めて寝泊まりをしてますけどね」

 ゼメキスの商売の仕掛けについて、サキも初めて耳にする話ばかりだった。

「今、”海賊島”に住んでる連中は、飼い慣らしている最中の連中……半分獣みたいな、社会復帰前の連中でしてね。

 言葉を覚え、都の風習、規則になじむ頃には、一人前です……都に放してもちゃんと生活してゆけます」

「そう……ゼメキスさんは、そういう人達もちゃんと暮らせるようにしてくれてたんだ」

「独り立ちしたい連中も、親分はそれまでの働きに応じて元手を与えて商売させたり……それはそれは、度量の大きなお方で」

 ヘルムートの目に、ゼメキスに対する尊敬の色が浮いた。

 荒くれ者を巧みに扱うゼメキスの度量が大きいのは確かだった。普通なら、裏切りや反乱を恐れて元犯罪者を使うのはためらう。

「あれ?」

 サキは、奇妙なことに気が付いた。

 砦の尖塔から、運河の岸辺の雑木林の彼方へと上空に何か黒い線が見える。

 サキは、目をこらした。

 目の錯覚ではない。

 夜中に亡霊が空を浮遊している光景を目撃しなければ、空に線があることに気が付かなかったところだった。

「あっちは……神将像のあたりよね」

 神将像のある 角笛(つのぶえ)の岬は雑木林にさえぎられ、この位置からはよく見えなかった。線の先を目でたどると、その雑木林の向こうまで続いている。

「ねぇ、ヘルムートさん? この空に渡された細い綱は何?」

「ああ、あれは伝令索です」

 ヘルムートがあっさりと言った。見慣れている光景なのか、あまり興味も示さない。

「伝令索って?」

「ほら、砦として使う時に、何か急ぎの連絡ごとがあった場合、いちいち船でここまで来るのは手間が掛かりますからね……あの索に滑車で通信筒をぶら下げて砦に連絡するんです。

 砦側から連絡する時は、もう一本の索で送ります。

 それぞれ二本の伝令索には、送り側と受け側で高低差がありますから上から下へと重さを利用して通信筒が勝手に届くって仕掛けです。

 外洋で使う大船でも使いますよ……帆桁の上に登った見張りが、何かを舵手に知らせる時とか、停泊している船と港側でやりとりする時とかね」

 サキの脳裏で、何かが小さな火花を散らした。

(あっ! これって、エリカ小母さんの所の洗濯物干しの紐と似たような物?)

 サキは、不意に昨日の港湾地区での出来事を思い出した。

(確か、お向かいさんの所と紐を使って物のやりとりもしてたわね)

 サキは、この伝令索がどこへつながっているのかが、気になった。

「その伝令索って、どこにつながってるのかしら?」

角笛(つのぶえ)の岬の雑木林の向こう側に、使われなくなった古い監獄があります」

「監獄の廃墟のこと?」

「重罪人を処刑してた監獄です……もう長いこと使われなくて、何かあった時の砦として使うために、そのまま残しているって話ですね」

「へぇ……その伝令索って、近くで見せてもらえないかしら?」

「”海賊島”の砦は、我々も立ち入り禁止です」

「えっ? ヘルムートさん達の島じゃないの?」

「あくまでも王家からの借地なので……砦側には我々も立ち入りが許されておりませんが、基本的に平時は砦は無住です。

 でも、半年に一度くらい、王家が来て手入れしてますね……ここは、首切りザネッティ候の刑部庁が管理してます。

 もし急に戦乱になっても、直ぐに兵隊が籠城できるように、糧秣やら武器やらも保管してますからね。

 もし、不幸にも戦乱になった時には、跳ね橋を引き上げて兵隊が籠城する仕掛けです。年に一度くらい、兵隊を百人ぐらい実際に砦に送り込んで、十日ばかり軍事教練をやったりしてますね」

「じゃあ、その時の食料の補給とかは?」

「我々が無償でやらせていただいてます……これも、”海賊島”を王家から借り受ける時の条件で」

「そりゃ、王家にとってはゼメキスさんはありがたい存在よね」

「ええ……親分は、そうやって王家に協力して商売を拡げていったのですよ」


       ◆


 だが、その無住のはずの砦の物見の塔の影から、金色の船を見つめる眼があった。物見の塔の内部から壁に隠れて外を観察している者は、灰色の長衣をまといフードを目深に被っている。

 ちょっと見ただけでは、不動の姿勢を保ったその姿は景色に溶け込んでいる。急な動きを見せない限り、遠目からは人影とは見抜けない。

「まずいな……」

 苦々しげな舌打ちと共に、フードの奥からくぐもったつぶやきがもれる。

 その視線の先には、金色の船の甲板上にいるサキとリュードの姿があった。

「神殿警護官と方術士か……どっちも面倒だ」

 金色の船は、下流側のなだらかな雑木林の向こう側へと進路を変えている。そのまま、島の西にある下流側の波止場に停泊するつもりのようだった。


       ◆


「重罪人を処刑する監獄ね……ぞっとしないわ」

 サキは、小さく首をすくめた。

 伝令索がつながっている先にあるはずの監獄の物見の塔は、森の木々にさえぎられてここからは見えない。

「”海賊島”と、元監獄か……最初から、どっちも砦としてつかうつもりだったのかな」

 リュードがつぶやいた。

 なるほど、”海賊島”も対岸の刑場があった監獄跡地も王家の土地だった。刑部庁のザネッティ候が管理している場所だった。

 処刑を免れた罪人達を”海賊島”で働かすのも、王家の管理下にあるということだった。

「そうか……それで、あんな雑木林の中に墓地があったのね」

 サキは、昨日の昼間に角笛(つのぶえ)の岬で神将像を確認しに行った折に見掛けた雑木林の墓地を思い出した。雑木林の小径の両側に墓石が並び、その小径のサキには監獄の門がそびえ立っていた。

 あそこに葬られた人物達は、何らかの罪で処刑された人達なのだろう。その恨みや怨念が、周辺に立ちこめていても不思議ではない。

「?」

 何かの視線を感じ、サキが船尾の方を振り向いた。だが、そこには砦の黒い影があるだけで怪しい人影はない。

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