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1.僕らの幸せの女神様

”ス窟”の2Fは今日もいつも通りだ。

通路、壁、通路。暗闇、壁、壁、人、魔物、足音。

埃、汗、湿気、それと…血の匂い。



「あ~っ!クソ!ほんと足早いなぁ!」


「グエェッ!…!……**!!…ガァッ!」



平和とは言い難いダンジョンの中を今日も必死に走っている。

いや、追われている。後ろ数メートルをほとんど同じ速度で何事か叫びながら追ってくるのは、身の丈1mと少しほどの怪物だ。


彼こそは”ス窟”低層の食物連鎖の主、ゴブリン。


ゴブリン種はこの世界では最もメジャーな魔物らしい”魔物”だ。性格は残虐で、同種で徒党を組み、時に格上すらチームワークであっさり仕留める。

わずかな知能もあり、腕力では普通の人間かそれ以下程度だが、さまざまな能力を持つこともある。その中でも今僕を追っているゴブリンは最下層で、訓練を積んだ冒険者なら路傍の石以下にしか感じない。


しかし僕は訓練を積んだ冒険者ではない。一応冒険者だが、純粋な戦闘能力では限りなく一般人なのだ。そして戦う術を持たない人々にとって、ゴブリンは十分すぎるほど危険な存在である。



まあ、僕でも勝てないことはないよ?

でも…きっとどこかケガするだろうし、長引くだろう。

そしてその戦いの物音を聞きつけた二匹目のゴブリンが来たら、あるいは怪我が大きかったら…



だから僕はこの数か月、ずっと相棒と二人でこの”ス窟”に潜り、どうにかゴブリン狩りをしているのだ。

この方法で僕たちはゴブリンを午前中から数えて16匹も狩った。


すごいだろう。




「…ハットリーー!来たぞぉーっ!今度はちゃんと一匹ーっ!」


「…相、分かった……ハァッ!!」




通路の曲がり角を急いで曲がり、ゴブリンが僕を追いかけてくる。

そこで僕と入れ替わりで、全身黒装束の忍者がものすごいスピードでゴブリンに体当たりをかました!



「ギヒィッ!!!!」



不意を突かれたゴブリンは吹っ飛ばされ、通路の壁にたたきつけられる。

さらにそこに忍者が青光りする長い棒を持って勢いよく駆け寄り、うずくまるゴブリンの頭をその棒でおもいっきりぶっ叩いた!



「グぇェッ!!!……エッ…」


「よーし!叩いたらまた走るぞ!ラストぉ!」


「いや、もう虫の息でござる、ここでしめちゃうでござるよ!」


「あーそう?じゃあ壁だけあげる、”短冊”っ!」


「かたじけない!」




僕の魔法で忍者にわずかな防護壁を掛け、ゴブリンの最後の抵抗に備える。

しかし、この手の不意打ちをもう4度繰り返されたゴブリンにはその力すら残っておらず、ハットリの最後の打撃で声もなく力尽き、動かなくなった。

本日17匹目のゴブリン討伐である。最高記録更新だ。




「お疲れ、さすがにこのへんにしとこうか。」


「いやー記録更新でござるな!今何時でござろう?」


「ん?18時半ぐらい」


「初日は9時から夜の7時までやって2匹でござった!

人は成長する生き物でござるな…」


「ハットリもずいぶん上手く倒せるようになったんじゃない?」


「そうでござろう!実は最近…まあ剥ぎながら話すでござ。」




お互いの荷から剥ぎ取り用の道具一式を取り出し、ゴブリンの遺体を寝かせる。

ここからは、倒したゴブリンの体のどこかにある魔石を文字通り”剥ぎ取る”作業だ。


何度やってもグロテスクな作業だが、魔石さえ剥いでしまえば死体は崩壊し始め、魔物のあらゆる部分が急速に砂になってしまう。

血の匂いで他の魔物が魔石ほしさにやってくる前に、手早くはぎ取ってこの場を離れなくてはならない。


この数カ月、ハットリと二人で何度も繰り返した作業だ。

ただ機械的に、ゴブリンの遺体から魔石を探る。




「…あーこの辺じゃない…じゃあこっちかな…」


「…ヤマト殿、実は最近、師匠に会う機会がござった。」


「…え?ああさっきの続き?師匠ってなに、壁連(タンクギルド)の上役?」


「いやいや、我らが忍の一派の師匠でござる。…魔石ここにもないでござ…。」


「えぇ!?でも…」


「30Fを超えた古強者とか。その方に少し稽古を付けて頂いた。…魔石は頭蓋骨(とうがいこつ)の中やも。」


「そうなんだ…。あーそうっぽい、ノミとハンマー出すよ?」


「自分なりに色々と学んだことがござった。それが今日の狩りに生きているようなら有難いことでござる。」




ゴブリンの中から魔石を探しながら、ハットリといつも通り会話を交わす。

常々変なやつだと思っていたが、ついに今日は忍者の里とやらの師匠と会ってきたらしい。

自分なりに何を学んだんだろうか。

影分身の術か。



ベキッッ!



