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この時間があるから頑張れる

 パドリール・ティエラ。白髪が美しく、物腰の柔らかな人だ。子供ながらにこの人の妻になれるなんて幸せだとすら思った。

 それも遠い話。実際結婚すれば何もなし、相手は浮気間近。


 これは私の立場や容姿も関係あるだろう。現在、メイドたちによって着替えている私の体格は男性と並びたてる程に高く、大きい。顔付きに関しては……父親似の顔としか言いようがない。特に美麗でもなく、可憐さもない。

 加えて、私は騎士団に入った。この体格と天性とも言えるべき剣の才能があったからだ。

 昔から動くことが好きだったので天職とすら思えた。家族も私の才能を知っており、様々な理由でヴェルテ騎士団に入るのに応援してくれたし、問題のパドリール様も応援してくれたのだ。


 そして、無事勲功を積み重ねて団長の座に就いた訳だが。


 長きにわたる鍛錬の日々のせいか、はたまたこれも天性のものなのか、身長の高い筋肉質な女がここに生まれた訳だ。


 つまり、女としての魅力でパドリール様を繋ぎとめるには無理に等しいということだ。

 分かっている、憐れむな。最初の頃は嘆いていたが、まぁパドリール様がいるからいいかで割り切っていたのだ。

 そして、この筋肉が無ければドラゴン退治など無理だ。私と筋肉、剣と鎧は一蓮托生なのだ……。


 手際よくメイドたちは私の体格に合わせた特注の中の特注であるドレスを着せ、髪をまとめ上げる作業に入った。

 これからパドリール様と朝食。いつものことながらドキドキするが、今は胃痛を発症しそうだ。

 テッドにはああ言ったものの、どうやったらパドリール様を小児性愛犯罪者にしなくて済むのか、彼の経歴に汚点を作らずに済むのかが分からない。とりあえず、密通しようとしたら殴ってでも止めよう。


「準備が整いました」

「そうか、いつもありがとう」


 いつもよりかは女らしくなった私で出陣だ。……出陣と言ってしまうのが悲しくなるな。




 焼きたてのパンが僅かに湯気を立て、香ばしい匂いをさせていた。眼下には朝食の甘くないパンケーキとハムや野菜などが添えられている。隣には紅茶が芳しい香りを放っていた。

 騎士となり、遠征を経験して一番考えが変わったのは食事だった。遠征中は焼きたてのパンなんて食べられず、紅茶もない。最初はひぃひぃと悲鳴を上げていたが、今では慣れ、出される食事に感謝を覚えるようにもなった。騎士様々だ。


「おはようウルリカ。今日も君は美しいね」

「ありがとうございます。パドリール様もお変わりなさそうで安心いたしました」


 あぁ、生き返る。美味しい食事と共にパドリール様の微笑み……、生き返る。本日も顔色も良さそうで何よりだ。

 浮気の疑惑が掛かっていても、パドリール様が心の拠り所なのは変わらない。

 ちょっと冷静になるため、ほどよい温度の紅茶を飲む。うん、良い香りだ。


「山岳地帯に出たドラゴンを退治したと聞いたが、君には何もなかったかい?」

「えぇ。優秀な部下たちのおかげで難なく討伐することが出来ました」


 サロヴェスタ伯爵から届けられた手紙によって突如遠征が決まった。サロヴェスタ領ハルマ村付近の山岳にてレッドドラゴンが暴れ出したとのことでその鎮圧と調査を負かされた。

 騎士団内で話し合った結果、レッドドラゴンが暴れた理由は伴侶が死亡したということで意見が固まった。

 ドラゴンは伴侶を生涯大事にするという、中々に羨ましい性格を持っている。その伴侶が不届き者に狩られたのか、病死でもしたのかは定かではないが、そういうこととして報告しておいた。

 ……前者の場合、ドラゴンを狩る密猟者がいるということで更なる調査が入るだろう。私たちヴェルテ騎士団の仕事に割り当てられるのは瞭然だ。


 私の所属するヴェルテ騎士団はキャロディライン領とティエラ領、サロヴェスタ領付近で起きた魔物による騒動の対処と領内の警備が基本だ。少し大きい地元の騎士団というものに入る。

