表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失恋バスター  作者: kikuna
7/29

何とか綾乃とハルを引き合わせることに成功した雅久だったが、心境は複雑だった。


 戻ると、陽光に照らされるハルを、綾乃が眩しそうに見ていた。


 それだけで充分じゃないか。

 それなのに、その時の僕はどうかしていた。

 気が付くと、歩幅が大きくなっていく自分が居た。


 「何々?」

 柄にもなく、陽気な声を張り上げ、何も気が付かないふりで、二人の会話に割り込む。

 無理して笑っているせいで、頬骨が痛んだ。

 それでも僕は辞めることが出来ずにいた。

 ハルは不機嫌そうに煙草をふかし、そっぽを向いたままだった。

 「何かさ、今日は天気が良くって、本当良かったよね」

 当たり障りの会話を振ってみたものの、そのあとが続かない。

 「雅久、俺、もう行ってもいいか?」

 僕からコーヒーを受け取りながら、そんなことを言い出したハルに、綾乃の顔色が、見る見る変わっていった。

 「そう言わず。折角だから、もう少しのんびりしようぜ」

 綾乃も両手でカップを包み込みながら、それに同意する。

 それからの僕は必死だった。

 愛想笑いをしながら、綾乃が迷惑がっているのも、全身で感じていた。

 つらつらと連ねる僕の言葉に、綾乃が言葉を割り込ませる。

 「聖さんって、お付き合いしている方、いらっしゃいますか?」

 一瞬、沈黙が出来る。


 僕は次の言葉が出てこなかった。

 僕はハルを見る。

 まるで自分には関係ないと言う顔で、ハルは煙草をふかしていた。

 無性に腹が立った。

 救いを求めるように、綾乃が僕を見てくる。

 そんな顔、しないでくれ。

 心が叫ぶ。

 それなのに僕は……。

 「ハル」

 思いがけず強い口調になった僕を、ハルが面白くなさそうに見る。

 「四十万さんが困ってるじゃないか。ちゃんと答えてやれよ」

 「何、ムキになっているの?」

 ぶっきらぼうに言い返すハルを見て、綾乃はハラハラしたのだろう。二人の間を取り持つように、話題を僕に振ってきた。

 目にうっすらと滲むものを見つけた僕は、ハッとする。

 「そんなこと訊くだけ、野暮ですよね。輪錦さんはお会いしたことがありますか?」

 ハルの仕草に一喜一憂する、綾乃を僕は見ているのが、辛かった。

 我を取り戻した僕は、苦笑いで、そう精一杯の自分で、

 「雅久で良いよ」

 男友達に言うような口調で、だけど、綾乃をまっすぐ見ることが出来なかった。

 「それでしたら、私のことも綾乃って呼んでください。聖さんも」

 言いかけた綾乃が口を噤む。

 ハルが立ち上がったからだ。

 「ハル、待てよ」

 「俺は、シャツを返してもらうだけって、聞かされて来た」

 「確かに、そう言った。だからって、そんな態度、取らなくたっていいだろ? 綾乃ちゃんも気にしなくていいよ。こんな態度取ってばかりの奴、好きになる女性がいると思う?」

 そう言いながら見た綾乃の顔が、ほんのり綻ぶ。

 「俺はいつもこうだ。今更とやかく言われる筋合いはない。ていうか、さっきから何? やたらテンション高くねー? ひょっとして雅久お前、この女のこと」

 「わわわわわわわ」

 「アホらしい。俺、帰るわ」

 「待てよ。ハル」

 目の端に、戸惑う綾乃が映る。

 「俺は暇じゃないんだ」

 引き止める僕の手を振り払い、大股で闊歩して行くハルの前に、綾乃が飛び出して行く。

 「すいません。お気を悪くさせたのなら私、謝ります。でも私、聖さんが、お付き合いされている方が

いらっしゃるのか、どうしても知りたくて」

 「くだらねぇ。そんなことを聞いて、意味ある?」

 冷めた言い方をするハルに、綾乃は真っ直ぐと見詰め返していた。

 「意味はあります」

 きっぱり言い切る綾乃に、ハルが意地悪く笑う。

 「意味ねーだろ」

 ハルのバカにする物言いに、綾乃はどこまでも真っ直ぐだった。

 「あります」

 「ないね」

 僕の割り込む余地など、どこにもなかった。

 「あの、私、立候補してもいいですか?」

 一瞬、僕らの動きが止まる。

 「俺、そういうの、興味ないから」

 ハルに突っぱねられた綾乃は、今にも泣きそうな顔をしていた。

 この時、恋は人を醜くすると、僕は初めて思い知った。 

 「じゃあな、雅久」

 軽く手を上げたハルに、僕はぎこちなく頷く。

 「待ってください。その答えでは、私、納得できません。私、聖さんのこと、もっと知りたいです。初めてなの、こんな気持ち。お願いです。お友達でも構わないです」


 月並みの言葉に、ハルは冷ややかな笑みを浮かべる。

 誰も受け付けない笑み。

 張りつめる空気を、僕は心のどこかで喜んでいた。

  「ハル」

 振り返ろうともせずに、立ち去るハルを見て、綾乃の涙腺が一気に崩壊する。


 どうしていいのか分からないまま、僕は呆然としていた。


 「ちょっとあんた、この子に何をしたのよ」

 突然聞こえてきた声に、僕の肩がビクッと動く。

 「綾乃、この男に何をされたの?」

 おもむろに顔を上げた綾乃が、目を大きくする。 

 「美憂?」

 「ちょうど通りかかったら、あなたが見えて」

 そう言いながら、じろっと僕は睨まれ、委縮する。

 見るからに、性格がきつそうなのは分かった。

 「すぐそこに、車を待たせてあるの。さぁ行きましょ」

 有無なしだった。

 綾乃は強引に手を引っ張られ、 

 「違うの、美憂。止めて」

 「違うって、じゃあ何で、綾乃、あなたは泣いているわけ?」

 「それは……」

 再び綾乃は、テーブルに顔を伏せ泣き出してしまっていた。

 居た堪れずに、僕は恐る恐る口を開く。

 「あの、後のことはお友達に任すとして、僕はこの辺で」

 「まさか、逃げる気?」

 さっきと違うことを言う美優に、僕は目を丸くする。

 それからは酷いものだった。

 矢継ぎ早に質問攻めにされ、言葉に詰まる僕を、美優は容赦なく攻撃をしてきた。

 何度か口を挟もうとする綾乃だったが、言葉にならないまま、鼻をグスグスさせていた。

 「ああ埒が明かない」

 そう言って、美優が席を立ちあがったのは、日が一つ傾いたころだった。

 驚いた表情で見る綾乃に、美優は鼻を一つ鳴らす。

 「うじうじ泣いてばかりいないの。これじゃなにがあったか、さっぱり分からないわ。場所を変えましょ。甘い物でも食べて、心落ち着かせて話しましょ」

 ここまで言うと、美優がじろっと僕を見てきた。

 「あなたにも、付き合ってもらいますからね」

 なんで? と僕は思った。

 確かに泣いている綾乃は心配だったけど、見ず知らずのこの女に命令される筋合いはない。

 ムッとする僕を見て、美優が冷ややかな目を向けてくる。

 「何、その目?」

 「何が。私はもともとこういう目つきですけど悪い?」

 「良く言うよ。言いたいことがあるなら言えばいいだろ」

 ムキになって言い返す僕に、美優は余裕の笑みを浮かべる。

 無性に腹が立った。

 「二人ともやめて」

 絞り出すように言う綾乃を、二人して見る。

 

恋は人を醜くするのを思い知った雅久の巻でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=312221793&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