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王都観光

「あら……、あそこのお方素敵だわ」

「本当ね。お誘いしたいのに、相手はもういるのね……」

「残念ね、本当に」


 王都は当たり前だが人通りが多い。多くの貴族の住まう場所であり、平民の母数も多い。店の種類や品揃えも多様であり、王都にいない貴族が息抜きに旅行しにくることもある。

 華やかな町と人の賑わい。それは王都が平和であることの証だ。


「聞いた? 貴女のこと素敵ですって」

「……そうかそうか。余程、頭を潰されたいか貴様」

「いだだだ~! でも誰も有名人の貴女(ヴェルテ騎士団長)だって分からずに王都に来れたでしょ~!」


 随分な御挨拶をされたのでお礼に眉間に物凄く力を入れて押してやった。


 今の私は男装をしている。ヴィルネラットの魔法によって赤い髪色にされ、服装も男の装いの物を押し付けられ着替えてこいとまで言われた。

 貴族の女性の嗜みとして伸ばしている長い髪を結べば、どこからどう見ても長身の男といった感じだ。

 いや……、よく「男装なさったら男性と見間違えそうですわ」と嫌味を言われ続けたが、実際にそうなると……。うむ……。妙に苦々しい気持ちにさせられる。


 ……だが、聖女と呼ばれている胡散臭い小娘が気にならないかと言われたら気になる。こうなったら意地でも小娘の情報を手に入れるまでは帰らないぞ。

 小娘はどこだ、パドリール様はどうして小娘を気にかけるようになったのか。女性らしさか、女性らしさなのか……!


「ほらほら、目的に集中するのもいいけど私をエスコートしてね」

「平民なのでエスコートとか分かりません」

「冗談がお上手ねぇ! その容姿で平民と言い張るのは流石に無理があるわぁ!」


 チッ。


 自分でも無理だろうなと思ったが、面と向かって指摘されると抑えた筈の怒りが蘇ってくる。

 男装とはいえ、私は貴族育ち。平民とは違った毛艶や仕草がわんさかとある。これらを切り替えてやれるかと言えば無理だ。変装や諜報を得意とする人物でもなく、私は最近はしたなくも人前で大きく口を開けて食べることが出来る様になった程度。せいぜい、良い所の商人の子息までは言えるだろうか。


「さぁ行くわよ~!」


 そう意気込むヴィルネラットもまた髪色を変え、変装している。そんなヴィルネラットはこの姿の時はヴィーラと呼べといい、私にはウーヴァルトと名前を付けた。

 いつもとは違う色合いの髪とローブを着ていない休日の姿だが、どことなくヴィルネラットと分かる。


「はいはい。どうぞヴィーラ嬢、手をお取りください」

「すごく投げやりねぇ~。でもかっこいいから許しちゃうわ、ヴァルト」


 背筋がゾワゾワと震えた。



 ◇◇



 からからと忙しなく馬車が道の真ん中を忙しなく通る。平民の辻馬車に、貴族の紋章が煌びやかに施された馬車。店番の呼び込む声や、静かに構える店。相変わらず人通りも多く、領地よりも騒がしい。

 ……にしても、本当にバレていないのだろうか? 先程からちらちらと見られるのは「うわ、あの騎士団長男装してるよ」という視線ではないのか?

 ちらり、とヴィルネラットを見るとぱちり、と片目を瞑って何かを合図された。……不安だ!


「あの店行きましょ」

「服屋……」


 いい思い出が無い。どこの店に行こうと「あ、特注ですか?」と一発で見抜くあの店員の目……。

 乗り気ではない私を引っ張る様にして、ヴィルネラットと共に店内に入った。


 店内は至って普通の様子だった。王都故に並べられている服の品質は高く、様々な色合いの服が取り揃えてある。ちなみにお値段も高い。


「ねぇねぇ、この色はどぉ?」


 ヴィルネラットが手に取ったのは緑色を基調としたワンピースだった。今のヴィルネラットの髪の色は薄紫色だが、本来なら今の私のような深い色合いの赤い髪をしている。

 今か、本来の姿のどちらに似合うと言ったらいいのやら。だが、どちらにしろヴィルネラットは美女だから大抵の服は着こなせる。


「いいんじゃないか」


 無難にそう言ったのを皮切りに、ヴィルネラットの猛攻が始まる。

 この色は、その色はどうの。この服の形はうんぬん、少し縫い方が雑だのと。カウンターにいる店員の顔に少し血管が浮く様なことを言い始め、服をじっくりと吟味し始めた。

 あぁ、長引くな……。ヴィルネラットと買い物、ましてや休日を一緒に過ごすのは初めてだがなんとなくそう悟った。


 ――あれから二時間はその服屋にいた。結局買ったのは二着程度、そして私は荷物を持つことになった。

 今、傍から見て私は男性の立場。女性の買い物に付き合い、荷物を持つのは当たり前だ。これが貴族流の買い物だったら店の者に頼んで家に直接届けてもらうだけで済むのにな……。