 国家勤務の騎士団なんて花形中の花形とも言われ、地方騎士団からの出世を目指す者もいる。

 だが、これも諸々の事情と、パドリール様は虚弱体質兼三男なので夜会やパーティー、王族関係者による引き抜きでもない限り王都には行かれない。ならば、私にとっても国家勤務の騎士団に行く意味があまり無いのだ。


 「そういえば」と軽い調子でパドリール様が声を上げた。いつになく喜色の見える声だ。


「最近面白い娘が町にいてね? ここはどこですか、いつの時期ですかって急に言ってきたんだ。普通なら知っていることをわざわざ聞いてくるものだから面白くって」

「ふふふ、それは随分と微笑ましい。ですがパドリール様、それでは自ら執務室を抜け出して町を歩いていたと言われているようなものですよ」

「おや、そう言えばそうだね。君だからつい口が滑ったのかもしれないね」


 くっ……! この……! 惚れた弱みに付け込みおって……!


 でもこのように子供らしくパドリール様が笑っているのを見たのは久しぶりだ。いつもであれば一歩引いたように薄っすらと微笑むのがパドリール様の笑い方だ。

 虚弱体質でもあるので心身健康に生きられているのは嬉しいことだ。喜んでいる原因が小娘ではなければな!

 先日明らかになった事実を思い出し、震えそうになった指を抑え、もう一度紅茶を飲む。テッドの入れた紅茶が私を冷静にさせた。


 よし。

 まずパドリール様と小娘との馴れ合いは私が遠征するよりも前の時に行われていた。だが、パドリール様が小娘について話題に出したのはさっきが初めてだ。

 話題に出しても問題ないライン、ということか?


「いやぁ、いつか君にも会って欲しいな」

「もしかしたら警邏の時に会っているかもしれませんね。よろしければその娘の特徴を教えて貰っても?」

「ええと、黒髪に金色の目をしていて……ここではあまり見ない服装をしていたかな。目は一度見たら忘れられないくらいに綺麗だったよ」

「あら」


 黒髪、金色の目、あまり見ない服装の小娘。よし、外見の情報が手に入ったのはいいぞ。

 騎士団の業務の一つである警邏の時に捜し出してやろうではないか。服……は、あまり期待しない方がいいな。見慣れない服装とはいえ、それはパドリール様が小娘を目撃した時点での話。今ではもう着替えて普通の町民に紛れ込んでいるかもしれない。


 思わぬ情報が手に入り、しめしめと思いつつ朝食の時間は終わった。



 ◇◇



 つかの間のドレスの時間も終わり、着慣れた騎士団の制服を着用する時間。すなわち業務の時間がやってきた。

 普通、結婚済みの女性であればこのような時間は茶会に当てきゃらきゃらと笑い、社交界の情報交換兼遠まわしな嫌味の戦いが始まる。

 私はその時間が苦手だったから体も動かせる騎士団に入った、というのもある。茶会にしろ、夜会にしろ、パーティーにしろ、……筋肉はなくとも元々身長が高く、そのことでよく揶揄われたものだ。

 今となってはどうでもいい話だが。


 最低限の鎧を装着し、腰にはいつも愛用している剣とは別の物を差す。邪魔な髪をまとめ上げれば完成。

 ヴェルテ騎士団宿舎に向かっていると領民たちから声を掛けられる。


「お、団長さん今から仕事かい」

「いつもありがとーねー!」


 その声に笑って手を振る。こういうことがあると、自分はここの民たちと暮らしを守れたのだと誇らしく思える。

 と同時に黒髪に金色の目をした娘を探す。人に聞けば早いだろうが、そうなるとパドリール様に悟られる可能性がある。最低限、私は騎士団の業務に勤しんでいる姿を見せなければならない。どうして夫婦の間で探り合いをしなければならないのか。


