20
失恋のイタミを引きずったままのクリスマスを迎えた雅久のもとに、一本の電話が入る。
それはあまりに衝撃な内容だった。
こんな思いをするくらいなら、恋なんてしなければ良かった。
夢のように過ぎた綾乃との日々が、頭から離れずにいる。
辛うじて仕事は続いているけど、それ以外、僕は人に会うのを避けるようになり、ぼんやりすることが増えて行った。
何もする気になれなかった。
抜け殻になってしまった僕の目の前に、ドサッと何かが置かれ、訝って目を上げる。
呆れ顔をした兄貴だった。
「お前、またやり直すって言ってなかったっけ?」
綾乃とのことを真剣に考えた僕は、途中で放り出してしまった会計士への道を歩き直そうと考えていた。
「女の一人や二人にフラれたくらいで、何いじけてんだよ。おまえさ、いちいち重く考えすぎなんだよ。もっとさらっとさ」
兄貴になんて、僕の気持ちなんか分るわけがない。
僕は言い返す気力もなかった。
目を合わそうとしない僕に、兄貴は諦めて部屋を出て行った。
兄貴が置いて行った教科書に、目を落とす。
涙が零れ落ちる。
その時だった。
窓ガラスに何が当たる音に気が付き、様子を見に行った僕は目を瞠る。
「何、私を無視しちゃってくれているわけ?」
美憂に会うのは、久しぶりだった。
話す気になれない僕は、そのまま顔をひっこめてしまう。
「だから無視するな。ちょっと聞いている?」
僕は耳を塞ぎ背中を丸める。
「ね飲みに行こう。良い店、発見したんだ。一緒に行ってみない?」
無視をし続ける僕なんて、すぐに見捨てると思った。
「雅久ってさ、もう何考えているのか、さっぱり分からなかったけど、本当、あんたはクズ男だね。女にフラれたくらいでうじうじうじうじ。ねぇ聞いてんの? アホ雅久。悔しかったら言い返してみなさいよ。偽善者しているから、痛い目に合うのよ。自業自得でしょ? 聞いてんのかバカ雅久。無視し続けるつもり? そっちがそういう考えなら私もここでずっとあんたの悪口、叫び続けるからね。それでもいいの? そんなだからね綾乃が」
「煩い煩い黙れ」
「黙んない」
「お前に僕の何が分かる?」
「分からないわよ。引きこもりの気持ちなんて分りたくもない。いつまでそうやっているつもり? 悲劇の人ぶってないで出て来なさいよ」
「何の騒ぎだ雅久?」
「ヘタレ男。そんなんだから、聞いてんの?」
騒ぎを聞きつけた兄貴と入れ違いに、僕は部屋を飛び出して行く。
言われたくない一心だけだった。
「煩い黙れ。振ったのは僕の方だ」
美憂の顔を見た僕は、それ以上何も言えなくなってしまっていた。
「バカ雅久。遅いよ。飲みに行くのに、その恰好じゃ寒いでしょ」
みんなして、こんな僕なんか放って置けばいいのに……。
「雅久、ほら財布と上着。携帯は持ったか?」
絶句する僕に、目じりを下げた兄貴が、笑いかけていた。
――クリスマスイヴ。
まだ少しだけ綾乃を引きずっていた僕に、里中から電話が入る。
式場の手配をしてもらった里中と話すのは、気まずかった。
「ガッちゃん、私、パリに行くね」
一瞬、言葉の意図が分からなかった。
「……パリ? 旅行?」
「ううん。向こうで永住権、取るつもり」
冗談だと思った。僕を励ますつもりなんだろうと、半信半疑の僕は、何も考えずに聞いてしまっていた。
「兄貴とは」
「そっか、ガッちゃんは知らなかったんだ。ちゃんと話せないままでごめんなさい。私たち、ずっと前に終わってしまっていたの」
「終わっていたって?」
「とうとうカズ君の気持ち、私に向かせられなかった」
「冗談、止して下さいよ。僕に気なんか使わなくたって、二人はそのままお幸せにどうぞ。その方が僕としても、気が楽だし」
「やっぱ、ガッちゃんいい子だわ。弟にしたかったな。でも無理なの。好きだったのは私だけだったみたい。私が頼んだの。年内だけでも恋人のふりをさせてって。でも、そんなことは出来ないって、はっきりと断れて、でも、私、どうしても諦められなくて、そしたらカズ君、偽装の恋をしてみたらって。悪びれることもなく言うのよね。それでガッちゃん、あなたを私たちの恋に登場させた。なかなかのストーリーだったでしょ?」
そんな淋しそうな声で言われても……、怒る気にもなれない。
「バカなことを」
「バカになるのも、悪くなかったわよ。ガッちゃんもそうだったでしょ?」
里中にはすべて見透かされてしまう、それが嫌で煙ったくって、でも頼りにしていた。
僕は言葉を詰まらせる。
電話を切った僕は、一目散で兄貴の部屋に向かう。
「雅久から俺の部屋に来るなんて、めずら」
言い切らない兄貴のことを、僕は殴っていた。
「何をするんだよ」
「それはこっちの台詞」
「みどりさん、パリに行っちまうぞ。このまま行かせていいのかよ」
「あいつのためには、その方が良い」
「なんでそうなるんだよ。てっきり兄貴とみどりさんは結婚するものだって、あんなに幸せそうに兄貴のこと、話していたのに」
「雅久、悪い。俺、仕事が残っているから」
廊下に追いやられ、僕は虚しさと悔しさで、閉められたドアを何度も殴り続けた。
釈然としない雅久。
見えなかった関係。
混乱する雅久の巻でした。




