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ハンター

 ときおり顔を出す月に照らされながら、黒塗りのリムジンとそれに続いてやはり黒いステーションワゴンが、ゆるやかに曲がりながら続く広い山道を登っていく。

 マーカスはワゴンの後部座席でクリューガーともうひとりの部下に挟まれ、やたらと古めかしい装飾のようなものが付いた手錠で腕を前で拘束されてつまらなさそうに前を向いていた。。

 さらに後ろの荷物室にはバーで大暴れしていた男が、やはり縛られて乗せられている。どこへ連れて行かれるのかと不安らしく、べそをかいている。情けないことこの上なかった。

 道は坂道から平坦になり、山の木ばかりの風景が一変した。そこは眼下に街の夜景が見渡せる高級住宅地で、普通の住宅地の何倍もありそうな敷地に、それぞれ趣を凝らした邸宅が庭木の奥に見え隠れしていた。 

 気の早い虫達の歌をさえぎりながら、二台の車は住宅地の西端まで来ると、周りと比べて一段と広い、森のような敷地内へと守衛所付きのゲートを抜けて入っていく。

 数分走ってやっと、リレー競技に使えそうなエントランスと、城とも呼べそうな大きさの古風な屋敷が見えてきた。バルディーニを乗せたリムジンのほうは、エントランスをぐるりと半周して玄関に横付けされ、ワゴンのほうは脇道を通って通用口の前へと止まった。捕まえられた男とマーカスは通用口から中へと連れて行かれた。

 玄関だけは体裁のためか、灯りがついていたが、屋敷のほかの部分は真っ暗といってよかった。ヴァンパイア達にとって灯りは飾りのようなものなのだろう。

暗闇の中を歩いてひとつの部屋へ入ると、開けた窓からの風でレースのカーテンがゆらめいていて、差し込む月明かりがそこにいた男達のりんかくを浮き上がらせていた。

「よう、マーカス。何十年ぶりだ?」

 三人の男達が窓辺に置かれたテーブルでカードをしているようだ。右端の男の呼びかけに、マーカスは返事をしなかった。クリューガーと手下は部屋の奥のドアに向かって男とマーカスを押していく。彼がテーブルのすぐ横を通ると今度は真ん中にいた男が声をかけてきた。

「相変わらずしけたツラしてやがる。人間のカミさんが死んだそうだな? それでか? お前も物好きだな。七十に手の届きそうな婆さんの何がそんなによかったんだ?」

「ナニがよかったんだろ」

 男達は大笑いした。

 クリューガーが彼らに顔を向けようとしたときにはすでにマーカスの縛られた手がカードをつかみ彼らに投げつけていた。カードは彼らの顔にきれいに刺さり、悲鳴を上げさせ、椅子から転げ落とさせた。クリューガーがマーカスの腕をつかみテーブルから引き離した。

「おい」

「挨拶しただけさ」

 マーカスは肩をすくめて見せた。

 男達は痛みにうめきながら刺さったカードを引き抜き、マーカスに向かって悪態をついた。クリューガーはぶつぶつこぼしながら、彼を引っ張っていった。

 奥のドアは地下に続いていた。普通の人間なら鼻をつままれてもわからない暗闇の中をしばらく歩いていくとクリューガーが立ち止まり、金属のきしむ音をさせてマーカスはその部屋に押し込まれた。牢だった。彼はそこにあった壁から吊るす型の寝台に座らされた。

「良い子にしてな坊主」

 マーカスは寝台にひっくり返り、クリューガーは外へ出て鍵を閉めた。

 一緒に連れてこられた男は別の部屋へ連れて行かれたようだ。

「手を切って逃げるってのはどうかな」

「駄洒落のつもりか?」

 マーカスは少し考えてからああそうか、というふうにうなずき、愛想程度に笑ってやった。

「あの人間達には見張りがついてる。昼間も旦那様の雇った人間達が見ているからな。下手にじたばたせん事だ」

 クリューガーは牢の前に持ってこさせたテーブルと椅子に陣取り、足をテーブルに乗せ、腕組みをして椅子にもたれた。マーカスは彼に声をかけた。

「ご苦労なことだな」

「仕事でね」

「俺もあんたの顔はいい加減見飽きたよ。何十年とストーカーされてたんだぞ。誰か他の、もっとこう、美女でもつけてくれればよかったのに」

「ぜいたくを言うな。旦那様に任されたんだ。仕方ないだろう」

「昔のよしみでか? 腐れ縁もいいとこだな」

「こっちのせりふだ。俺は隊にいたときからお前が気に食わなかったってのに」

 クリューガーが苦々しげに言った。「何で俺じゃなくて……」

 マーカスがそれをさえぎった。

「また、親方と同い年でしかも騎士様出身のあんたじゃなく、俺に隊長の座が回ってきたかって話か? 親方の身内びいきだよ。それでいいだろう? いつまでそんなことを根に持ってるんだ? 昔話ばかりしてると年寄りだって、嫌われるぜ?」

