聖女接触
難産……
日陰になる帽子と、それから飲み物もあった方がいいかと考えてそれも購入。遠征中で水分補給のし忘れた奴や、あまりの暑さによって倒れた奴と同じ症状だ。
手のかかることだとは思うが、今の男装が完璧(?)になって王都に潜り込めたのは間違いなくヴィルネラットの功績だ。今回ばかりは自己管理の甘さを責めるのはやめておこう。
ほーっと噴水の傍で休んでいるヴィルネラットに帽子を被せた。先程よりは回復している様子が見えた。
「帽子、それから水分を忘れていたようだな」
「……そうねぇ、忘れちゃってたのかしら」
少し疲れの滲む色でにへらと笑った。ヴィルネラットが倒れそうになるなんて予想外の出来事だ。
ヴィルネラットの横に置いた紙袋を退かしてそこに座る。
「今度から日課の鍛錬を二倍にしておくぞ」
「嘘でしょ!? ね~ぇ~!?」
「そろそろ合同訓練も始まる頃だ。体力をつけておいて悪いことはないだろう」
「えぇ~? またあの訓練~?」
「嫌だなぁ嫌だなぁ」と頬を膨らませながら言い始めたので、「今度の合同訓練時の隊長にしておく」と告げた。
「えぇぇぇ~~!?」
目を見開かせながらヴィルネラットが叫んだ。
どうせ私は合同訓練にある団長戦で出なければならない。いつもこの時期になると合同訓練をヴィルネラットに逃げられるのは常々良い気がしなかったのだ。
人に的確な指示を出せるくらいには冷静で、魔法によって周囲を補助することも出来る。能力は高いのに緊急時以外は発揮したがらないのがな。
「おや、ヴィーラ嬢。そう声を上げるのははしたないことですよ」
「ぐぬぬぅ! ……仕方なく、仕方なくやってあげないこともないわぁ!」
「ははははは!」
やったぞ。合同訓練の参加をヴィルネラットに取り付けてやったぞ……!
ぶつくさと更に文句を続けるようになったヴィルネラットは、渡した飲料をぐいと飲み干した。
中身はただの果物のジュースだ。酸味のある方がいいと思って柑橘系の物。
「……でもありがと」
「何が? 詳しく言ってくれないと分からないな」
「イジワルぅ!」
暫くヴィルネラットを弄って時間を潰した。普段から飲酒せずに、こうからかいがいのある奴だといいのに。
彼女が回復したのを見てから立ち上がる。時計塔の針が授業の終了時間まで迫っていた。
「行くの?」
「ああ。十分休めただろ」
馬車乗り場まで行き、学園のある王都中心部まで移動をする。やはり、中心部。南部よりも人通りが多くなった。そして――目当ての学園の制服を着た学生たちの姿が見え始めた。
ここで聖女のおさらいを。
「ヴィルネラット、聖女の特徴は分かるか」
「黒髪に金色の目でしょ~。そんな色合いを持つ人物は聖女サマ一人だけだよぉ」
加えて、麗しい黒髪の、薔薇のような唇を持つ、涼やかで清廉な声の持ち主だということもな……!
