ACT09 大富豪ゼメキス
「それで? 俺は、どこに連れて行かれてるんだ?」
「ついでに、寄りたい所があるの」
サキは、リュードをせかした。興味が無いことには万事ものぐさのリュードがせっかくやる気になっているのだから、手伝ってもらうには今しかない。
リュードの気が変わらないうちに、確認したいことがある。
だが、リュードは眠そうにあくびを噛み殺している。
「昨夜は、姫さんのおかげで寝てないんだぜ」
「あたしもよ!」
サキは、リュードの長衣の袖口を強く引っ張った。サキに引きずられるようにして、リュードが渋々歩き出した。
リュードの観察眼は、サキを遙かにしのぐ。普段はまるで当てにならないリュードだが、妙な事件になるとその能力は頼りになる。
角笛の岬の広場から右手へ歩くと、広大な港湾地区に行き当たる。積荷を荷下ろしする波止場と、倉庫が建ち並んでいる。運河の水と海水の重なる波止場には、大小様々な船が係留されている。
「ゼメキスさんのところで、事情を聞いてみなきゃ」
サキも忙しい。
いつまでも、亡霊騒動ばかりに関わってもいられない。
サキの頭にあるのは、デュラン候から頼まれた夜盗の探索だった。
街で暴れていたゼメキスの使用人達を抑えてもらうには、ゼメキスに直接頼むしかない。もしも、ゼメキスの使用人達が夜盗をやっているのかそれ以外なのか、探索は一つ一つ疑いを消してゆくしかない。
ゼメキスの商売は、犯罪者を更正させて使用人として使うという特殊なものだった。
ゼメキスが目を付けたのは、エラース大河と運河を結ぶあたりにある中州の人工島だった。この人工島は運河掘削の土砂で埋め立てられ、元々は砦として使う予定だった。
島には、運河からつながる橋もない。
運河の岸辺から手の届きそうな距離にありながら、王都レグノリアから隔絶された場所だった。
この島へ渡るには、船を使うしかない。
そこに、ゼメキスの屋敷があった。
アウラ・ゼメキスの考え方は大胆なものだった。
『犯罪人が出るのは、貧しくて食えないから。充分に食える環境が創れれば、犯罪など面倒なことはしない』
何をどうやったのかサキは知らないが、ゼメキスが海賊を味方に付けてしまったのは事実だった。王家と交渉し、『前非は問わない、水運業に従事すれば衣食住を保証する』という条件で元海賊達を手下に使って水運業を行っている。
ゼメキスは、元海賊達を引き連れてこの島に住みついた。
おかげで、その小さな島は、通称”海賊島”と呼ばれている。
ゼメキスが、王家と交渉してこの”海賊島”を借り受ける時に、ゼメキスが使うごろつき共が逃げ出すことが懸念された。
「そりゃ何人かは、逃げることもあるだろうが……そういう連中は、容赦なく捕まえて処罰して頂ければ結構…… ”海賊島”の生活が豊かになれば、そうそう下界に出て悪さもしなくなる」
そううそぶいたゼメキスは、”海賊島”に己の屋敷を建て、手下達もこの島に移住させてしまった。
商売が順調になり、人手不足になったゼメキスが思いついた次の一手も、王家を驚愕させるものだった。
「罪人をもらい受けたいのですが」
商人といえど王族に顔が利くゼメキスは、刑部庁のザネッティ候や、護民官長のデュラン候にこう言って驚かせた。
「街で悪さして牢獄につながれた連中も、金に困って罪を犯した者共が大半でございます。
働き口を与え、自分で稼げるようになれば街の犯罪も減るはずです。
だから、そういった連中でも働ける場を提供いたします」
だが、この策が当たった。
王都で悪さする連中は激減し、王都レグノリアの秩序維持に一役買っている。
牢獄の中よりは、”海賊島”の方がましだった。牢獄よりは環境も悪くないし、少なくとも飯は充分に食える。
三年働いて商売を覚えさせ更正した連中には、ゼメキスが三年分の給金を商売の元手として与え、街へ戻って自分で商売をすることが許された。
この策も大当たりだった。
