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失恋バスター  作者: kikuna
8/29

叶わない一方通行の恋。

このまま静かにフェイドアウトしたかった雅久だったが、鼻持ちならない美憂の出現で、思いがけない方向に話が進み、戸惑いと後悔と憤りと、今まで捨ててきた感情が、雅久の胸を締め付けるのだった。

 「原因は分からないけど、あなたも絡んでいるのは間違いないわよね。きちんと説明してください。話によっては、承知しないから、覚悟しておきなさいよ」

 「美憂、雅久君を責めないで。雅久君は悪くないの。私、私」

 「綾乃、だって言っていたでしょ? 初めて好きになった人が出来たって。その人と会うって」

 強い眼差しを向ける美憂に、僕は力なく笑う。

 僕の想像にすぎないが、美憂は綾乃の話を聞いて、好奇心が煽られたのだろう。

 恐らく一部始終を見ていた。

 空々しい態度に、僕はムッとする。

 「友達思いぶるの、止めない? 心が透け透け。ムカついて吐きそうだ」

 「何よその言い方?」

 「僕は関係ない。あとはお二人でどうぞ」

 怒りに任せて、僕は立ち上がる。


 涙ぐんだ綾乃が、僕を見る。

 自分でもどうしてこんなに胸が苦しくなるのか、分らなかった。

 ただこの場に居たくなかった。 

 僕だったら……、僕だったら、泣かせたりはしない。

 何も知らない癖に。

 僕は自分でも気が付かないうちに、拳を強く握りしめていた。

 言い返す気にもならず、僕は二人に背を向ける。

 「待ちなさいよ」「待って」

 綾乃と美憂の声が重なる。

 僕の人生、いつだって後悔ばかりだ。

 そんな声、無視をするべきだった。

 咄嗟に美憂が僕の手を掴み、僕は振り返る。

 泣きはらした綾乃と目が合い、僕は息をのむ。

 「雅久君、お願い帰らないで。私の話、もう少し聞いて欲しいの」

 「そうだ。泣いている女性を見捨てるな。そんなの、男の風上にも置けない」

 「美憂、止めて」

 「これは失敬。邪魔者は消えます」

 「美憂も一緒に私の話を聞いて」

 女性の涙は武器になる。

 どこかで聞いた言葉が頭を過り、僕の判断を鈍らせる。

 横目でそんな僕の様子を伺った美憂が、フッと笑みを零す。

 考えてみれば、これがすべての過ちだった。

 美憂に促されるまま、僕らはファミレスに移り、ストロベリーパフェを前に、綾乃の話を聞き始めていた。

 「雅久君、行き成り泣いたりして、ごめんなさい。美憂、こちら輪錦雅久君。雅久君、この子、私の親友で、遠野美憂って言います」

 そこではじめて、僕らは紹介をされ、ぎこちない会釈を交わす。

 鼻をまだぐずぐず言わせている綾乃を、細目に見た美憂が聞く。

 「一体何があったの?」

 呆れ顔で見る僕に、美憂は素っ気ない態度で、綾乃に視線を合わす。

 「私、聖さんが好き」

 「聖?」

 まっすぐ向けられた綾乃の視線に、僕は苦笑いを浮かべる。

 「私、諦めるなんてできない。彼のこと、もっと知りたい」

 「今日と、この前の二日間しか、ハルとは会っていないのに、どうして?」

 言っときながら、僕の胸は痛んだ。

 人のことを言えた義理ではない。

 「私、一目惚れしてしまって」

 「一目惚れ、ですか」

 頬杖をついた美憂が、僕を見てくる。

 僕の心を見透かすような目で見る美憂から、僕は視線を外す。

 「雅久君、私の力になってもらえませんか」

 綾乃のひた向きな眼差しに晒され、僕はひきつり笑顔を作る。

 「私からもお願いするわ。雅久君」

 美憂の棘のある言い方に、僕はムッとなる。

 「へぇ雅久君でも、そういう顔、するのね」

 「僕は生まれつき、こういう顔ですけど」

 「へぇ珍しいね、怒った顔をして生まれてくるなんて」

 つい僕は美憂の挑発に、乗ってしまっていた。

 「何か、遠野さんってさ」

 「あら美憂でいいわよ、雅久君」

 言ってやりたいことはたくさんある。言いかけた言葉を自分の中に押し戻した僕は、そっぽを向く。

 「あれ、あれれ。雅久君、どうしちゃったのかしら?」

 おちょくられ、僕は美憂を睨む。

