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失恋バスター  作者: kikuna
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気弱で自分に自信が持てずにいた雅久の生活にも、変化が。

お節介の兄貴が用意したデート代行は、思いがけない方向に発展していくことに。

「凄いな。俺たち、場違いじゃないか?」

 会社のイベント企画で、気軽なパーティだという話だったが、すっかり浮き足立ってしまった僕らは、会場を目の前にして、固まってしまっていた。

 そんな僕たちを見つけた里中が、嬉しそうに手を振り近付いて来る。

 「あの、俺たち、場違いじゃありませんか?」

 ハルと僕が違う部分。

 ハルは思ったことを、すぐに言葉にする。決して自分の中に溜めない。人付き合いがうまくいかない理由の、一つでもある。

 威嚇するハルに、里中は面を食らったものの、すぐに笑みを取り戻していた。

 「えっとキミは……」

 「ハル。聖悠斗(ひじりはると)。大学の時からの友達で、おいハル。挨拶くらいしろよ」

 「どうも」

 「聖君っていうんだ」

 何か思案をするように、しばらくハルの顔を眺めていた里中が、笑みを零し言う。

 「へぇキミ、きれいな顔をしているのね。もてるでしょ?」

 きっと里中は、はにかむハルを想像したに違いない。

 「そんなことないよな、な、ハル」

 苦笑で言う僕を見て、ハルが半笑いをする。

 「雅久、悪い。俺帰るわ」

 「あらどうして? 折角来たのに。楽しんでいって。美味しいお酒とお料理、用意してあるのよ」

 軽く腕に触れられたハルが、その手を振り払い、怒りに任せて踵を返えす。

 予想していた通りの展開だった。

 むしろありがたいとさえ、その時の僕は思っていた。

 そもそも来るべき場所ではなかったのだ。兄貴に高そうな服を渡され、断るに断り切れず、来た節がある。もしかしたら、僕はこうなることを期待して、ハルを連れてきたのかもしれない。 

 だからこの時の僕は、次に待ち構えていた展開なんて、微塵にも思いもしていなかった。

 「今日のところは」

 小さな悲鳴が聞こえ、僕は反射的に振り返る。

 一瞬、何が起きたのか、分らなかった。

 「ああ失礼」

 両手を上げたハルで、何も見えなかった僕は、躰をずらし、初めてそこに女性が立っていることに気が付く。

 「私、ちゃんと前を見ていなくって、ごめんなさい」

 「お怪我、ありませんでしたか?」

 ハルの凄いところは、どんな状況でも、咄嗟に笑みを作れるところだ。

 本人は無意識らしいのだが……。

 大学の構内、ハルの名前を聞かなかった日はない。

 女子たちのうわさの的になっていたハルは、紳士的で、王子様キャラを貫き通していた。決して、里中に見せたような、素振りなど、見せることなどなかった。

 しかしある日、ハルは変わってしまった。

 褒め称えるすべての言葉を嫌い、そんな人たちへ背を向けるようになった。

 僕が水泳を辞めて、ひと月後の話だ。

 構内をぶらつく僕に、ハルから声を掛けてきた。

 何を話したのか覚えていないくらい、微々たる会話だったが、それから僕らの付き合いは続いている。

 「ああどうしよう、口紅が」

 女性に言われ、自分のシャツを見たハルが、柔らかい笑みを作る。

 「大丈夫」

 「どうしよう。弁償を」

 「お気使いなく」

 次の瞬間、女性が息を飲む。

 一見穏やか笑みのハルが、脱いだシャツをゴミ箱へ投げ入れたのが、衝撃的だったらしい。

 女性は呆然と立ち尽くしたまま、去って行くハルを見続けていた。

 「ほう。見かけによらず」

 感心する里中の声に、苦笑いを浮かべた僕は一礼する。

 それで終わるはずだった。

 ハルに倣ってその場を離れようとしていた僕はハッとなり、振り返る。

女性が、しっかり僕の腕を掴んでいた。

 今にも泣きそうな女性に見詰められ、僕はすっかり動転しきっていた。

 「綾乃、気にしない方が。ガッちゃんが困っている」

 「ああごめんなさい」

 里中に言われ、女性が慌てて手を放し頭を下げる。

 「いいえ。じゃあ、僕、ハルが心配だから」

 「そう」

 残念そうに言う里中に頭を下げた僕は、そうその時の僕はどうかしていた。

 「あの、気にしなくてもいいよ」

 勝手に、口が動いてしまっていた。

 「でも」

 携帯を握りしめ、まっすぐ見返してくる女性は、目にいっぱいの涙をためていた。

 所説によると、男は女性の涙に弱い。

 僕もその例外ではなかった、ただそれだけのこと。

 予測変換できないできごとに、僕の心が追い付けずにいた。

 心臓が痛んだ。

 吐きそうなのに、なぜか彼女から目が離すことが出来ずにいた。

 「あいつ、今少し、気が立っているだけだから」

 声が上ずる。

 「私、クリーニングしてお返します。連絡先、教えてください」

 「そんなことをしなくても」

 「でも」

 僕の横をすり抜けて行った女性が、ゴミ箱からハルの捨てたシャツを拾い上げ、振り返る。

 「それでは、私の気が済みません」

 「本当、気にしなくてもいいから」

 「私、このままなんて、嫌です。有耶無耶にしたくはありません。連絡先を、教えてください。ちゃんとクリーニングしてお返ししますから」

 ハルのシャツを大事そうに抱きしめながら言う女性に、僕はこれ以上、反論することが出来なかった。

 この時初めて知ったんだ。

 恋は落ちるものだって……。

 

想像もしていなかった感情に、戸惑う雅久の巻でした。

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