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カウントダウンのその先は  作者: メリー
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 ――――なんか変。


 誤魔化しようのない違和感に気がついたのは、入籍まで残り1ヶ月となった時だった。


「……ぅっ、おえっ――――げほっ」


 トイレに屈み込み、青い顔で吐いたものを流した詩音は、便座の蓋を閉めてよろよろとその上に座った。


 ここのところ、(もど)す事が増えたのだ。もともと胃腸は弱いと自覚しているが、胃腸炎の時の吐き気とはちがう気がしている。

 最初は、電車に酔ったのだと思った。裕也の家で結婚の準備をした帰り道、地元の駅に着く頃に耐えきれずにトイレに駆け込んだ。

 もともと乗り物酔いしやすいタチだったし、特に気にはしなかったが、それが週末ごとに続くとなると、やっぱり変だ。


 ――――これじゃあまるで、


 ()()()()()()()()()()()()()()()


「いやいやいや、そんなばかな」


 よぎった考えを頭を振って追い払う。婚約者に吐き気を催すってどういう事だ。だいたい詩音はちゃんと裕也が好きだ。今日だってこれから家具を見に行く。その前にランチビュッフェに寄って、そこでちょっと体調を崩しただけ。トイレに行くと言ってきたので、裕也は外で待っている。そろそろ戻らないと。


 ――――これは、あれだ。疲れてるんだ。


 慣れない主張をし、決めることは目白押し。年度末が近付いてきて仕事も大忙し。大丈夫。今が過ぎればまたに戻る。


「――――よしっ」


 膝を叩いて、つらつら考えてしまうのを終わりにし、立ち上がる。吐いたことで気分はだいぶよくなっていた。

 トイレを出る前、鏡に向かってニコッと笑顔を作ってから詩音は裕也の元に駆け寄った。


「おまたせー」

「おう、行こ」


 手を取って半歩前を歩く裕也は、詩音の様子に気づいた様子はなくて、少しホッとした。嘔吐しているなんて知られたくない。


「なにを見るの?」

「とりあえず今日は、一通りどんなのか見るだけ」

「ふぅん」


 横目で裕也の様子を伺いながら、詩音は今日は何も言うまい、と決めた。

 家具なんて、使いやすくて雰囲気が統一されてればなんでもいい。詩音は量販店でいいと言ったのに、裕也が高級家具店にこだわったんだから、裕也に任せればいいのだ。


 ――――なんでもいい。だから文句は言わない。


 ここの所なんだかんだと意見がぶつかる事が多かったけれど、今日はそうならなくて済みそうだ、と、詩音は胸をなでおろした。



 *********



「裕也、ごめんね」


 お昼すぎ。コーヒー片手にそっぽを向いている裕也を上目遣いに見つめて、詩音は泣きそうな気持ちになった。


 ―――うまくいかない。徹底的に。

 今日こそは言い合いにならなくて済むと思ったのに。


 イライラしている裕也を相手に、詩音はでもこれは正統な怒りだ、と反省した。


 家具を見ながらあれこれいう裕也に、ニコニコわらっていいと思うよ、と相槌を打ち続けていたら「どうでもいいと思ってんだろ」と裕也の逆鱗に触れたのだ。


「詩音の家でもあるんだけど、そんなに早く帰りたいわけ?」

「そんなんじゃ、」

「家具触りもしなかったじゃん」


 彼の意見に同意していて怒られたのは初めてだったので面食らったが、言われてみれば、詩音は裕也の半歩後ろから覗き込むばかりだった。

 ソファーに座りもしなければ、マットレスに寝転びもしない。挙句引き出しを開けたりすらしないとくれば、裕也にどうでもいい態度だと思われても仕方がない。


 でも、裕也はどうなんだろう。

 結婚式の打ち合わせの時、積極的に意見を言ってくれるだろうか。

 顔合わせの時は?

 新婚旅行の行き先は?


『却下』としか言わない裕也と

『いいんじゃない?』としか言わない詩音。


「…ごめんね」


 どっちもどっちだなと思いながら呟いた言葉は消えそうに小さかった。


「………あ、そうだ」

「ん?」


 コーヒーをテーブルに置いて、裕也は詩音の方を向いた。


「ちょっとお金出してもらわないと俺の今月の引き落としがヤバイんだよな」

「…なんのお金?」

「家とか、結婚式のお金とかとりあえず俺が出してるじゃん。だから今月の普通の生活費の引き落としが足りない」

「え、家のお金は私出さないでいいって言わなかった?」

「言ったけど、え、ローンとかは二人で払って行かないと困るんだけど」

「それは、いいけど…」


 ん?と詩音は心にもやもやを感じた。

 マンションをかった時、持ち主の名義は裕也一人だった。俺が買うから、と言われていたので特に疑問は感じていなかったが、ローンは詩音も払うのか…


 ―――――結婚したら共同の口座にする予定だし、それもそうか。え、じゃあ私も名義に入れて欲しかったかも…


「結婚式用に定期貯金あるって言ってたじゃん。とりあえずそれ渡しておいてもらっていい?」

「結婚式のお金は、それ用の口座作ってそこに入れておこうって話したよ」

「でも俺が立て替えてるじゃん」

「え、まだ頭金だけしかかかってないよ。10万でしょ

 。それ半分私が出せばいい?」

「じゃなくて、家のお金とかも払ったから生活費が引き落とせないんだって」

「それを私が払うの?えっ?ちょっとよくわからない」


 話の方向性というか、貯金を裕也に渡さなくてはいけない理由がよくわからず混乱する詩音に、裕也は再びイライラしてきたようだった。


「だから、今のところ全部俺が立て替えてるじゃん。だから今月厳しいんだって!」


 全部も何も、家の頭金は詩音は払わなくていいはずだから、立て替えてるのは式場の頭金の半分、5万だけのはずだ。


「口座だってまだ作ってないじゃん。だからとりあえず俺に貯金渡しておいてよ」

「う、ん…」

「え?わかる?わかんないの?」

「ちょっとわかんない。結婚式はまだ当分お金かからないよね。立て替えてもらってるの返すのじゃだめなの?」

「だから‼︎生活費が厳しいんだって!いってるじゃん‼︎」

「わ、わかった、とりあえず定期貯金、すぐに出せないからある分だけ今度持ってくるね」


 裕也の剣幕と喧嘩の気配に、詩音は『そんなの知らないけど』と言いかけたのを慌てて飲み込んだ。


 主張するのは疲れるばっかりでいいことない。詩音が我慢してそれで済む事はたくさんあるはずだ。

 詩音は結婚したいのだ。ここで揉めて足踏みするなんて絶対にごめんだった。


 ―――――それでいいはず。今さえ終われば、あとは元に戻るんだから


 耳の奥で、またひとつなにかが壊れる音を聞いた気がした。


 ―――――――――――――――――2


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