「顔に出てる出てる」
「失敬な」
すっ、と心を落ち着かせる為にパドリール様の姿を思い浮かべる。本日の朝も機嫌が良さそうで何よりでした。けれど顔色は少し悪かったような……。
なんとか落ち着き、馬車から降りたら偵察の始まりだ。一挙手一投足を見逃してやるものか。
◇◇
まず向かったのは学園の出入り口。豪奢なアーチと鉄門が開かれ、男女専用に分けられた制服を見に包んだ生徒たちが出てきた。
黒い頭に目を付け、次に男女かを見分ける。そして目の色を見る。先程まで学園から出てきた黒い髪の人物は十四人、目や性別が違うので聖女ではない。
私達は人混みに紛れ、立ち話をしている様子に見えるようにしている。赤い頭、桃色の頭、青い頭と様々な生徒たちが出てくる。
その中には見慣れた姿もあった。
「……第三王子」
「えぇー…?」
一人の護衛に付き添われながら学園から出てきたのは第三王子。王族特有の金色の目と、空色の髪がそれを裏付ける。確かに、今は学園に通っている年だ。目が合わない様にさっと、目を逸らした。
幼い頃、第三王子が「西の森の植生を見たい」と言い始めた。それにあたってヴィルロー騎士団(又は第一騎士団)が護衛に立候補したが、「西の森に慣れてる騎士団の方がいい」と言ったのでヴェルテ騎士団が王子の護衛をすることになった。
確かに、王子の言うことが分からないでもない。王都育ちよりもヴェルテ騎士団の方が突発的な問題の対処に優れているし、一応丁寧に対応できるマナーも身につけさせているので護衛は難なく終わった。
まぁ何よりも、第三王子は研究者気質な所があるので本の中身以外の知識も欲しがった……という事情もあるのか。
だがそのお陰でヴィルロー騎士団との折り合いが悪くなった。第三王子が取りなしてはくれるが、それも効果が薄いようだ。
「あぁ、眩暈が……。もうアドラザの森への植生調査はおやめ下さい第三王子……」
「大丈夫ぅ? それで聖女サマ見つけられるぅ?」
「聖女……見つけられる、否……見つける」
聖女という単語で意識が戻った。そうだ、今は第三王子という存在に疲弊している場合ではない。
黒髪の人間をさりげなく注視し、あいつでもないこいつでもないと探していると――。
くい、と服を引っ張られた。
「いたわぁ」
言葉を返す暇も惜しく、ヴィルネラットの視線の先を辿る。
そこにいた。
「――あれが、聖女」
日の光を受けて艶やかに輝く黒髪、王族の象徴を現す金色の瞳。
可愛らしい顔付きに、薔薇のような唇。学園の制服が彼女の幼さと愛らしさを醸し出している。
「ねぇねぇ、これからカフェに行きましょう」
「か、カフェ……?」
「そうそう。いつもそこで時間を潰したりするのよ」
――声を発するだけでその場が清廉になるようだった。
極めつけは目。星を散りばめた様に輝く金色の彩から、目が離せない。
「追うぞ」
返事はないが、視界の隅で頷くのが見えた。
口が閉じられないというのに何かを話せば、――弱音が出てしまいそうだった。
胸が震えている。聖女の愛らしさ、清廉さにではない。
これは、敗北による震えだ。
一時だけ、まだ私が団長では無かった時の遠征で。巨大な鶏の尾から蛇の生えた姿のコカトリスの討伐が目的だった。コカトリスで注意すべきは毒だった。掛かった当初ならまだ魔法使いの使う解毒魔法で解毒が可能だった。
でも、当時の団長が毒に掛かっていることに気が付いたのは、魔法使いでもどうにもならない状態になった時だった。新兵を庇って毒に掛かったらしい。掛かった時に言えば良かったのに、団長は魔法使いに何も言わず、毒を持ったまま死んでいった。
あの時だ。あの時、コカトリスは討伐出来たというのにどこかで『負けた』という震えがあった。
私は団長を無駄死にさせてしまった時点で『負けた』のだ。
あぁ、勝てない。負けた。
聖女を一目見てそう感じた。体は私の方が大きく、力だってある。それなのに、年下の少女に負けたと戦わずして分かった。
目頭よ熱くなるな。止まれ、止まれ。何も考えるな、いや聖女を追え。まだ、私は負けていない。そう、負けていない。
まだ戦える。……本当に?
