旅のどこかの1ページ
旅のどこかの1ページ。
魔法都市アングリッジは遠い。
「浅瀬の女王」レイアを万一にも撃退できない僕たち低級の冒険者は、都市間を安全に移動したければ内陸の寂れた街道を通るしかないのだ。
僕たち三人は中央都市を出てからもう5日、この軋む、人の垢の匂いのする安馬車の中でうずくまって、グリニッジ大山脈の東を北上していた。
時折出会う魔物をどうにか撃退したり、
危険な”名前付き”から必死で逃げたりしながらの旅だった。
僕たち三人にとっての初めての長旅だった。ハットリとルージュにもさすがに疲れが見える。
時期は9月の終わりごろだった。
冬が来る前に僕らは危険な依頼をこなし、中央都市に帰らないといけない。
何を見て回る暇もない。
金もない。
無謀な旅だった。
それでも、僕らはむしろ、その無謀さにわくわくしていた。
これからの未来と、物珍しさと、期待と、過剰なるなにものかと、
…それと若さと。若さとに胸を満たされて、乾燥した秋の大地を進んでいた。
「…あ、ねぇあれ見てよ、綺麗!」
「なにが?」
「ほら、あそこの空!すごい、あんなの私初めて見た…。」
戦友の声につられて北西の空を眺めると、虹が二つあった。
幼体の万色龍が、親なのだろう、古代万龍と空を飛んでいるのである。
子供のほうですら危険だが、親のほうは今の僕たちにとっては天災にも等しい。
もし近くで唐突に出くわしたなら、次の瞬間には僕らはまとめて塵も残さず死んでいるだろう。
それでも、竜鱗の色を七色に変化させながら飛ぶ彼らを遠くから見ていると、僕らの旅路を祝福しているようにすら思えた。
美しかった。それは人という種がどれほど努力しても辿り着けない、”竜”なる一族だけが身に纏うことができる芸術であった。
「雄大でござるなぁ…。とても人が相手できるものとは思えんでござる。」
「でも”キューティーちゃん”は、僕らの頃にはもうあいつらを倒したんでしょ?」
「あー…19でござろう。今の拙者より2つは上でござるな。」
「じゃああと2年で私たちあれとまともに戦うの?」
「…そうなっててほしいけどなあ。」
「その時は…拙者があれの攻撃を受けるんでござろうか?」
「そりゃそうでしょ。」「何?あんた私に受けろっていうの?」
「いや…後衛というのはいつもこうでござる、少しは拙者達を…」
「あ、ちょっとほらほら!あれ!!あーーっやっと着いた!!」
街道の大きな左曲がりを超えると、左手の視界に城壁が広がった。
灰色の城壁には所々にくすんだ汚れや改修の跡があり、今もなお現役であることを証明している。グリニッジからときどきやってくるはぐれ龍を撃退するための砲門が城壁の上に並んでおり、魔物に怯えながら旅をしてきた僕たちにとってはなんとも頼もしく映る。
しかし城壁の中から立ち上る煙や喧騒は城壁の立派さとうらはらに控えめだ。
つまり…この街に、有象無象は住まない。
「…間もなくアングリッジに到着します。出発のご支度を…」
「相分かった。」
「道中もいろいろお世話になったわ。運転どうも、”いかさま屋”さん。」
「…いえいえ、とんでもない…」
竜と冬の街、魔法都市アングリッジ。
後に"ス窟"の最深到達階層を28年ぶりに更新し、世界中を驚嘆させることになる僕たち3人は、
寂しい荷物と財布を握りしめて、薄汚れた馬車に乗り、この厳しくも強い街へ入っていくところだった。