23
一尊の容疑は晴れ、姿を消してしまってから一年が過ぎようとしていた。
春の日差しが眩しくて、僕は目を細める。
ガラス越しに綾乃の姿を見つけた僕は、窓を叩き微笑む。
口実を見つけては、綾乃は僕を呼び出していた。
面白そうな映画や食べに行ってみたい店の話。そんなことが話したいわけじゃないのに、綾乃なりの気づかいなんだろうと思う。
痺れを切らした僕は綾乃に突っ込みを入れる。
泣き顔の代わりに、今でははにかんだ笑みを浮かべるようになった綾乃に、僕はふっと笑みを零す。
付き合っている頃より自然体の僕らが、そこにはあった。
もしかしたら、と僕の脳裏をかすめて行くものは、すぐに打ち砕かれる。
それが現実だった。
気を楽にした綾乃が、甘いものを頬張りながら、ハルの話を始める。
だんだん話に熱がこもっていく。
泣きつつ起こりつつ、最後の一口を頬張った綾乃が笑う。
その笑顔にやられながら、僕はハルの元へ帰って行く綾乃を何度となく見送った。
終わりの知らない孤独を、僕はこうやって抱えたままなんだろうな。
雨上がりの歩道に、街灯のオレンジが滲む。
な、兄貴、幸せって何だろうな?
大きく伸びをして、僕は立ち上がる。
最近になって、少し分ったことがある。それは途轍なくありきたりで、そのくせどこかあたたかい。いつの間にか当たり前になりつつある、こんな僕にも居場所があるってことを。
「雅久、発見」
僕はその声に顔を顰める。
「何で嫌そうな顔をするのよ」
無視をする僕の後について来る美優。
「飲みに行く? カラオケでも良いよ」
「帰る」
変顔を僕の背に向ける美憂を想像しながら、僕は振り返りもせずに後ろ手を上げその場を離れて行く。
懲りず美憂がそんな僕目がけ、カバンを当ててくる。
渋々付き合わされる僕の隣で、美憂がうまそうに酒を飲み。管を巻く。
そして変わらない日常へ戻って行く。
里中から手紙が届いていた。
里中らしい文面に、僕は顔を綻ばせる。
手紙には、写真が添えられていた。
里中の腕の中にはかわいらしい赤ん坊が抱かれていて、その隣で優しそうな微笑む男性の姿があった。
「これで良かったんだよな、兄貴」
本当にこれが良かったのか、と問う自分もいるが、いまだに消息がつかめない兄貴に向けて僕は呟く。
ウベア島のパンフレットを手に取る。
兄貴は逃げ出したかったのかな。良からぬ想像が頭を過るたび、この島にいることを僕は願った。
手紙をしまおうと引き出しを開けた僕は、一瞬動きを止める。
捨てようと思っても、捨てられない指輪が目の端に映っていた。
僕は肩をすぼめる。
なかなか恋愛ドラマの主人公たちのようには、僕には潔く捨てることなんてできないままだった。
それでも、いつかすっぱり捨てなければならないことも、分かっている。
兄貴が仕事に追われるようにしていたことが、少しわかる気がした。
いらないことを考える必要がないからだ。
僕は長い息を吐き出す。
変わらない気持ちを持て余す雅久の巻でした。