「ふん、なまいきに若造が」

 それを聞いてマーカスはきょとんとしたが、すぐに大笑いしだした。「若造だって?」といってしばらく笑い続けた。

 クリューガーが笑うのをやめさせようと口を開いたとき、遠くのほうで重く響く音がした。

「ほら、あんたがあんまり面白いことを言うから、屋敷までウケてるぞ」

 まだ笑っているマーカスを無視してクリューガーは立ち上がり、廊下の端まで言って怒鳴った。

「何事だ!」

 離れたところから返事があった。

「ハンターのようです!」

「ハンターだと? くそ、何で今来るんだ。おい、誰か」

 真剣なクリューガーを馬鹿にするようにマーカスは寝転んだままで言った。

「さあ、大変だ。頑張ってやっつけてこいよ。しかしアルの旦那、今夜は面倒事続きだな」

 すぐ近くで爆音がたて続けに響き、牢がゆれ、砂埃が降ってきた。マーカスは面倒くさそうにそれをはたいた。

「何が起きてるんだ」

 クリューガーがいらついてぼやくのとほぼ同時に牢の奥の壁が轟音とともに吹き飛ばされた。舞い上がる煙と砂埃を小さな影がかき分けて来る。

「なにこれ! 牢屋じゃない! うっそー、なんでー?」

 他国訛りが強いその声から察するに若い娘らしい。ニット帽を深くかぶり、ゴーグルをつけているので顔はよくわからなかった。不釣合いに大きなキャノンを左手で支えて肩に乗せ、右手にもヴァンパイアの頭を一発で吹き飛ばせそうな大口径の銃を構えている。背中には誰かおぶさっているのかと思うような大きなバッグを肩から斜め掛けにしていた。

「お前がハンターか? 馬鹿め、とんだところへ入ったもんだ」

 勝ち誇るクリューガーにハンターらしき娘はキャノンを向けた。

「そんなものでこの牢が」

 クリューガーが言い終わらないうちにキャノンが火を吹き、この世の終わりみたいな音をさせた。

 煙が収まると、ぐにゃりと真ん中がたわんだ形の牢の柵が、まるごと壁から引き剥がされて廊下の壁にめり込むようになっていて、クリューガーはその間に挟まれ、体がつぶれたようになっている。

「あたしのパワーキャノンをそこらのと一緒にしないでもらいたいね」

「なんだ、まだ灰になってないのか。さすがにしぶといな、クリューガー先生」

 その声でマーカスの存在にやっと気付いたらしい娘は驚いた声を上げて彼に銃を向けた。

「おいおい、待ってくれ。俺はあんたとやりあう気はないよ。くそっ耳がいかれちまった」

 彼は拘束されている腕を持ち上げた。両手を挙げたかったらしいが、今の彼にはそれは無理だ。

 娘はじっとマーカスを見ていたが、彼に向かって大砲の狙いをさだめた。

「あんた、ここの主のとこへ案内しな」

 マーカスは首をひねって耳を指し、肩をすくめた。娘は怒ったように彼の顔の前で怒鳴った。

「あるじの、ところ! 」

 彼はああ、とうなずき、狭くなった廊下に出て、気を失っているクリューガーの脇を抜けると、よく知っている様子で廊下を進んでいった。

 ふいにマーカスは立ち止まった。

「伏せろ」

 頭の上すれすれを弾がかすめていった。撃って来たらしい人影が壁に身を寄せるのが見えた。彼等は笑っているようだ。

「マーカスの奴、婆さんの次はハンターにしたらしいぜ」

「奴ぁ相当な、」

 会話が聞こえてきた方へ娘は遠慮なしに砲撃を食らわせた。地響きとともに声は聞こえなくなった。マーカスはのろのろと立ち上がりながら文句を言った。

「おいおい、ここは地下だぜ。俺はまだ埋葬されたくないんだがな」

 娘は答えず、がれきの先へ急がせた。

「まさかと思うが、アルの旦那が何かやらかしたのか? それともこの大陸で一番の古株を倒して名をあげようってのか? ここに乗り込むんだから、大した腕前なんだろうな」

 娘はなぜか立ち止まった。そして深刻そうに言葉を吐き出した。

「待って。アルの旦那?」

「あ、いや、バルディーニって言ったほうがいいのか」

「ば、ばるでぃー、って、なにさ」

 マーカスは笑う一歩手前のような、口を半分開けた間抜けな顔をしてからおそるおそる彼女に聞いた。

「いいかい、お嬢ちゃん。ここは、アルフレド、バルディーニ御大の、お屋敷だ。……ここまではあってるよな?」

「えええーっ! うそーっ!」

 娘はキャノンに負けず劣らずの大声を張り上げて驚いた。マーカスは頭を振った。彼女はあわてて残った可能性をかき集めた。

「領主の城があるっていうから。こんな街にもう一人いるなんて。そ、そうだ! 客人とかでジョシュア・フィリップスってやつは来てない? あ、あんたみたいにつかまってるかもしれない。いない? フィリップスってやつ」

