17
涙声で呼び出された雅久は、綾乃の元へと駆けつけていた。
細い肩を震わせなく綾乃を、いたたまれない気持ちで見つめる雅久を、美憂に毒づかれた言葉が責め立てる。
いつだって綾乃と会った日は、孤独が僕を一気に包む。
時折やってくる兄貴の言葉が煩わしくて、僕は以前に増して自分の殻に閉じこもるようになっていた。
綾乃の前にいる時だけ、僕は息が出来る。
そんな僕のことを綾乃は知らない。
手を変え、品を変え、当たり前のように甘えてくる綾乃、君は毒だ。
毒づく心。それさえも今の僕は愛おしくて仕方がない。こんなの僕じゃない。
「ね、雅久君」
笑顔で振り返られた瞬間、すべてが掛け替えのないものと変わってしまう。
小さな肩を震わせ、そんな目で見られたら、無視することなんてできるわけないじゃないか。
――ハルとの架け橋。
「あんたバカ?」
意地悪く言う美優を無視した僕は、酒を煽る。
「だいたいさ、見苦しいのよ」
美憂は焼き鳥をひと串手にしたまま、僕を攻めたてる。
別に呼びつけたわけではない。
綾乃は僕を頼りにするように、美憂にも相談している。その繋がりで、頻繁に連絡が入る。というより、嫌味を言ってくるのだ。散々メールで罵り、それに飽きたらず僕の居場所を突き止め、のこのことやって来ては管を巻いて来るのだ、
「無視するな、へたれ」
酒が弱いのか、一口飲んだだけで顔を真っ赤にしての抗議を僕はひたすら無視の構え。
美憂に言われなくても、ハルの名前を綾乃の口から聞かされるたび、僕の心は充分、荒んで行っている。
「ね、聞いている?」
肩をぐいとつかまれ、僕は美憂を睨む。
思い出したくない一コマが、僕を攻めたてる。
窓を鳴らしていた風が治まり、綾乃が大きく息を吐き出す。
やっと話せるようになったらしく、指で涙を拭い、真っ赤な目の綾乃が僕を見詰めて来ていた。
「聖さんが……、別れようって……」
声を震わせ聞かされたその言葉が、ゆっくりと僕の中に浸透して行く。
僕なら……。
細い肩を振るわせる綾乃を抱きしめてやりたい。
しかし、臆病風に吹かれた僕は、伸ばし掛けた手をそっと綾乃の頭の上に置き、小さく笑いかける。
「男、見せろって言っているの。あんたに奪う勇気はないの?」
美憂が納得いかないってふうに、顔を覗かれるたび、苦笑いをして誤魔化してきた。
「やっぱクズだわあんた」
そんな言葉を振り払うように、僕は椅子に背を任せ、平然を装う。
「またいつもの癇癪、起こしただけじゃないの。気にすることはないと思うけど? 理由、聞いたの?」
聞く僕に、綾乃は大きく横に首を振る。
「だったら、まずは」
「でも、たぶんあの人のところへ行ったと思う」
僕の言葉を遮るように、綾乃が言う。
「あの人って?」
「写真の人」
「雅久君、どうしよう。私、聖さんと別れたくない」
パーティへ行きたいと言い出したのは、出席者である、彼女に会いに行くためだった。と、綾乃から聞かされ、僕は愕然とする。
ハルが上機嫌で仲間に加わって行った輪の中に、見知った人がいることを、僕は気が付いていた。
ハルがまだその人の子を、忘れないことも、おぼろげに気が付いていた。
言わなかったのは、綾乃のため……。
泣き崩れる綾乃を、僕は言葉もなく見つめる。
それから、ハルがパーティの日を境に寡黙になって行ったことや、綾乃を避け始めたことを、言葉を詰まらせながら、綾乃は話した。
――そしてハルは姿を消した。
こんな苦しい恋なら、しない方が良い。
僕なら……、僕なら、綾乃を泣かせたりはしない。
突き上げてくる思い。
壊せない二人の関係を前に、臆病風に吹きさらされる雅久の巻でした。




