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「このあとおばあちゃんのところによって、お墓に行ってからうちでお茶でもしましょう」
――――まだ続くの!?
という心の悲鳴は飲み込んで、詩音はにっこり微笑んだ。
年末、裕也のご両親との顔合わせである。
その日は、詩音の予想通りというか何と言うか、朝からかなりハードだった。
新幹線で京都に着いたのは10時。駅まで裕也の母が迎えに来てくれ、ご飯まで時間があるのとの事でお茶をした。
その後、12時より予約していたという食事処で父親と合流して食事し、裕也の祖母が暮らすと言う施設に行って15時。飯島家のお墓にお線香をあげて15時半。裕也のお家に行き、仏壇にお線香をあげ、再びお茶。詩音が解放されたのは17時だった。
初の挨拶が実に7時間にも及んだわけである。“解放”と言う言い方をしてもバチは当たるまい。
そしてその翌日。大阪で裕也の弟、母と11時に待ち合わせをし、ご飯。その後、弟と話を咲かせる裕也の後ろを、裕也母と話しながらウィンドウショッピング。それからお茶をして解散は16時だった。
2日間合計して、13時間を挨拶に使ったわけである。
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そんなこんなでUSJ。
――――気持ち悪い…
大晦日の深夜。寒空化したベンチに座った詩音の気分は最悪だった。3D映像で盛大に酔ったのだ。吐き気をこらえながら冷たいお茶をストローで吸う。こう寒いのだし、本当はあったかいココアが飲みたかった。でも、年の変わり目をトイレで過ごしたくなくて諦めた。
「早く、カウントダウンまであと5分だよ、行こうよ」
「でも酔っちゃって気持ち悪いんだもん…」
カウントダウンイベントを見に行きたい裕也に急かされ、詩音は泣きそうな気持ちになった。
――――具合悪い私よりカウントダウン!?この2日間頑張って、裕也の行きたいUSJにも付き合ってあげてるのに‼︎
喉元まで出かかった言葉を、こみ上げた吐き気とともに飲み込み、詩音はベンチから立ち上がった。
「別にいい」といったのは詩音だ。意見しなかったのだから、文句も言わない。
それは、「なんでもいいよ」を口癖にしている詩音の矜持だ。
「―――3.2.1!!ハッピーニューイヤー‼︎‼︎‼︎」
飛び跳ねて新年を祝う人波に揉まれながら、裕也と新年を祝い、なんとか人混みを脱した時には詩音の具合は最悪を極めていた。
「裕也、どこか入って休憩しよ」
「また⁇ジェットコースターのろうよ」
「だから気持ち悪いって言ってるでしょ!?………今は乗ったら吐いちゃいそうなの。休憩してからのろうよ」
思わずイライラして声が大きくなりかけた。深呼吸してから、「ごめんね、お願い」と続けると、裕也も頷いてくれた。
やっと入ったレストランでも、詩音の具合は最悪のままだった。レストランで眠ったとの口コミだったが、眠っていると店員に起こされる。
詩音は仕方なく両家顔合わせのことを調べることにした。
「結納がわりなんだし、なんか儀式みたいなことやりたいな。何かないの?」
「ただご飯食べるだけじゃなくて、何かする事も多いみたいだよ。婚約記念品の交換とか、両親へのプレゼントとか、あとは婚姻届に記入とか」
「婚約指輪は間に合わないだろ?」
婚約指輪はクリスマスに2人で見に行った。詩音が下調べし、運命と思える指輪に出会った。結婚指輪もセットで、大満足だった。出来上がりは2月頃で、とても楽しみにしている。
「2月だもんね。顔合わせは年明けの予定だし…」
「両親へのプレゼントがいいな。なにかないの?」
詩音はスマホの検索ページを開く。同じようなことを検索する人は多いらしく、予測ででてきた。プレゼント案をまとめたページを流し見しながら、詩音はこれ、と思ったものを上げていく。
「ウェイトベアのお米版あるよ。ウェイト米」
「却下」
「私もそれは結婚式であげたいなあ。あ、フォトフレーム」
「却下」
「お箸だって」
「却下」
「プリザーブドフラワー」
「なにそれ」
「みずみずしいドライフラワー的な…あ、わたしが裕也のおばあちゃんにあげたやつ」
「ああ…却下」
「…あっ、これは⁇絆時計‼︎一枚の板から3つ作るんだって」
「却下」
しゅるしゅるしゅる
音をつけるならそんな感じで、詩音の気分が沈んでいった。
「じゃあもう婚姻届にサインするってことでいいんじゃない?」
「えー、他には?」
「他って…」
――――裕也は考えないの⁇
信じられない気持ちでじいっと裕也を見つめて、それでも詩音は一呼吸おいて笑顔を作った。
「裕也はないの?儀式的にしたいって言ったのは裕也だし、裕也のやりたいことやろうよ」
「俺は特には…詩音と親のためにやるんだし。あ、そろそろ行かない?なんか乗ろう」
「でも、色々考えないと時間もないよ」
「だから案だしてよ」
――――出してるだろうがっ!!
と言う暴言はすんでのところで飲み込んだ。
「わたしは時計がいい。同じ一枚の木から切り出して同じ時を刻みましょうって言うのが素敵」
「え〜、却下」
「さっきから却下ばっかりだね、なにが嫌なの?」
「時計持ってるし。他に何かないの?」
「私たちの両家顔合わせだよね?なんで裕也は考えないの?」
「は?なに怒ってんの?」
裕也のその言葉を聞いた時、ぷつん、と何か切れる音と共に涙が流れた。
泣きたくなんてなかったが、止まらないそれに詩音は顔を背けた。
「なに泣いてんの。さっきから変だよ」
裕也が笑いながら手を伸ばしてくるのを見て、詩音は咄嗟に座っていた椅子を引く。自分でもよくわからないイライラとモヤモヤで頭がいっぱいだった。
詩音がこんなに考えて悩んでいるのに、裕也には笑い事なのかと思うと、よく知ったつもりだった裕也が得体の知れないものに感じた。
「触らないで、やだ」
引いた椅子が後ろの人にあたり、注目を集めたのを感じたが、涙が止まると気配は一向にない。
「顔合わせのプレゼントでしょ、なに、時計がいいの?」
「いい、やめて。いま話したくない。考える気ないんでしょ」
「なんでよ、いいじゃん。時計ね」
「やめてってば‼︎黙って‼︎」
自分でも驚くような剣幕でいい、詩音は手で耳を塞いだ。
自分の鼓動のその奥で、詩音はなにがが壊れるような音を聞いた気がした。
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