 その名を聞き、マーカスは表情を引き締めた。

「今夜初めて聞いた名前だが、全く知らないわけじゃない」

「どういうこと?」

「今度誰かが出てきても、その大砲をぶっ放すなよ。そのなんとかフィリップスって奴の手下がひとり捕まってるんだ。どこの部屋にいるか聞き出して、その手下に間違ってない住所を聞くんだな」

 娘の困惑していた口元が笑う形に変わった。

「やった。はー、どうしようかと思っちゃった。あ、もうあんたいいよ。弾がもったいないし、教えてくれたから見逃がしてやる。何したのか知らないけど捕まってたんだろ? さっさと行きなよ。あたし、フィリップス以外はどうでもいいんだ。ジャマすんなら別だよ」

 マーカスは娘の楽天ぶりに呆れて行きかけた彼女を引き止めた。

「ここまで大騒ぎしちまったんだ。ひと間違いでした、で済むと思ってるのか? 俺を連れてったほうがいいと思うがな」

「は? あんたハンターに肩入れすんの? 領主とケンカでもしたの? 反抗期?」

 マーカスは噴き出した。

 そのうちまわりからじわりと締め付けるような気配がしてきた。

 何人かが彼らを取り囲んでいる。しかし近づいてはこない。数はじわじわと増えているようだ。

「やれやれ。スマートにはいきそうにないな。派手に暴れすぎだよ、お嬢ちゃん」

「その、お嬢ちゃんての聞くとぞっとする。エースって呼びな」

 娘、エースはまわりの気配に向かって声を張り上げた。

「ここにジョシュア・フィリップスの手下が捕まってるだろう! さっさと連れてきな! そいつ意外には用はないんだ。すぐ出てく! もたもたしてるとここも取り壊ししちゃうかも知んないよ」

 すっ、と気配もさせず闇の中からバルディーニが現れた。

「あやつはもうおらぬ」

「どういうこと?」

「……お前が消してしまったのだ! このろくでもない小娘め!」

 埃まみれのバルディーニがかなり怒っているということはエースにも伝わったようだ。

「あっちゃー……それって」

「乱入するなりところかまわず破壊しおって! やつはがれきの下で塵になりおったわ」

 エースは少し後悔しているように見えたが、すぐに気を取り直したようだ。

「ちぇっ。運のない奴だね」

 バルディーニは取り乱したいのを必死で我慢しているような、妙に抑えた声で反論した。

「何の用かは知らぬが、あやつはフィリップスという名以外全く何も知らなかったぞ。フィリップスとかいう輩、どこぞの従者くずれであろうが、挨拶もなしに我が領地に入り込み、騒ぎを起こしおって、ただではおかぬ。だいたい、あのような下らぬ者に血を分けるなど」

 エースが銃をカチッと鳴らし、長くなりそうなバルディーニの愚痴を切り上げさせた。

「わかったよ。無駄足だったってことだね。あ、こいつ、あんたの事嫌いみたいだから貰ってくよ? ボディーガードに雇ったんだ」

 エースはその場を去ろうとする。マーカスは主にむかって肩をすくめて見せた。

「おのれ、小娘、このままで済むと思わぬことだ」

「そんなに怒ると血圧上がるよ? あんた偉い人そうだし、お金いっぱい持ってるんでしょ。リフォームの解体の手間を省いてやったんだよ。今度はも少し明るいお部屋にしたら?」

 エースはまだ何か言いたそうなバルディーニを見据えながらマーカスと共に出口へ向かい、階段を上ると、破壊され飛行機の格納庫並みに広くなった正面玄関へ出た。

「見送りはもうけっこう。うるさくすると更地にするよ」

 バルディーニが何か指図し、背後からの視線が消えていく。

 エース達は早足でエントランスを横切ると、エンジンをかけたまま乗り捨てていたオープンタイプの小型の四輪駆動車に近づき、マーカスを助手席に乗せ、自分も乗り込んだ。

 物陰で何かが動いた。

「来るなって言ってんでしょ!」

 彼女は身を乗り出してキャノンを一発お見舞いした。床が吹き飛び地面が大きくえぐれた。

「これもあげとく!」

 彼女はキャノンを置くとポケットから手榴弾をつかみ出し、口でピンを抜くとみごとなコントロールでそれを屋敷のほうへ投げた。植木が丸ごと飛ばされ、エントランスにあった彫像を直撃し、もげた頭部がバルディーニの足元に落ちてきた。

 エースは銃を持ったまま、器用にハンドルを操って屋敷を脱出すると山道を疾走していく。

 車の後を追うように影が動いたように見えてバルディーニは目を凝らしたが、上手く追えず、すぐに屋敷のほうへ取って返した。

「クリューガーはおらぬか! やつもやられたのか」

 彼が叫ぶと手下のひとりが進み出た。

「クリューガーは、無事ですが、今しばらくは動けないようでして……柵と壁に挟まって、引っ張り出すのが、」

 バルディーニは一段と深いしわを眉間に寄せた。

「誰でもよい、奴らを追え! 気付かれぬようにな。手は出すでないぞ」

続きます

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