――あんな存在、卑怯じゃないか。
◇◇
聖女というのは、聖王伝説に出てくる異なる世界から来る乙女のことだ。
曰く、その聖なる力によって国の暗雲を晴らさんとかなんとか。詳細は昔に読んだきり、殆ど覚えていない。だが、今度王都の図書館にでも行き、聖王伝説を読み直さなければならない。
多分、アレは本物だ。そう思わせる格というのがあった。
「アリサは何にするか決めた?」
「え、え-と……じゃあ、このパンケーキ貰おうかな」
しかし、少し臆病というか慎重なきらいがある。さっきから友人と思われる少女に対してもいまいちはっきりしない回答をし、目線はよく動いている。
聖女が異なる世界に来たという、伝説そのままならばまだこの世界に慣れていないとか? いや、あれは偽装か? あえて弱い振りをして食らいつく、まるで疑似餌を使う魔物みたいだな……。
突然膝にこつ、という衝撃が与えられた。
「ちょっと不自然よぉ」
「……すまない」
いつの間にか身を乗り出すようにしていたらしい。姿勢を整え、再び聖女を観察する。
彼女らの注文した物が来て、私たちもお代わりのコーヒーが来た。
見れ見る程苦々しく思う気持ちをコーヒーで誤魔化した。
「動いた」
聖女が立ち上がった。……そういえば、護衛は誰もいないのか?
私服を着てさりげなく護衛しているとか……、ああやはりそうだ。第一騎士団で見覚えのある顔がいた。
ヴィルネラットに追う事を視線で伝え、椅子から立ち上がる。
聖女から少し離れた位置を取り、どこに向かうのかを追跡する。それは護衛方も同じ様子らしく、――第一騎士団の中でも随一の力を持つとされる騎士がぎこちなく歩いている。
……まさかあれで護衛しているつもりか?
騎士団に現れた彗星の如き新人とまで言わしめた奴にも不得意なことがあるのだな。
この分だと隠密は私に分があるらしい。……変装だが。
聖女の数歩後ろをキープして他事がある様に振舞う。うむ、中々いい演技が出来ていると思われる。婦人方から熱い視線を感じるだけだ。……微妙な気分に陥るだが。
「あ、あの!」
「すまない、ぶつかってしまったかな」
足元の方でバスケットを持った少女が私を見て声を上げた。しまった、足元まで注意を払っていなかったか?
「え、ええと! ち、違います。よ、よ、良かったらこれ!」
何かを私に押し付ける様にして走り去ってしまった。一体何だったのだろうか。
その何か、というのは花だった。そう言えば、先程去った少女のバスケットには様々な花が入っていた。その内の一つだろうか。
「……ウェーラの花か」
真っ白で多弁の花のそれは、花言葉も相まって結婚式に使われる。そうではない時にもさりげなく相手に想いを伝える為に使われる。
「私なんかに愛を誓ってはいけない」
ふわりと香る爽やかな匂い。このまま持って歩くのもあれなので、髪に差していくことにした。
聖女の行く先を見失ってしまったが、容易く見つけられるだろう。良くも悪くも存在感がある。本人がどう思っていようがな。
◇◇
聖女は人気の無い場所までやってきていた。これは……つけているのに気づかれたということか。
だが、護衛代わりの騎士が見当たらないのはなぜか。もしかして見失ったのか……? それでいいのか護衛……?
