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お誘い

 一日の業務を終えて私室に戻った。警備の時にさりげなく黒髪の金目の小娘を探していたが、まったく見つからない。いや、一日で見つけられる物ではない。これから根気よく探していけばいいのだ。

 ……というか、テッドに手紙の送り先を聞けばよかったか。そんなことすら気付かずに十回もパドリール様の不義について繰り返していたとは、我ながら情けない。

 テッドに聞くのはまた翌日にしよう。まだまだパドリール様の不義についてのダメージが後を引いている。


 机の引き出しから取り出すのはパドリール様が小娘宛に送った手紙。紙はかなり上質なものを使っている。

 『貴女を正妻に』、『麗しい黒髪の』、『薔薇のような唇を持つ』、『涼やかで清廉なる声の』……。

 どうやら手紙すらまともに読めていなかったらしい。パドリール様の手紙にはとっくに小娘の特徴が書かれていた。

 ……ん?


『アフェレット男爵の元に身元を引き受けられたと聞きました。出来る限りならティエラ家で引き取りたいものですが、納得させるのに時間のかかる者がいる為……』


 アフェレット男爵の元に……身元がある……? どういうことだ……?

 いくらあの家が子に恵まれず養子を探しているとはいえ、娘を引き取る理由にはならない。引き取るのなら男児だろう。娘に家督を継がせるのはそれこそ緊急時の繋ぎか、酔狂な者のすること。

 アフェレット男爵には夜会で会ったことはあるが、酔狂さを求めるような人物では無かった筈……。

 なにか、やむを得ない状態なのか、それとも、アフェレット男爵もその小娘に魅了されたとか……?


『――――可憐なる聖女アリサ嬢』


 アリサ。そうか、アリサ・アフェレットと言うのか……。ほぉ……。


 困ったな。そうなると騎士団が移動できる領地にはおらず、アフェレット領、それか王都の学園にいる可能性が高い。テッドからはアリサという小娘は十四、五くらいの年……、しかも貴族の身分となれば学園に通っている筈だ。

 騎士団の業務があるのでそう易々とアフェレット領には行けず、学園で情報を手に入れる当てもない。明確な理由がない限り、無暗に他家の領地に訪れるのは止めた方がいいだろう。

 暫くは様子見か……。歯がゆくはあるが、常にパドリール様の動向には目を光らせておこう。


 再読した手紙をベッドのサイドテーブルに放る。はしたないが、思い切り体をベッドに沈めた。


「納得させるのに時間がかかる者……か。まるで、手のかかる知人みたいな書き方だ」


 それが指しているのは私に他ならないだろう。二度、大きく呼吸をしてベッドから立ち上がり、鏡台の前に立つ。そこにいるのは男性を超える長身を持った女。

 栗毛の髪、何の変哲もない青い目。髪や目が輝いているなんて誰かに喩えられたこともない。そっと顔を覆えばどっと疲れがやってきた。


 何かに喩えられたことがないとは言ったが。


 ああでも一回だけ、言われたな。パドリール様に言われたんだ。それと共に、魔法を掛けてくださった。


 あの時の言葉は嘘だったのだろうか。



 ◇◇



 パドリール様を誑かした小娘の情報が粗方分かった後、何の変哲もなく日々を過ごした。

 不思議な位に魔物の目撃情報や討伐報告が上がってこず、町中の警備に集中していた。魔物に動きがないのは平和の証だ。それでも何故か胸騒ぎがするのは気のせいか。……気のせいだな、疲れてるんだ。

 目当ての奴がいるお気に入りらしい酒場のドアを開けば、そこに奴がいた。私の姿を見ると、暢気に手を振ってきた。


「いえーい、だんちょぉ~元気ぃ?」

「いつでも元気な団長だ。だからいい加減昼間からの飲酒を止めろと言ってるだろう、ヴィルネラット」

「これなきゃやってらんないの~!」


 むぅ、と頬を膨らませるヴィルネラットはローブのフード下から目線を合わせてきた。

 「ねぇいいでしょぉ~?」という合図だ。


「駄目だ。いざという時に動いてもらわないと困るんだ、騎士団が」

「魔法が必要な魔物の時はすぐに対処するからいいじゃん。それ以外は君達の仕事でしょぉ」


 魔物の中には物理攻撃が効かない類の種類もいる。そこで使われるのが魔法という力だった。

 王族の血に連なる者と、一部の選ばれた者にしか使えない神秘の力だ。ちなみに魔物にも使ってくる奴はいる。

 ここ、ティエラ領とキャロディライン領は王国西の森に面しているので、ここの騎士団には王都から魔法使いが派遣されてくる。西の森は魔物の住処であり、隣国と唯一繋がる道。けれど派遣されたのはたった一人、ヴィルネラットだけ。