 紙袋を持って馬車側の道を歩く私の腹がくぅ、と鳴った。王都に建てられた時計塔を見ると針は昼の時間を指していた。服屋に付き合っただけなのに腹が減るとは……。


「そろそろ昼食にしないか」

「ん? あぁ、もうそんな時間なのねぇ。じゃあ、あそこのカフェに行きましょ~」

「頼むから昼間から飲酒はするなよ」

「そんな野暮なことしないわよぉ」


 先日、真昼間からビールを飲んでいた奴の口から出た言葉とは思えない。

 空いているテラス席にヴィルネラットを座るように椅子を引いた。彼女が座るのを確認してから自分も座り、荷物を椅子の下にある荷物置き用のカゴに紙袋を置いた。


「……随分と様になってるわねぇ」

「目にする機会が多いだけだ」


 「そうは言ってもねぇ……」とぶつぶつと何かを言い始めたヴィルネラットを置いて、先に出されたコーヒーを飲む。力強い感じの匂いがするが、飲めない程ではない。

 ほぅ、と一息付いて、「これからどうするんだ」とこれからの予定を聞いた。

 私は小娘の情報を手に入れればいいだけで、王都に特段予定がある訳ではない。あるとしたらなら誘ってきたヴィルネラットの方だろう。


「そうねぇ……。特に予定は無いけれど……、後は適当に散歩かしらぁ」

「それはいいな」


 昼が過ぎれば学園の方も授業が終わり、生徒たちの姿がちらほらと見えるようになるだろう。

 授業終わりは王都で暇を潰すか学園の寮に残って勉学に励むか、門限を守って問題さえ起こさなければ過ごし方は自由だ。小娘がどう過ごしているのかは謎だが……。


「あ、でも最近教会に行ってないから行きたいわぁ……」

「教会?」

「私を引き取ってくれた教会が王都にあるのよぉ。最近顔を出していないから少し寂しくなっちゃって~」

「教会の孤児だったのか」


 ほんの少しだけ目を伏せてからヴィルネラットはいつものようにへらりと笑った。


 教会は積極的に孤児を引き受けている。魔物の襲撃や病によって両親を亡くした者や、捨てられた者。そういった孤児たちを引き取り、成人まで面倒を見る。ヴィルネラットもそうした事情で引き取られ、成人したのだろう。


「じゃあ、そこで別れればいいのではないか?」


 折角昔馴染みと会いに行くのに、他人が水を差して言い訳がないだろう。そう思って言ったのだが。


「貴女にも付いてきて欲しいのよぉ。あの団長サンと過ごしてるんだからなるべくねぇ……」

「はぁ……」

「その後は好きにしてもらっていいわよぉ~。あ、勿論付いていくわぁ」

「それは助かる。ようやく本来の目的に近付けそうだ」


 粗方の予定が固まった所で注文した昼食がやってきた。私はほうれん草とキノコのオムレツを選び、ヴィルネラットは日替わりフルーツサンドを頼んだ。

 所々に焦げのある黄色い表面に薄っすらとほうれん草の緑が見えている。添えられたサラダはオムレツに掛かったトマトソースと一緒に食べるのも良いかもしれない。

 向かい側にあるフルーツサンドはキウイの緑やイチゴの赤が白いクリームの中にぎっしりと詰められているのが見えた。


「んむ……甘いわぁ」


 幸せそうに頬張るのを見て私もオムレツを食べることにした。中にはごろごろとキノコが隠れていた。

 まぁまぁ美味い。トマトソースの酸味と甘さがオムレツの味を単調にさせない。サラダの野菜も新鮮な物を使っているらしく、爽やかな噛み心地がある。


 食べ終わり、コーヒーのお代わりを二つ注文したところで時計塔の針は昼から一時間過ぎの場所を指した。一日に定められた学園の授業が終わるまであと三時間半といったところか。

