26
距離を保ちながら、続いてきた関係にもついに終止符をつけなければならなくなった雅久。
複雑な思いを抱え、ハルの元へ向かった。
突然、僕の訪問に、ハルは目を細める。
「きれいにしているんだな」
部屋を見回して言う僕に、口元を緩ますだけでハルは、コーヒーを淹れにキッチンの中へ入って行く。
ハルが創作したであろうものが、そこかしこに飾られている部屋は、どこか温かくて居心地が良い。あの誇り臭い教室で見るより、ずっと良い。悔しいほど才能が満ち溢れている、そんなハルに最初っから勝ってこない、そう分かっていた。
「そんなことまでするようになったんだ」
「まぁな。一応社長だしな」
それでも僕は綾乃を手に入れたかった。
じっと見つめる僕を見て、ハルが気味悪がる。
言いたいことは山ほどある。
だけどどれをとっても、僕の負けよしみにしかならない。
戻ってきたハルが、首を傾げ、何と訊く。
僕は少しだけ口元を緩ませ、カップを口に運ぶ。
「だから何だよ。さっきから気味が悪いな」
「いや別に。ただ幸せオーラ、出しまくりだなって思ってさ」
「綾乃か」
「まぁな」
「んだよ。もう言っちまったのかよ」
怒った口調だが、目元はしっかり笑っている。
ポケットを弄り、タバコを取り出す手元を見ながら、僕は次の言葉を用意していた……。しかし、ハルはタバコを咥えたもの、すぐに止めてしまった。
「吸わないの?」
不思議がる僕に、ハルがばつ悪そうに答える。
「綾乃が、最近煩くって」
思いがけないハルの言葉に、僕はつい吹き出してしまう。
「何だよ。笑うなよ」
「あのハルが、綾乃の言うことを聞くとは思わなかった」
「悪かったな」
肩を竦め言うハルを見て、また僕は笑う。
「わざわざお前がここへ来たってことは、綾乃に何か頼まれたんだろ?」
手持無沙汰のハルが、ライターを弄びながら、訊く。
「ハル、綾乃のことを愛しているか?」
たっぷり時間を掛けて、ハルは僕を見てくる。
「何を今更、って顔だな。その顔は。だったら僕を殴れ」
「どうして、俺が雅久を殴らなければならない?」
「こんなこと言うの、綾乃は嫌がるかもしれないけど、お前が姿を消した時、僕は心のどこかで喜んでいた。その隙を狙って、僕の方へ綾乃を振り向かせようと、僕は綾乃の中に、まだハルがいることを知っておきながら、泣いて嫌がる綾乃を無理矢理抱いた。付き合いだしてからも、不安は消えなかった。でも今は違う。僕はまだ綾乃が好きだ。殴ってすっきりしたら、前のように姿を消して欲しい。半端な気持ちのハルに、綾乃は渡せない」
まっすぐ見る僕に、ハルは半笑いを浮かべる。
「雅久、俺は手を引く気はないよ。それに綾乃だって俺から離れないだろうし」
「そうかな、今はハルのことでいっぱいの心だって、愛の力で変えて見せる自信が、今の僕にはある」
「雅久、お前の気持ちはずっと前から知っていたよ。その気持ちを利用した時もあった。それは謝る。だけど、今は本気で綾乃を幸せにしたいと思っている」
「どうだか。そんなこと言って、綾乃の親父さんの力借りて、カナダで成功したら、またあの女のところへ行くんじゃねーの」
「雅久、言っていいことと悪いことがあるぞ」
「殴りたければ殴れよ」
挑発する僕に、ハルは身を震わせていた。
「止そうぜこんなこと、雅久。お前らしくもない。全部綾乃のためなんだろ」
突き放されたはずみだった。
「僕らしくって、何? ふざけんな」
気が付くと僕はハルに殴りかかっていた。
「ハルになんか、僕の気持ちが分かるはずがない。分かられて堪るか」
こんなことをしてもどうにもならない。でも僕にしてやれることはこんなことくらいしかないから……。
取っ組み合いはしばらく続き、僕らはお互い目にいっぱい、涙を浮かべていた。
どう足掻いても手に入らないものがある。
君のために、そして自分のために。しゃんと背筋を伸ばす。
それが僕から綾乃への、最後のプレゼント。
思いのたけが届け。雅久の巻。