「割れたでござ。ただ、別れ際に…そこで師匠にも言われてしまったでござる。」


「さんきゅ、今回は僕取り出すよ……何を言われたの?」


「…要は 『君にその稼業は向いていない、他の生き方も考えろ』 と…。」


「…」


「…もうこの狩りを続けて4ヶ月を超えているでござる。これだけやってまだ6Fすら覗けない」


「…あったあった、けっこう深いな、ちょっと切り開くか…」



…どうも、ハットリの弱気がまた始まったみたいだ。

ハットリは本当にいいやつだ。ちょっと変なところはあるけど、能力も人柄も信頼できる。

ただどうも気が弱いところがある。

こういうことを言い出すのも今日が初めてではない。



「ちゃんとした二人組なら、少なくとも12Fは突破しているでござる。詰まるのはあくまで24F…拙者達のように6F前で数ヶ月も苦労するなど聞いたこともないでござるよ。」


「…」


「正直な話、この階層の稼ぎでは日々の暮らしすら危ういでござる。それに拙者達が同業になんと呼ばれているか知らぬ訳でもなかろう。」


「…剥ぎ取れそうだよ。幸運の17個目だ。記念すべき日だね…。」


「…ヤマト殿、やっぱり拙者達、冒険者としては…」



パチンッ…!!!



ハットリの言いかけた言葉を、魔石をゴブリンからはぎ取った音でかき消した。


心地よい音。この”ス窟”の数少ない癒しだ。

あるべきものがあるべき場所に収まったことがわかる。本能から安心できる音。魔物をまた一人、この世から消し去った証拠。


不思議なことに、どんな醜悪な魔物でも、魔石を失う時の音は大体同じなのだそうだ。


音と同時に、ゴブリンが急速に砂と化していく。

どこか幻想的な光景。地面の色が赤から土気色に戻っていき、どこかから吹く風が土塊を平らに馴らしていく。




「…ハットリ、いつも言ってるだろ。信じてくれ。僕たちは必ず冒険者として成功する。」


「…」


「それも誰も見たことないやり方で。圧倒的に。今やめるわけにはいかないよ。」


「…そうだと信じたいでござるがなぁ…。」


「たった一人だ、火でも雷でも矢でも鉄砲でもいい、最高の火力を持った後衛(キャリー)を迎えれば、僕たちはここの最深層を更新できるチームになる。」


「…そんな後衛(キャリー)がいたら、拙者達とは組まんと思うでござるが…」


「いるはずだ、誰からも相手にされない、誰も気づかない力を持ってる、最高の後衛(キャリー)が、必ず。」


「…まあ、拙者もこの暮らし自体は嫌いじゃないでござるよ。それに拙者も助かってるでござる。」


「ありがとう、…十分魔石も取れた、今日はもう上がろう。」


「そうでござるな。腹も減ったでござる。地上に戻るでござるよ。」




いつもより少し膨れた魔石入れの布袋を抱えて、僕たち二人は魔石交換所のある中央都市に向けて地上へ歩き出した。

ここはまだ地下2Fなので帰還の巻物(リコール・スクロール)を使う必要はない。

それにそんな高級なもの買う金もない。



…今はまだ。

まだ無いだけだ。そのぐらいの金はすぐ手に入るはずなんだ…。



どうしてこんなことになっているんだろう?

たった一人の後衛さえ見つかれば、すぐにでもダンジョンのもっと深層ではるかに稼げているはずだった。

いや、後衛がいなくとも、わずかな種銭があれば、あるいはせめてたった一着、ハットリ用のいい武器があれば、防具があれば…!



…それでも何も持たない僕たちは、貴重な時間を全て使って得たわずかな金が、日々の消耗品と宿代に全て消えていくのを、4ヶ月の間、ただ指を咥えて見ていた。

必死になって稼いだ金が、未来に何一つ繋がることなく消えていく。



ハットリが弱気になるのも無理はない。今、僕かハットリが手違いで大きな怪我でもすれば、その瞬間生活の全てが崩壊するのだ。

僕たちはまだ若い、どこかの農園やら工場やらで雇ってもらえば、今よりずっと安全確実に、ずっと多額の金が手に入る…



…いや、必ず現れるはずだ、僕らの幸せの女神様が。

僕はその女神様を待ち続けて、待ち続けて…土埃にまみれながら危険なゴブリン狩りを続けて…気が付けば4ヶ月が経っていた。





僕らが女神様と出会ったのは、こんないつもの一日だった。

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