元大盗賊とか、元海賊と噂されるだけあって、ゼメキスは罪人の心をつかむのがうまい。狂犬のような罪人達も、ゼメキスにだけは心を開いた。三年から五年でまっとうな人間に戻り、街へと戻ってきた時には別人のようになっている。
更正した元罪人達もゼメキスの商売を助けるような稼業を選び、運河沿いのゼメキスの水運業は発展する一方だった。
だが、アウラ・ゼメキスは謎に包まれた怪商人だった。二十年ばかり前に、突然王都レグノリアに姿を現し、瞬く間に財をなした商人だった。海路、運河の水路を利用した水運で財をなしたというが、その出自は謎に包まれている。
世間の噂では、元大盗賊とも元海賊だったらしいとも言われるが、本人は豪快に笑い飛ばすばかりで、その前身が何者だったのか真実はよくわからない。
そして、謎に包まれた大商人が、レグノリアにはもう一人居た。
カート・ライリーという男だった。
王都レグノリアで商売を行う大商人の中で、水運のアウラ・ゼメキス、陸運のカート・ライリーという二人の大商人の財産は群を抜いている。
当然、交易商としては商売敵の関係にあるせいか、この二人は不仲を噂され、何かと衝突している。
半年前の先天祭では、事前競売会で一枚の皿を巡ってゼメキスが、ライリーと激しく競り合った話は有名だった。
そのゼメキスの商家は、運河に近い港湾地区にあった。
水面を前にたくさんの倉庫が建ち並び、自前の波止場を持った広大なものだった。
商家、というよりもこの街の一区画がまるごとゼメキスの商売地域だった。町と港湾地区を分けるように、道沿いに材木で作った柵が続いている。
「”海賊島”送りにされた罪人達が、逃げ出せないように柵で囲ってるのかしらね」
「まぁ、その気になりゃ逃げ出すのも造作ない造りだけどな……一応、ここから先は別世界だから勝手に出入りするなって宣言してるようなものか……屋敷の石塀だって、神殿の結界と同じようなもんだ」
「結界?」
サキは、妙な言葉を呟いたリュードの方を見た。結界などという言葉は、神殿の中でしか耳にしない言葉だった。
「結界だって、あっちとこっちを区別するためのもんさ……」
「でも、簡単に越えられちゃまずくない?」
「結界っていっても、簡単なものはそれなりの効力しか無いさ……それ相応の術者が張った結界なら別だけどな」
柵の隙間から見える波止場では、朝から艀からの荷下ろしが続いている。赤銅色に日焼けした男達が、木樽や麻袋を担いで行き来している姿が岸壁あたりにちらほらと見える。
ゼメキスの商家は、そんな波止場の倉庫街の一角にあった。石組みの壁面もよく磨かれ、贅を尽くした木材を使った入り口の扉も広い。そんなゼメキスの商家の入り口をくぐった途端、サキに声が掛かった。
「これは、サキ様! お久しぶりでございます」
よく通る声が響き、サキは顔を上げた。
「ヘルムートさん、お久しぶりね。お会いするのは、春の先天祭以来かしら?」
ゼメキスの間口の広い商家の奥から、ヘルムートと呼ばれる浅黒い異国の男が姿を見せた。
髪を刷り上げた坊主頭の、いかめしい姿をしている。
ミハエル・ヘルムートは、ゼメキスの商家を采配する男だった。
春秋の祭礼の時にゼメキスが神殿に参拝する時は、ヘルムートも護衛としてくっついてくるのが常なため、サキも以前から顔見知りだった。
元は海賊だった、と噂されるこの男は、頬に鉛色の大きな刀傷のある浅黒い長身の男だった。荒っぽい男達を束ねる采配なだけに、物静かで礼儀正しい中にも、鋼の神経が垣間見える。
「ゼメキスさんと、お話ししたいんだけど」
「それが……ちょっと、その……」
即答が性分のヘルムートが、珍しく難色を示した。
「うちの親分は、ちょっと患いついておりまして……」
「患い? どっか具合が悪いの?」
「ええ、まぁ……えっ?」
ヘルムートの鋭い目が、サキの喉元に釘付けになった。
