39話 乙武 響:violence
39話。
空の色って人の感情によって様々な色に見えてくるらしいです。
空は青いらしい。
太陽が昇り、みんなが清々しい気持ちを迎える朝。
群青色の笑顔で人々の活発な動きを見守っている昼。
そしてカラスが泣き、だんだんと真っ赤に染まっていく夕方。
俺以外のみんなは空の色に一喜一憂している。
要するに俺にとって、それは全部同じ色にしか見えなかったということだ。
まだ小学1年生だった俺は、その日、重い足取りで学校に向かっていた。毎日そうだったのだけれど、今日は一段と足が重かった。
『八神小学校』と書かれた門をくぐり、校舎の玄関へ入る。靴を脱ぎ、そして靴箱に無造作に置かれた上履きを手に取った。
「…………」
俺はそれを逆さまにした。当然のごとく、中から画鋲が二、三個落ちて、タイル張りの床に転げ落ちる。「またか」と呟きながら、俺は上履きの中を確認してから履き、画鋲を拾って玄関前のゴミ箱に捨てた。
俺がこれを当然だと思う理由は、その少し後にあった。
教室のドアを開けると、上から何か冷たく湿ったものが落ちてきた。ベチャッ、と俺の頭に乗っかり、髪の毛を通じてその冷たさを感じる。
「うわ! きったねー!」
「乙武の頭がびしょびしょだぁ!!」
周りにいた何人かの男子が囃し立てた。俺は頭から滴り落ちる水滴を拭い、落ちてきた濡れ雑巾をとって、ベランダに干しにいった。
その間も男子達の悪口が聞こえたが、悉く無視した。ランドセルの中にあらかじめ入れていたタオルで濡れた頭を拭く。
そう。俺は小学1年生の頃から、悪質ないじめを受けていたのだ。
俺に目をつけた男子はとても狂暴なヤツで、1学期の後半にいきなり体育館の裏に呼び出されて、何かと思えば「金を貸せ」だった。断るといきなり殴られ、蹴られ、泣きじゃくる俺を見てこう言った。
「お前みたいな『弱い』クズ人間が、俺に歯向かうんじゃねぇ!!」
この時、胸に強烈な痛みを感じた。それが何なのかは今でも分からない。とにかく、この時から俺の地獄は始まったのだ。
そいつはどうやら学級のカーストの頂点に君臨する人物だったようで、大人の前では誰とでも仲良く振る舞い、学級委員長として、クラスのみんなや先生から絶大な支持を得ていた。
それゆえに、彼はたくさんの仲間を持っていた。俺にはそんな人がいるはずもなく、このいじめを見て見ぬふりする人もいるわけで、クラスの全員が彼に味方しているようにしか見えなかった。
授業中でさえ、どこからか石をぶつけられる。それを拾って周りを見渡しても、みんな知らん顔して先生の単調な話を聞いているだけ。
給食時間には、俺が運んできた食缶の食材はみんな食べようとせず、かといって俺が当番じゃない日は、どこからか捕まえてきたゴキブリの屍を給食に紛れ込ませる。
まともにご飯さえ食べさせてくれなかった。
放課後は呼び出されて集団で殴る蹴るの繰り返し。俺は力が弱く、対抗することさえできなかった。
だから泣くしかなかった。でも泣いたら泣いたでからかわれる。
「痛い! やめて!! 痛いよぉ!!」
殴られる。
泣き叫ぶ。
からかわれる。
「そんなんですぐ泣くとか、『弱っちい』な!!」
「『弱い』ヤツなんて、死んじまえばいいのに!!」
次々と襲ってくる謎の胸の痛みが、俺を次第に無気力にさせていった。
* * *
身体中の痛みに耐えながら、なんとか家に着くことができた。ドアノブに手をかける。捻ると開いた。
「ただいま……」
中に入ってみると、誰もいない――――
「ヒビキ!! また皿洗わずに学校行ったの!?」
やっぱりいた。奥からお母さんの怒鳴り声が聞こえた。また怒ってるのか。
「ごめん、遅刻しそうで……」
「どれだけ私が苦労して洗ったと思ってるの!? この家の家事は全部アンタの仕事でしょう!? そんなことすらできない人は、夕飯食べさせないからね!!」
その怒鳴り声はエスカレートして、俺の耳に刺さるように届いた。はあ、また今日も夕飯抜きか。
と、奥の部屋からドンドンと足音をたててお母さんがやって来た。
「なにその傷……アンタ、またいじめられたの!?」
俺の全身の傷を見て、お母さんがウンザリした面持ちで言った。
「うん……みんなに殴られて……」
「少しはやり返してよ!! アンタも男でしょう!? そんな『弱い』人間に育てた覚えはないからね!!」
「うっ……」
「ったく、何度言わせれば気がすむのよ」
胸がズキッとして思わずうずくまった俺になど目もくれず、お母さんはまた自分の部屋に行ってしまった。
家に帰ればいつもこれだ。親はこれをしつけだと言って、俺に優しくしてくれたことなど一度もない。
いじめられたことでさえ、やり返せと文句を吐き捨てるだけだ。
もちろん、これだけではない。
夜。
「酒はどこだ!! ヒビキ、お前酒買ってこい!!」
「でも俺未成年だし、お金は……」
「ああ!? そんなもん母さんの金からくすねてこいよ!! 誰が家計を支えてると思ってんだよ!?」
仕事から帰ってきたお父さんは、毎日酒をたくさん飲んで、酔いつぶれ、俺に酒を買わせようとする。
お母さんは既に寝てしまって、俺を擁護する考えなど毛頭ない。
「何ボケッとしてんだよ!?」
ゴッ!!
「いだっ!!」
酒瓶で思いっきり殴られて、俺はその場に倒れこんだ。
「何酒瓶で殴ったくらいで倒れてんだよ!? 『弱い』な!!」
「ガハッ……!」
胸がズキズキしている。僕は胸を押さえて喉をかきむしりながらのたうち回った。
「おらぁっ!!」
ゴッ!!
「グァッ!!」
目の前が真っ暗になる。
その日の記憶はそこで途切れていた。
JFC新町地区大会1回戦第1試合
後半9分
新町中 1-1 私立ロレース学園