 北や西、南には複数人の魔法使いが派遣されているというのに……。


「飲むにしても一日一回、安酒を舐める程度にしろといっただろ。ほぼほぼお前のおかげで経費のやりくりが大変なんだからな」

「えへへ~。それはすみません」


 まったく誠意のない謝罪をされて、「じゃあ私費で驕るから、ちょっとは付き合ってよ」とまで言われた。

 ここ最近、魔物の様子は穏やか、パドリール様は抜け出すことが多くなったがすぐ帰ってくる程度。残している業務も無いので、ほんの少しだけ付き合うことにした。

 こいつの機嫌を損ねたら騎士団の不和、ひいては本当に力が必要な時に力を貸してもらえなくなるかもしれない。騎士団所属にはされているが、相手は魔法使い。しかもヴィルネラットは王都と辺境のティエラ領を一瞬で行き来できる力もある。いつでも逃げられ、本人は放蕩気味、けれど力はあるという厄介な人物。

 椅子に座って軽食を注文した。その様子をにまにまと見ていたヴィルネラットの緑色の目が細められる。


「最近領主サマとはどーなのよ」

「普通だ。何も問題はない」

「ほんとかなぁ~?」


 傾げると共に、魔法使いを証明する臙脂色に金刺繍の施されたローブが揺れた。

 妙に勘が鋭いのも考え物だ。魔物討伐の時は弱点などを指摘してくれるから有用なのだが。


「そうそう、最近ね面白い話聞いたんだ。学園に聖女サマが通ってるって」

「……聖女?」


 何か最近、字面をどこかで見た覚えがあるな……。


「そう。聖女サマ! あの聖王伝説に出てくる有名な人物よ」

「遥か昔、異なる世界からやってきた乙女が聖王と共に、という御伽噺か。その聖女が何だって?」

「んもー、ノリが悪いわね。聖女サマよ、聖女サマ。今、王都は聖女サマの話題でいっぱいいっぱい、学園では聖女サマとお近づきになりたい教師学生が大勢いるのよ」

「へぇー」


 正直、パドリール様がアリサという小娘と密通しようとしてること以外どうでもいい。

 領内は至って平和だから気に掛ける必要も無く、不作も起きていないから政策をそう変えなくても大丈夫なのだ。安定して税も徴収できる。


「名前知りたい? 知りたくなぁい?」

「そうは言っても教えてくるのがお前だろう」


 選択肢を与えるようで我を通すのがヴィルネラットのやり口だ。この前も、「ドラゴン退治ねぇ……。私行くと思う? ねぇ思う~?」と遠まわしに拒絶してきたのを覚えている。

 ふふふ、と笑いを零してヴィルネラットは「正解~」と言った。


「名前はね、アリサ・アフェレット……ですって!」

「は?」


 アリサ・アフェレット?

 それってもしかして、黒髪金目、何よりもパドリール様が気にしている小娘の名前のことか!?


「気になるわよねぇ……。大好きな領主サマが気にかけている女の子の名前だものねぇ……」

「……お前、最初から知っていたな?」


 ヴィルネラットを睨みつける。こいつ、最初から……。最初から、パドリール様と上手くいっていないのを見透かして話題を出してきたか。

 侮られた。見透かされている。段々とその言葉が腹の奥底に溜まり、燃え上がるような熱を帯び始めた。

 おぉ、こわい! と言った風に肩を竦めた。


「まぁまぁそう怒らない。これは貴女にとっても良い話なのよ?」

「どこがだ」

「明日、貴女はお休みでしょう? 私、明日は王都で買い物したいけど付き合える人を探してるの」

「用事がある。他を当たれ」

「領地に留まっていてもお目当ての聖女サマは来ないわよぉ? だったら、こっちから会いに行けばいいのよ」


 ……確かに。領地でああだこうだと唸っていても敵情視察にはなりはしない。アフェレット領や学園以外で聖女とやらの情報が入る訳でも無い。


「お、その顔は付き合ってくれる気になった?」

「だが……、私が王都に行ったら話題になるだろう」

「あー、それねぇ」


 身長二メートル越えの女性と言えば、ヴェルテ騎士団団長と言われるくらいには浸透している。

 お忍びで王都や町に行ける筈は無いのだ。何より、私が夜会やパーティー以外で王都に行くとしたらすわ魔物の動きでも活発になったかと噂されるのが目に見えている。


「私に良い案があるわぁ!」


 嫌な予感がする。


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