サキの喉元に輝く白銀の首飾りの意味を知る以上、この男も天狼だった。ひょっとすると、出自の不明なアウラ・ゼメキスも、天狼なのかも知れない。
国を持たない漂泊民は、シドニア大陸全域に散らばっている。
あちこちの国に住んでいても、漂泊民の心は国というつながりを持たない。特に、その漂泊民の中でも特殊な技能を持つ天狼と呼ばれる一群には、国を超えた天狼独自のつながりを持っているという。
「わかりました……天狼に縁のあるサキ様のたっての依頼であれば、お取り次ぎいたしましょう……ですが、どうぞ”海賊島”での見聞に関しては、ご内密にお願いいたします」
サキの喉元を飾る白銀の首飾りは、ただの装飾品ではない。天狼と唯一つながる王家の代表者の証だった。天狼と王家の結んだ約定は、天狼にとって絶対的な意味を持つ。
ヘルムートが傍らの倉庫の中に声を掛けると、数人の船乗りが顔を出した。
「親分の船を出せ……サキ様達を親分の所にご案内だ」
船乗り達が、波止場へと駆け出してゆくのを見送り、ヘルムートが振り向いた。
「うちの若い連中が、ご迷惑をおかけしてるみたいで」
ヘルムートが、申し訳なさそうな顔をした。
「ちょっと、バタついてまして……手前どもの管理不行き届きで、昨日もデュラン様から厳しいお叱りを頂戴したところです」
「やっぱり、町で暴れてたのは、ゼメキスさんのところの連中なの?」
「恥ずかしながら……その都度きつく叱って、連れ戻しちゃ居るんですが……どういう手を使ったのか、昼間の仕事の隙を衝いて抜け出してきます」
「夜中に抜け出したり、ってのはいないの?」
「夜中? そりゃ無理でしょう」
頬の刀傷を撫でたヘルムートが、きっぱりと断言した。
サキは、夜盗が跳梁している話をヘルムートに説明したが、ヘルムートは静かに首を横に振った。
「昼間の商いの最中に抜け出すのは、確かにおります……お叱り受けたのは、”海賊島”に送り込まれてきてまだ日の浅い連中です。
慣れない力仕事に音をあげたり、下界が恋しくなって、こっそり、仕事場から抜け出して、昼間から酒飲んで羽目を外して暴れた手合いです。
まぁ、商売繁盛で人手不足ってのもありますが……護民官の牢屋から更正出来そうな連中をもらい受けて使ってますから。
その中には、まだしつけのなってない連中も多くて……半年もすれば、”海賊島”の生活にも馴染んで大人しくなってくるんですがね」
ヘルムートが首を傾げた。
「ここしばらく、王家からもらい受けてきた新しい罪人の数が増えてますから、我々古い使用人も”海賊島”に交代で泊まり込んで、若い連中が羽目を外さないように面倒を見ております。
逃げ出そうとすれば、すぐにわかりますよ。
それに、朝、”海賊島”から船に乗せてくる頭数と、夕方に”海賊島”に船で送り返す員数は、きっちり合ってます……仕事中に抜け出して、どっかに夜中まで隠れてて町で騒ぎを起こせるはずはないんですが」
ヘルムートが棚から、分厚い帳面を引っ張り出してサキの前に拡げる。
毎日の商いの記録の片隅に、二つの同じ数字が並んでいる。
「朝、船に乗せた時と、夕方”海賊島”に送り返す時の頭数はちゃんと数えてますよ……怪我したり、病気になったりを除けば、出入りの数は合ってます。
仕事がつらくて”海賊島”から脱走した奴は、ここ一年は一人もいないですね」
「泳いで抜け出したってのは?」
「そりゃ、大半の連中は泳げますから……泳いで逃げるのは造作もないでしょうね。濡れ鼠でうろついたって話は聞きませんし、そもそも抜け出して護民官に捕まれば、即、牢屋行きですしね。
”海賊島”の中でなら賭博も目をつぶってますし、いくばくかの酒も呑める……護民官と衝突しない”海賊島”から抜け出す理由がわかりませんよ」
ヘルムートの言葉に、サキは『空を飛んで渡ったとしたら?』と口に出しかけて慌てて言葉を飲み込んだ。
昨夜の怪異を目撃していなければ、サキも笑い飛ばしたような話だった。




