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失恋バスター  作者: kikuna
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 落ち込む僕を救ってくれたのは、綾乃からの電話だった。

 あたり障りのない会話。兄貴と僕の眼元が似ていると言った声が弾んでいたこと。出された料理のあれこれ、時間がうそのように過ぎて行き、兄貴のことを出されたのに、全然気にせず笑って話す僕がいた。

 それから、綾乃は日を空けずに連絡してきた。


 そして一週間後、僕は渋るハルを連れて、待ち合わせ場所へと向かう。

 目的は何であれ、僕は綾乃に会えるのが嬉しかった。


 駅前のオープンカフェ。


 僕らの姿を見つけた綾乃が、手を振る。

 電話しているときもそうだったけど、緩む顔を、僕は必死で引き締め、胸元で小さく手を振り返す。

 こんな自分を、今まで想像したことがなかった。

 息を弾ませた綾乃が、まぶしかった。

 「お呼び立てして、申し訳ありません」

 ハルに向かって真っすぐ言う綾乃を見て、僕は仕方ないかと、自分に言い聞かせる。

 怒らせてしまった相手に、まず詫びを入れるのは、常識。目的に当てはまっている。

 薄らと頬を紅くした綾乃が、ハルにシャツを手渡す。

 たったそれだけのこと。他に何もない。

 「どうも」

 不愛想に受け取るハルに怖気づいた綾乃が、僕を見る。

 「おいおいハル、もう少し言いようがあるだろ? ていうか、覚えている?」

 心配げに見ている綾乃をチラッと見たハルが、「ああ」と言葉短く頷く。

 「申し遅れました、わたくし、四十万綾乃って申します」

 「ご丁寧にどうも」

 「おいおい、それだけかよハル」

 「あん?」

 「自己紹介されたら普通、し返すだろ?」

 「別に良いよ俺は」

 不機嫌に言うハルを見て、綾乃が顔を強張らせる。

 「そう言わず」

 舌打ちをするハルに、僕はムキになる。

 「そういう態度、良くないと思う。この間もあんな態度取ってさ、彼女、かわいそうにだいぶしょ気ちゃっていたんだぞ」

 「輪錦さん、そんなに責めないで上げてください。あれは、前方不注意だった、私が悪いんですから」

 「だけど」

 「チッ。分かったよ。名乗ればいいんだろ名乗れば」

 「何だよハル。その言い方は?」

 「お前、何テンション上げちゃってんの? もしかしてこの女のこと惚れちゃったわけ?」

 「んなわけが」

 胸ぐらを掴みかかる僕をおちょくるように、両手を上げて見せた。

 「あんたももう、こいつから俺の名前、聞いているんだろ?」

 綾乃が小さく頷く。

 「良いじゃん。知っているなら名乗る必要ないじゃん。雅久、マジどうしちゃったの?」

 「どうもしねーよ。ただ、ちょっとムカついただけだ。放っとけ」

 「あの」

 今にも泣きそうな顔で話し掛けてくる綾乃に、僕はハッとなる。

 「ああごめんごめん。気にしないで。何か、こいつに溜まるもんがあってつい。今、全部吐き出したからもう大丈夫。な、ハル」

 苦笑しながら、僕はハルを肘で小突く。

 「わざわざ、どうも」

 面倒くさそうに挨拶をするハルを見て、綾乃が頬を綻ばせる。

 この時、きっと僕は分かっていた。いや、そもそも、こんな僕を好きになってもらえるはずなど、分っていたのに、この時の僕は往生際が悪いのなんのって、自分でも笑える。

 「タバコ、吸ってもいいんすか?」

 胸ポケットから煙草を取り出し聞くハルに、綾乃は嬉しそうに頷く。

 「タバコ、吸われるんですね。何ていう銘柄がお好きなんですか?」

 会話を弾ませる綾乃に、面倒くさそうに答えるハル。

 僕が入れる余地などない。けど……。

 「ちょっと座って話さない?」

 空いている席を指さし、僕は二人の間に割り込んだ。

 無駄な抵抗なのは、重々承知の上。

 ハルが何か言いたげに、僕を見る。

 僕はそれに気が付かないふりで、二人を席へ誘導させる。

 自分でも、何してんだと思う。こんなの僕じゃない。

 いつもみたいに、こんなもんさって諦めちまえばいいだけの話。

 「何か飲まない? 僕、買ってくるよ」

 自分でも信じられない言葉が、口を衝いて出る。

 「それじゃ、俺も一緒に」

 「ハルはここに居なよ。ずっと徹夜続きで疲れているんだろ? 四十万さんと話して居なよ」

 「徹夜って?」

 話題を見つけた綾乃が、口に手を当てながら、嬉しそうに話す。

 僕は居た堪れず、席を立つ。

 そんな顔、するなよ。

 僕は泣きそうだった。

 「ハルはブラックでいいよね? 四十万さんは何にします?」

 「綾乃でいいです。私は、オレンジジュースでお願いします」

 「了解です」


 僕の悪い癖。


 「お前さ、人の顔色ばかり窺ってばかりで、楽しい?」

 兄貴には、僕の気持ちなんか、どう逆立ちしても分らない。

 欲しいものを、何でもすぐに手に入る兄貴になんか……。

 煙草を吸うハルを、はち切れんばかりの笑顔で見つめている綾乃が目に入り、僕は持っていた飲み物を落としそうになる。


 無粋でも、ハルと僕では到底勝負にならない。


 「始める前から、勝負、諦めるなよ」

 泳ぎ終わって戻ったばかりの僕に、兄貴は良くそう言っては、怒っていた。

 別に無視をしているわけではない。言い返す言葉が見つからなかっただけ。無言でいる僕に、兄貴は熱くなる。

 「本気になれよ。雅久」

 どんな顔をしていいのか分からず、僕は口元を緩ます。

 少なくても僕にとって、あれは本気だった。



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