そう思った矢先、聖女の姿がヒュッと横から伸びた手によって消えた。同時に悲鳴。布擦れの音と、くぐもったような音も聞こえてきた。
これは、演技か? 私を誘き寄せて倒そうとでも言うのか。
腰元にある剣の柄を握ろうと思ったが――しまった。今は剣を持ってきていない。どうやら素手で戦うしかないようだ。
――いいだろう。そっちがその気ならこのウルリカ、一対大勢でも構わず対応しよう。
聖女の化けの皮を剥がしてパドリール様に献上してや――――。
聖女が消えた路地裏を覗くと、そこには素行の悪そうな男が三人。取り囲まれるようにして聖女がいた。
口は抑えられ、制服を無理矢理剥がされ下着が見えている。これ何度も見覚えがある光景だ。そして何度も鎮圧したこともある。
「誰だテメェ」
「混ざりにでも来たのかぁ~?」
「んー、んー!」
「――同意は取ったか」
例え、憎き聖女であろうとも不当に汚されるのは駄目だ。私はそんな手を使って聖女を貶めたい訳では無い。
正々堂々と真っ向からの斬り合いでねじ伏せたい。
というか、普通に犯罪を見逃す訳なかろうが。
「まぁ、ないだろうな」
「は――ごぉっ」
「うべっ」
こちらを向いて喋っていた男の頭を掴んで地面に落とす。床石は相当痛いからな、死なない程度に落とすのがコツだ。
残った一人は聖女の衣服を掴んだまま呆然としていた。スピード解決するに越したことはないので、その頭を掴んで同じように処理。
籠手が無いので文字通り素手での対応。べっとりと汚れや皮脂が付いてしまった。
だがしかし、この場で一番不安になっているのは誰だろうか。勿論、襲われた女性だ。……たまに男性もいるが。
「お怪我はありませんか」
「は、はい……」
ぎゅっと制服のシャツを寄せて聖女は怯えていた。数個ほどシャツのボタンが無くなり、前を留められないようだ。これはいけない。いつもだったら身に着けている外套を渡すのだが、今回は上着を被せるほかないらしい。
……サイズは男性のものだから、聖女くらいの体は難無く包めるだろう。ぐぐぐ……。
「これを」
「わっ」
何の問題なく、上着は聖女の体をすっかり隠した。
この路地裏に長くいるのは良くないので聖女を路地裏から連れ出し、先程より人気の多い場所で待機させた。
私は一旦路地裏の方に戻って三人の男を持ってきておいた紐でまとめた。合意の無いまま事に及ぼうとすることは立派な犯罪に当たるので衛兵に届ける。
男たちを引き摺る私を少し引いた目で聖女が見ていたが……事情聴取でもやるか。
「何故あのような場に? 女性が一人で出歩く場所として進めることはできませんよ」
「そ、それは……」
もごもごと口を動かしては、あちらこちらに視線を動かしている。答えを出すまでじっと目を見ていると、ぽつりと消え入りそうな声で言った。
「…………一人になりたかったんです」
「それは……」
「ちょっとだけです。でもこんなことになるなんて、思ってなかったんです」
ひっく、聖女が喉を鳴らした。潤んだ金の目から涙がほろほろと流れ出ていた。
見る人が見れば……、パドリール様ならつい綺麗だとでもいいそうな光景だった。
……。
そっとハンカチを取り出して差し出した。恐る恐ると聖女は取った。
それから私は指笛を吹く。一定のリズムで吹くと、緊急要請の合図となるのでここを目掛けて騎士団が来る筈だ。聖女はそこで保護してもらい、同時にこの男たちも置き土産として置いていこう。
「では私はこれで。そろそろ騎士団がやってくる筈ですので」
「あ、待ってください。上着とハンカチ――!」
「気にしないでください。今の貴方に上着は外せないでしょうし、ハンカチでその涙を拭っておくといいでしょう」
男三人をまとめた紐は近くの街灯で結んでおいて、と。
私はここから去ることにする。
私とは真逆の方向に足早に急ぐ騎士を見て、ほっと一息吐いた。
◇◇
騒ぎの中心から外れた場所を歩いていると、いつの間にか隣にヴィルネラットがいた。
時刻も夕方、そろそろ家に帰らねばならない。
「カッコよかったわ~!」
「減らず口が叩けるなら早く領地に戻してくれ」
「んも~、その服私のお金で買ったのに~」
「上着を掛けないと人前に出られやしないだろう。必要経費だ」
聖女は一人になりたかった、と。
……襲われていた時、聖女の目は演技でもなく本気で助けを求める目をしていた。怯え様も嘘くさくはなかった。
それもこれも聖女の演技だとしたら驚くべき演技力だ。是非劇団へ行くといい。
「聖女はどうだった~?」
「……さぁな」
その問いに何も答えられない。
ただ、私が負けたことだけは確実だった。




