始まりは一通の知らせ
「おい聞いたか? そろそろここにも騎士の凱旋がやってくるってよ」
「ま、マジかよ……。じゃあ、あの騎士団長が暴れていたドラゴンを退治したってのは本当なのか!?」
まさかとは言いつつも、期待を隠さない様子で町の人々は噂し、その凱旋を一目見ようと街道に集まる。
「き、来たぞ!」
門に近い集団から歓声が沸き上がる。屋根に上った者が花びらの吹雪を散らし、その場を一層華やかに見せた。
足並みを揃えた馬の足音と甲冑同士が擦れる音。歓声が響き渡る場の中に一際目を引く騎士がいた。
その騎士が乗る馬は、他の馬よりも一回り体格が大きく、またその馬に乗る騎士の体格も巨体と呼べるほどに大きかった。
厳めしい鎧に身を包むその人物こそ、騎士を率いる団長。
「ヴェルテ騎士団……!」
「すげぇ……!」
サロヴェスタ領土内の山岳地帯に生息するドラゴンが突如として暴れ出した。このままでは付近にある村や町が損害を受けやもしれないと考え、ヴェルテ騎士団が派遣された。
そして、見事に討ち取った。凱旋の列の中にドラゴンの死体も運ばれ、それが嘘ではないと証明している。
「見ろ、ドラゴンの首が真っ二つだ」
「どうやったらあんなことできんだよ……」
「やっぱ、無敗の騎士団長って肩書きは伊達じゃなかったのか!」
華やかで輝かしい道。なんら不満もある筈が無い場で、騎士団長は表情を曇らせた。
◇◇
落ち着いた色合いの机の上にぽぅとランプの光が灯っていた。
窓から見える夜空は苛立ちを覚えるほどに綺麗だ。輝く満月と渡された手紙を切り落としたくなるほど。
「……この手紙の内容は本当か」
「ええ、本当でございます。ウルリカ嬢様」
隣で深刻に頷くのは執事長のテッド。父が小さい頃から我が家に仕えており、情報収集にも長けている。
そして、このような場で嘘は吐かない。
だから、告げられたことは真実だ。
深く息を吸い込み、吐く。ドラゴンと対峙した時のような緊張感が私の中に宿り始めていた。
「もう一回言ってくれ」
「はい。ウルリカ様の夫であるパドリール様は不義をしております」
ふぎ……。すなわち、不義ィ……。
聞き捨てならん言葉だ。不義とはつまり、つまり……。
「別の女と関係を持っている、と?」
「ええ、そういうことでございます。このやり取りも十回目ですよウルリカ様」
「何回でも聞きたくもなる。側室ならまだしも、小娘……しかも名も知れぬ小娘にいい大人が現を抜かし、正妻に迎えたいと抜かしていればな」
今年で御年は三十になる筈だ。一体何のきっかけがあって一回り……十四、五の娘に惚れられたのか。
私とパドリール様は政略で結ばれた間柄ではあるが、貴族ではよくあること。
初めての顔合わせの時も互いに了承し、良い関係を築こうと約束もした筈だが……。
思わずため息が出てしまう。
「ドラゴン退治からの遠征でお疲れの所申し訳ないとは思いましたが、これは可及的速やかに知らせねばと」
「あぁ、テッドは悪くない。少しだけ探りを入れろと言ってこの動かぬ証拠を持ってきたのだから大手柄に値する……」
机上に置かれた手紙には歯の浮く様な誘い文句が羅列している。その中に『いずれは貴女を正妻に』と書かれてあるのを見て、手紙を握り潰したくなる衝動に駆られる。
そのような言葉を私は掛けられた覚えが無い。それに一々嫉妬してしまう私も……中々厄介なことだ。
一方的とはいえ、パドリール様を快く思っているのだ。相手は私のことをただの政略結婚の相手としか思っていない。
というか、初夜すら迎えていない。結婚式を形式だけ挙げ、夜は一人寂しく過ごした。
まぁまぁ……、とここまでは思えた。政略結婚、私はキャロディライン家の次女でパドリール様もティエラ家の三男。貴族にとっては長男、その替わりとしての次男に価値はあれど三男の価値は低い。次女も然り、子を産んで血を残せば良いという扱い。
互いにガラクタを押し付け合ったようなものだ。その扱いを理解しつつも必死に好意を持とうとした私は愚かだったのか。戦闘しか脳がない女と言われても言い返せないな……。
「手紙はいざという時の為保存しておくとして……。どう心を戻すかだな。テッド、相手の情報を持ってきてくれ」
「畏まりました」
強敵を攻略する為にはまず情報が必要だ。
「キャロディライン家の者として、そして騎士団長として繋ぎ留めねばならん」