 皿や空のコーヒーカップが下げられ、新たにコーヒーがやってきた。

 先程より香りが変わっているのを感じながらそこで少し時間を潰した。


 カフェから出た。ヴィルネラットがかつていたという教会は王都の南方面にあり、ここからでは少し遠いので馬車を使って行くことにした。

 人通りが僅かに減り、街路樹や花壇の数が増えてきた。


「あそこよぉ~」


 ヴィルネラットが指したのは、時計塔と同じく王都内から見れば姿の見える大きな教会だった。

 聖王伝説と共に建設され、王城と同じ築年数を持つと言われる各地に散らばる教会の総本山。

 これが王城勤めの騎士なら常々訪れるんだろうが、私は一回しか訪れたことが無い。幼い頃、家族に連れられてやってきたのが初めてだ。

 目的地近くで降ろしてもらい、後は徒歩。暖かみのある黄色い壁の教会まではそう掛からなかった。


 迷いなくヴィルネラットが入り、それに続くように入ると思わず「おぉ」と零してしまった。

 精細な細工がされている箇所がどこにも無いと言うほどに、柱や天井から地面まで全てに美しさがあった。

 入ってすぐ目に入る礼拝堂にはずらりと長椅子が並べられていた。礼拝堂の奥、教壇の前に立つ男性が目当てらしくヴィルネラットは走って抱き着きに行った。……おぉ、猛烈。


「パルフィスサ~ン! お久しぶりです~!」

「おや、髪色は違いますがヴィラではありませんか。久しぶり……とは言いたいところですが、走って抱き着くのはおやめなさいな」

「は~い。でもやってるのはパルフィスサンだけですよぉ」


 ヴィルネラットが抱き着いたのはパルフィス大司祭。さらりと流れる長い銀髪と緑色の目が特徴的。魔物の大規模の遠征や、騎士団長を集めた会議などでよく見かける。……が、見かけたらそっと距離を取るようにしている。


「……そちらの方は?」

「紹介します~。こちらの方はウーヴァルト!」

「お初にお目にかかります、パルフィス大司祭」


 私の笑みは引き攣ってないだろうか。は、早く離れたいんだが。


「おや、おやおやおや……」


 持っていた聖書でそっと若々しい顔を隠し、隣に立つヴィルネラットを横目で見た。

 ああ待って。嫌な勘違いをされている気がする。ヴィルネラットはただにっこりと笑っている。


「そういうことならもっと早く言って下さらないと。式場の予約はまだですか?」

「将来的には、彼女とそのような関係になれたらいいなと思っています」

「おや……」


 やんわりとそう断ると、眉を下げたパルフィス大司祭。その姿からは年齢相応の威厳は無いが、暴力的な若さだけがある。

 ……本当になんでこの人、初めて会った時から姿が変わってないんだろう? 初めて会った時は私が幼い頃。その時から何も、一切、変わっていない。そのことに恐ろしさを感じる。

 だって今年で御年が五十三の筈だろ……?


「ヴィラ……ヴィルネラットは少し緩いところもありますが根は良い子です。良かったらこれからも仲良くしてあげてくださいね」

「はい」

「これかもずっと仲良しですよ~」

「そうだ、これからお茶でもどうですか? 態々こちらまで来てくれたのです、もてなしくらいはしますよ」


 ま、待て。これ以上拘束されると時間が、小娘の情報を探す時間が……!

 ヴィルネラットに目配せをする。一瞬だけ目が合う。頼む、伝わってくれ……!


「それはまた後でぇ~。またこっちに来るからその時にしましょ~」

「そうですか……」


 何とか通じ合えたのか、ヴィルネラットが止めてくれた。そのままの流れで、パルフィス大司祭と別れ教会を後にした。


「そうか。王都の教会で引き取られたと言えば、パルフィス大司祭に育てられたも同義だったな……」

「そうよぉ~。久しぶりに仕事じゃない時に会えて嬉しかったわぁ~」


 うきうきとした様子を見せるヴィルネラットだったが、くらりと体が横に傾くのが見えた。

 咄嗟に身体をこっちに引き寄せて転倒を阻止した。あのまま倒れていれば石畳に頭をぶつけるところだった。


「大丈夫……か?」

「あれぇ……?」


 転びそうになった本人はふらふらとしていた。言動ではなく、体ごと。


「ヴィーラ嬢、なんか熱くないか」

「……そうかもぉ」


 様子のおかしいヴィルネラットを観察する。先程転んだのは何でもない場所、段差や石ころなどがある訳でも無い。

 ということは本人に問題がある。荷物も俺が持っているので疲れたという訳でも無い。加えて、一応騎士団に入っているので普通の魔法使いよりかは体力がある筈。先程と違うのは僅かに体が熱くなっていることだ。


「とりあえず噴水まで歩くぞ」

「んぁい……」


 本格的にくたりとし始めた。これは……もしかしてだが……。

 ヴィルネラットの状態に当たりを付けて、噴水までやって来れた。水辺に近い長椅子に座らせた。


「少し待っていろ。すぐ戻る」

「はぁーい……」


 運んできている時より答えがはっきりしている。やっぱり、と思った。

 ――ヴィルネラットはいつもローブのフードを被っている。宴会の席だろうが、遠征の時だろうがいつでもフードを被っている。

 だが、今日はローブを着ていないのでフードを被っていない。帽子も被っていない。


 恐らくだが、太陽の光に当たり過ぎたんだろう。いつも休日の時はどうしていたのか、帽子を付けるという考えが無かったのか。

 疑問に思うが、近くの帽子屋に入った。薄紫色、赤髪にも似合う色合いの物を選んでツバのある物を買った。


「箱に包みましょうか?」

「そのままで」


 手早く支払い、速足で待たせているヴィルネラットの元に急いだ。


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