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「それは腹立つ‼︎」
「だよねー‼︎」
ワインを片手に力強く同意してくれる千咲に、詩音は身を乗り出した。
「他に他にってなんで自分は言わないの?ってなるよ、それは」
あけおめLINEと共に結婚報告をした詩音に、千咲がいち早く「ご飯行こう‼︎」と声をかけてくれたのである。千咲曰く、
幸せはうつる。幸せな話を聞いていると、自分の恋愛力も上がる。
とのことである。
残念ながら今詩音は幸せな話を持ち合わせていないのだが。
「ただ、そんな大勢の人前で泣いて逃げるのはずるい」
「ゔっ」
全くもって痛いところをつく友人である。
「気持ち悪かったし、眠かったし、疲れてたんだよ。普段ならもっと穏やかに対応できたハズ…裕也がどうしたいかちゃんと考えられたよ」
「それはそれでどうなの…?ちゃんと言いたいこと言ってる?」
「基本的には言いたいことがないの。知ってるでしょ」
憮然として言い切った詩音に、千咲は呆れ顔であった。
「本当に泣くつもりなんてなかったんだよ、揉めてる時に泣く女って大嫌いなのに」
「まあ、泣いてるから折れればいいだろ的な態度も許せないけど、一般的にそんな人の目があるとこだと折れて宥めるしかないしねえ」
「ちえちゃんは?別れ話の時も泣かなかった?珍しく入れ込んでる恋だったじゃん」
「泣くわけないじゃん‼︎最早腹立たしさしか感じてないから」
「強い女だ…会えなくても文句言わないし、すごいよね」
「別にすごくはないけどね」
千咲は笑ってワインを飲み干した。この話をする気はないらしい。前回集まった時も多くは語らなかった。本当に腹立たしいのか、傷を抱えているのか、詩音にはよくわからない。わかるのは―――
「で?他にはなに揉めてるって?」
「そうなの、聞いてよ!!」
「さっきから聞いてるよ」
わかるのは、今の詩音には人の恋愛ごとで悩んでいる余裕なんてないということだけである。
「まず新居」
詩音の両親への顔合わせがあったのは12月中旬。その前に二人で住む家の内見に行き、気に入った裕也が即決した。
詩音の実家からは乗り換えが複雑であり、困った時に電車が得意ではない母の助けを借りるのは難しそうだ。職場にも行きやすくはない。
という詩音の意見は、「乗り換えのなにが複雑なの?俺は平気。詩音の職場は異動あるよね?行きやすいどとこに異動希望だしたらいいよ」と一刀両断だった。
「将来的に詩音の母に助けてもらう気がないってことじゃないの。いいじゃん、自立してて」
「でも、子どもができたら?私風邪引きやすいし、裕也の実家は京都だよ?」
「まあねえ…」
「でも家の事は私お金ださないからあんまり言えないかなって」
「………ん?買ったの?」
「買った。家賃馬鹿らしいんだって」
「はあん…」
千咲が曖昧に笑うのをみて、詩音は半眼になった。
「人ごとだと思って」
「まあまあ。で?」
「…次は結婚式」
年が明けて、詩音の下調べした結婚式場に見学に行った。入念に調べただけあり、一押しの式場はやっぱりよかった。うずうずする詩音に、裕也は決定を任せてくれた。そこまでは良かった。
問題は親の衣装である。詩音の気に入ったチャペルに、披露宴会場は洋風であった。それを見た裕也の母が、留袖ではなくドレスを着たいと言い出したのだ。留袖ならば式場でレンタルがあるが、ドレスとなるとそうはいかない。自分で買うか、都内の貸衣装屋にレンタルするしかないのだ。
「親の衣装で揉めるとか…」
「裕也のお母さんはどっちもないから買うんだって。それで着物だと負担だから私の親の負担くらい我慢しろって」
「どっちも持ってないなら式場でレンタルしたらよくない?負担ないじゃん」
「そう、そうなの‼︎ほんとそれ‼︎」
べつに母に貸衣装屋に行ってくれと頼むのはなんてことないが、「うちの親は遠いから」と何かにつけて言うくせに、「詩音が自分の親大事にしたい気持ちもわかるけどそれだと困る」などと宣った裕也に腹が立って絶対に譲りたくなくなったのだ。
「それから新婚旅行」
「まだあるんだ…」
詩音は最初、水上コテージに泊まりたかった。タヒチとかモルディブとか。新婚旅行で、初めての海外。どこか特別なところに行きたかった。それに対した裕也の発言は例によって
「却下」
だった。
理由は、詩音が初めての海外なのにそんなところに行ったら食べるものがないだろうとか、日本語が通じないのが嫌だとかである。
裕也はハワイに行きたいらしいが、そんないつでも行けそうなところつまらない。
「まあそれはどっちか折れるか、中間的な場所を探すしかないよね」
「でしょ?そう思ってバリは?って言ったの。バリなら日本人もよく行くし、エステとかも素敵だし」
「ああ、いいんじゃない?」
でも、裕也の答えは、「却下。なんでハワイじゃダメなの?」だった。
「なんか、揉めるの疲れた…」
「詩音って基本的に誰かと揉めたりしないしね」
今まで大きな決定は裕也がしてきた。詩音が行きたい、と言って連れて行ってもらった事ももちろん多いが、行くか行かないかは裕也が決めるのだ。
それでも問題なかったが、こと結婚となると詩音にも主張がでてくる。
まるで今まで揉めなかったツケが来たようだ、と詩音は思った。
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千咲ちゃんは悲しくなかったのかどうか。
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