 町民たちと軽く挨拶を交わしつつヴェルテ騎士団宿舎に着いた。宿舎の隣に設置されている鍛錬場では、宿舎で寝泊まりする騎士たちが剣を振るっている。中には試合形式で鍛錬をしている者もいた。鍛錬場で動く中、小さい子供たちがちょこちょこと家事手伝いに動く。


「皆おはよう。朝から精が出るな」

「「「おはようございます! 団長!」」」


 構成メンバーは貴族の次男三男、やむを得ない事情のある令嬢に、騎士団に入りたいという町人や村人に、町中で捨てられていた孤児など。

 どの騎士団でもここまで身分がごたごたなのはいないだろう。いや、地方騎士団ならば普通なのかもしれない。

 しかし、真面目に鍛錬している姿を見ると安心する。

 そう鍛錬場の脇で感心していると、隣から声が掛かる。


「おはようございます、団長」

「おはようラバルト」


 褐色肌と黒髪が目を引く青年はラバルト。ヴェルデ騎士団の頼れる副団長だ。


「所で、今お時間はありますか」

「ああ。執務作業は後の方でやろうとは思っているが……」

「良ければご指導いただけませんか」

「その腕が治ったらな。折角二週間で治るのだから、少しは落ち着きなさい」


 先日赴いたドラゴン退治の時、ラバルトは怪我をした。というのもこの前の遠征の際、こちらが戦うには難しい場所にレッドドラゴンがいたので、物や岩陰のない開けた場所に誘導してもらったのだ。その時のドラゴンの抵抗による鋭い尻尾の薙ぎ払いで腕が綺麗に反対方向に折れた。

 ラバルトが決して弱くもなく、鍛えていなかった訳ではない。ただドラゴンの身体能力が強すぎただけだ。

 正直、死者が出なかったことに驚きだ。重傷者は出たが今は病院のベッドで寝ており、ラバルトのように安静にしていなければならない筈の者には暇を出した筈なんだが……。


「予約です。団長との手合わせは人気がありますから……。それに、ドラゴンと対峙した時、恥ずかしながら怯えている自分がいたんです。怪我も負ってしまい剣を振ることも出来なくなる様……。自分の未熟さを文字通り痛感しました」


 いつもは冷静で表情をあまり出さない奴だが、今は痛恨とばかりに眉を顰めている。

 まぁ、ドラゴンだから仕方ないという言葉を求めている訳では無いだろう。


「我が騎士団でドラゴン退治の遠征は初めてだろう。初めて出会う魔物にあそこまで善戦出来たのは素晴らしいことだ。……しかしな、ラバルト。お前は焦ると無理に攻撃しにいく癖がある。そこを当面の課題として、暫くは休暇として二週間を過ごすがいい」

「……はいっ!」


 目を輝かせながらラバルトが頷き、「すぐにでも剣を振りたい」と呟くのが聞こえた。その様子だと分かっていないな……。


「ともかく、安静にだ」

「分かっております!」


 全然分かってないな貴様。




 宿舎の一階に騎士団長に割り当てられる執務室がある。事務内容としては退治した魔物や領内で起きて関わった事件の記録、警邏と遠征メンバーの選出など。

 基本的に一人でやれる物だが、忙しい時にはラバルトの手を借りる時もある。警邏と遠征メンバー時には団員を集めて会議をすることもある。


 ラバルトにはああ言ったものの、気が進まない書類ばかりが届いている。

事務机に座ると、自然とその書類が目に入り溜息が出る。


「合同訓練……。しかも、この時期にか」


 年に二度、王都内で行われる地方騎士団も集めた騎士団同士の手合わせ。毎年恒例のことながら、気が重くなる。

 というのも、良い思い出のない騎士団と毎回ぶつかるからだ。きっとあちら側がどうにかして手を回しているに違いない。変な所で執着があるから厄介なことこの上ない。


 今回ヴェルテ騎士団と当たるのはおなじみジャロッタ騎士団と……ヴィルロー騎士団。

 女だけの騎士団に、王家直属の近衛兵集団……。気が更に重い日になぜこんな組み合わせに。


 この書類を思いっきり破り捨てたくなるのを抑え、日程を確認した。



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