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「わあああ、これすごいかわいい…」
比喩でなくきらきら輝くウェディングドレスを前に、詩音はうっとりとため息をついた。
「お試しになりますか?」
「えっ、これもいいんですか?」
「もちろんです」
夏場だとそれだけでかなり安くなる事、入籍日とそんなに日を開けたくないという裕也の希望もあって、結婚式は7月。準備期間は半年を切っている。
重なる準備や打ち合わせにくたくたな詩音だったが、この日だけは別だった。
―――憧れのウェディングドレス!これだけは絶対に妥協したくない‼︎
女の子の夢、一生に一度のことだから、ここだけは最高の1着を選びたい。
カタログから好きなドレスをピックアップして、好みの系統にあうドレスを探す。探すだけでなく実際に着てみる。間違いなくここ最近一番楽しい詩音であった。
「お母さん、どれがいいと思う?」
「どれも同じじゃない?」
うきうきする詩音と裏腹に、ドレス選びのパートナーとして連れてきた母親は早くも疲れた様子だった。
付いていきたいと言った父親と、裕也は試着コーナーで待機中である。
「あんた肌が敏感なんだからチクチクしたりしないの選んだ方がいいよ。長時間着てなきゃなんないんだから」
「だよね。じゃあとりあえずこの4着でお願いします」
詩音が選んだのは織り込まれたラメが美しいAラインドレス、取り外しができるロングトレーンが特徴のプリンセスライン、スクエアネックのプリンセスライン、それがお好きなら、とお勧めされたハートカットの上にボートネックのレースが重ねられたプリンセスラインの4着。
それからはまさに幸せの時間だった。簡単に髪をまとめてもらって、試着、お披露目、比較検討のための写真撮影。写真は母と裕也が撮ってくれた。
「どう思う?」
「詩音が好きなの着たらいいよ」
母の相変わらずの意見に、半眼になった詩音は裕也を見た。
「俺はスクエアネックのやつか、ロングトレーンのやつがいいと思う」
「お父さんは最初に来たAラインがいいなー」
母より積極的に意見を言ってくれる父ではあるが、詩音とは絶望的にセンスが合わない。衣装さんがいる手前大きな声では言えないが、一番ないな、と思ったものである。
「スクエアネックは私も一番いいと思ったけど、チクチクするんだよねぇ…ロングトレーンはなんか胸元に大きいリボンがついててやだ」
「ちょっとくらい平気じゃないの?」
「かなあ…」
裕也の言う2つは、ほかの2つより値段が安い。多分裕也はそれもあって言ってるんだろうなーと言うのは良くわかる。
「今の時間でチクチクするなら着てられないよ」
「うーん…」
チクチクしなければ、スクエアネックが値段的にも予算内だ。でも、単純な好みやときめきで言うなら、ボートネックのドレスが一番好きだ。レース感も、バックスタイルも。
ちらり、と裕也を見るがその表情からは何を考えているのかあまりわからなかった。
―――また揉めたらやだ。
そんな想いがちらついたが、ウェデングドレスは詩音の小さい頃からの夢だった。
「このボートネックのやつがいいな。いい?」
「それがいいの?」
「私も、こちからが一番お似合いだと思いますよー‼︎ドレスは妥協しない方が絶対にいいです」
裕也の声にかぶせるように衣装さんがいい、裕也も、最終的には「いいんじゃないの?」と言ってくれた。
「……じゃあこれでお願いします」
「かしこまりました。では次回はカラードレスですね…ご予約は―――」
衣装さんの言葉をききながら、詩音の心には裕也の表情ばかりが引っかかっていた。
「送っていただいてありがとうございました」
「またねー!」
父の運転で裕也を送り、家族だけになった車内で詩音はため息をついた。
「なに?」
「ドレスちょっと予算オーバーしてたなーって」
「でも気に入ったんだからいいだろ」
「まあちょっと高めだったよね」
詩音に甘い父に対し、母の言葉は厳し目だ。
「なんかよくわかんないけど、裕也が生活費厳しいからお金渡しとかなきゃなんだよね。でも私の貯金だって結婚式と新婚旅行と新居の家具とか揃えたらなくなるだろうし…心配」
「は?なんで飯島くんの生活費に詩音がお金渡すの?」
「裕也家買ったじゃん、だから一気に引き落としが来て今月厳しいんだって」
「家のお金は出さないんじゃなかったの?」
「そうなんだけど…」
黙り込んだ詩音に、母はあからさまにため息をついた。
「貯金どのくらいあるって飯島くんに言ってないよね?」
「うん」
「じゃあとりあえず貯金は渡さないで、自分で持っておきなさい。よくわかってないのに払う必要ないから」
「でも裕也が、」
「就職してから詩音が家に入れてくれてたお金とってあるから。とりあえずそれだけ詩音に返すよ。どう使うか考えて」
「…ありがとう」
「ドレスもさ、まだ変更もできるんでしょ?とりあえず今のキープしておいてまた見に行こうよ。いいのあるかもだし」
「…うん」
母の言葉と、言葉にはしない父の目線に視界が潤む。
ここから飛び立って、裕也と二人で進んでいくことに突然絶望感にも近い不安を感じた。
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「ごめん、裕也!」
デートの約束をしていた朝、携帯で時刻を確認した詩音は真っ青になって裕也に電話した。
デートといっても、相変わらずの結婚準備で、今日はライフマネープランナーさんの話しを裕也の家の近くの喫茶店で書く予定になっていた。
「なに?あとどのくらいでつく?」
「あの…ほんとごめんなんだけど、今起きた…」
「はあ!?」
裕也の声に詩音は泣きそうな気持ちになった。今まで寝坊なんかしたことなかった。目覚ましもかけていたし、詩音は人を待たせるのが好きではない。
「準備でき次第すぐ行くけど、先に話聞いておいて!ほんとにごめんね」
「はあ…わかった」
ぷつん、と通話が切られ、詩音は慌てて準備を始めた。裕也の家のある駅まで電車だけで40分。乗り換えや歩きを含めたら1時間以上はかかってしまう。
―――今までこんなことなかったのにー‼︎‼︎
結局、詩音が裕也の家のある駅に着いたのは約束の時間から1時間半後だった。
―――えーと、着いたよ、どこにいるの?っと
裕也にLINEをして、詩音は駅の壁に寄りかかった。
思えば、詩音にとっては人生初の遅刻である。
小学生の頃から学校でも待ち合わせでも遅刻したことはなかった。今日だってそんなに早い待ち合わせ時間
じゃなかった。
―――なんか、起きたくなかったみた………いやいやいやいや!なに考えてんの!?
ぶんぶんと頭を振って自分の思考を追い払っていると、詩音の携帯が通知音を鳴らした。
裕也だ、とLINEを開いた詩音は、「は?」と今度こそ思考停止した。
『時間空いたから美容院来てる。どっか喫茶店で待ってて』
―――私が急いで向かうって、知ってるのに美容院…
なんのために来たんだ?と思いながら、詩音は結局2時間近く裕也を待ち、お金を渡してコーヒーを飲んで帰宅した。
母が貯めておいてくれたお金は、だいたい40万ほど。よくわからないけど揉めるのが嫌で裕也に渡してある。結婚準備金なんだから、間違えてなんかいないはずだ。
結婚に向けて一歩ずつ進んでいるはずなのに、何故だか詩音は崖っぷちに追い込まれている気持ちになっていった。
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