 「怖い。雅久君。綾乃、この人結構、野蛮人よ」

 「美憂、止めて」

 「どうして? 思ったことを私、口にしているだけよ。私は自分に正直なだけ。どこかの誰かさんみたいに、上面だけ良くしてなんてこと、していないだけよ」

 荒っぽい口調の美憂に、綾乃はすっかり動揺しきっていた。

 「なんてね。少し口が過ぎました。ごめんなさい」

 さすがにそんな綾乃を見て、美憂も焦ったのだろう。

 素直に頭を下げる美憂に、僕の反応は鈍かった。

 何が面白くないのか、余程僕が嫌いらしい。

 気を取り直した綾乃が、上目使いで僕を見る。

 それを見た僕はずるいと思った。

 こんな顔、されたら何も言えなくなってしまう。

 「雅久、あんたね、見つめるばかりじゃなく、何か言いなさいよ」

 呼び捨てですか。

 ずけずけと踏み込んで来る美憂が、僕は苦手だった。

 出来れば関わりたくない、とさえ思っていた。

 聞こえないふりをする僕が、よほどお気に召さなかったようで、美憂はそれからも執拗に攻撃を止めようとはしなかった。

 「何か、この人、睨んでくるんですけど」

 「美憂、本当にどうしたの? 雅久君、気にしないで」

 「だって綾乃、こいつ、使い物にならないのに、頼ろうとしているからさ」

 「使い物にならないって……」

 「だったら、その聖ってやつと綾乃が付き合えるように、どうにかしなさいよ。まぁあんたみたいなふぬけ野郎には、無理だろうけど」

 聞き捨てならない言葉に、僕はつい口を滑らせる。

 「ふぬけって、ほんと、初対面の人に失礼なやつだな」

 「あらそう。これでも押さえてますけどね」

 「いったい、僕が何をしたっていうわけ?」

 「美憂、本当に止めて」

 「嫌いなんだよね私、はっきりしない男。綾乃だって本当は心のどこかで思っているくせに。だからお友達の方を好きになったのよね」

 許せなかった。

 「それは……」

 言い淀む綾乃を見て、美憂が勝ち誇った顔で僕を見てきた。

 だから僕はつい、

 「上手くいくかどうかわからないけど、僕が何とかしようじゃないか」

 言ってしまって、僕は愕然とする。

 「だってさ」

 その言葉に大喜びをする綾乃に、僕はどんな顔をしていいのか分からなかった。

 「で、策はあるのよね?」

 どこまでも挑発をして来る美憂に、パーティ会場で綾乃が話してくれたことを、僕は思い出す。

 みどりさんと美憂は似た者同士。お互いは認めたがらないけど、パーティ会場に姿を見せなかった友達のことを、綾乃はこう説明して、寂しそうに笑っていた。


 勝気なところや、ずうずうしい辺りが似ているかも……。

 僕はゆっくり思考を巡らせて行く。

 「雅久君?」

 ハルは今日、来ることを渋っていた。そんなところへ行くくらいなら、展覧会行くし、と言っていた。

 乞うように見詰めている綾乃に、僕は笑みを作る。

 「美術展なら、ハルを誘い出せるかも」

 綾乃が目を輝かす。

 その隣で、美憂がつまらなそうにパフェを崩しているのを、僕は横目で見ていた。

 「でも、本当に来てくれるかしら?」

 前のめりで聞いてくる綾乃に、僕は苦笑で答える。

 「ハルが好きな、画家の個展が開かれているみたいだから」

 その言葉に、美憂が鼻で笑う。

 「本当。雅久君、お膳立てしてくださるの?」

 「ああ、なんとか誘い出してみるよ」

 「本当にありがとう。雅久君が、優しい人で良かった」

 嬉しそうに話す綾乃に、僕の目が泳ぐ。

 「本当、雅久君って優しい。私も感動」

 大袈裟に、綾乃の口まねをする美憂を、僕は心から軽蔑をした。

 「そういうの、好きじゃない」

 「そうだよ、美憂。雅久君に失礼よ」

 「ああそうですね。大変申し訳ございませんでした。では邪魔者は消えます」

 店を出て行く美憂を追いかけ、綾乃も僕の前から走り去って行く。

 がっくり僕は肩を落とす。

 たとえようのない脱力感が、じわじわと僕を蝕む。

 そして、僕は綾乃と出会ってしまったことを、後悔し始めていた。

涙は最大の武器。そう思い知らされた雅久の巻でした。

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