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初めて知る、兄である一尊と里中の関係に、雅久は愕然となる。
失恋のイタミが癒えきれないまま、新たな別れが雅久を待っていた。
綾乃と出会ったばかりの時、僕は僕なりの恋の物語を頭に描いていた。
それはいつしか兄貴たち、二人にも重ねられていた。
凍てつく寒さの中、里中は一人旅立っていった。
「行っちゃったね」
離陸して行った飛行機を眺めながら、美憂が言う。
里中とは不仲だったはずの美憂が、どうして見送りに来ているのか、僕には知る由もない。それを聞く気もなかった。
僕は里中のことを何も知らなかった。財閥のお嬢さんで、親の勧める結婚相手と、来年早々に結婚することになっていることも、それが傾きかけている父親の会社を助けるための政略結婚だってこともだ。
「里中先輩、もっと骨がある人かと思ったんだけど」
踵を返した美憂が、ため息交じりにこぼす。
相変わらずの美憂の憎まれ口に、どこかホッとしている自分がいた。
軽く伸びをして、僕は歩き出す。
「ね、お腹が空いた」
僕は無視をする。
「聞こえているんでしょ? 何か、食べて行こうよ」
「嫌だ」
「どうして?」
どうしてなのか、僕にも分らない。
怒った美憂が僕の尻目がけ、バックを当ててくる。
「痛い」
「イー」
「イーって、お前は子供か」
「知らない」
怒って走って行く美憂を、僕は呆れながら見送る。
新しいカレンダーに替えられ、輪錦家に震撼させる大事件が起こってしまっていた。
同僚に嵌められ、横領の罪を被せられた兄貴が警察に連行されていったのだ。
今も取り調べを受けている。
出頭する前、兄貴が僕を抱きしめ、少しだけ泣いた。
「雅久、お前はお前のままでいてくれ」
言われている意味が、僕には理解できなかった。
高価の物を僕に贈り続けた兄貴。
それが横領のお金からの物だったのか、と一瞬、僕は兄貴を疑ってしまった。
兄貴は拘留されてしまったその夜、久しぶりに綾乃の声を聞いた。
「今度は私が、雅久君を助ける番だと思って、明日、会える?」
どこかで兄貴の噂を聞きつけたらしく、綾乃は口早に要件を言って電話を切る。
すっかり誇りをかぶってしまった教科書に、僕は目を落とす。
なんとなくあの時、兄貴が何を言いたかったのか、今なら分かるような気がする。
悔しいならそれ以上に、男を磨けばいい。僕が出来る、僕のやり方で。兄貴もそうしたように。
僕は指定された場所で、綾乃を待つ。
僕が知っている限りの話を、兄貴という人物像を語った。
柔らかい笑みで始終話を聞いてくれる父親の隣で、綾乃も真剣な眼差しで僕を見詰めていた。
綾乃の父親の力添いで、兄貴は証拠不十分ですぐに家へ戻れることになった。
しかし、一度ついてしまった汚名は、なかなか返上できないもの。それがこの世の縮図。
兄貴は、会社に辞表を出した。
エリートと持て囃された、兄貴のあっけ過ぎる終末だった。
複雑に絡まる人間模様。




