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失恋バスター  作者: kikuna
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偶然再会。

諦めかけていた気持ちが揺さぶられる雅久だったが、しかし、それは辛い現実を突きつけらることでもあったが、しかしそんな三人の上にも、翳が落とし始めていた。


 

 しかし、事態が急展開したのは、それから一週間のことだった。

 その日、朝から荒れ模様で、僕は憂鬱な気分で仕事に出かける。

 しっかり目を開けていられないほど、雨風が強かった。

 配達にだいぶ時間がかかってしまった僕は、携帯を見て眉を顰める。

 待つことなく、綾乃は出た。

 「会いたい」

 消え入りそうなその声に、僕は苦笑いで訊き返す。

 「また、ハルとケンカ」

 だけど雨の音が邪魔して、その後の言葉が聞こえなかった。

 「綾乃ちゃん?」

 「雅久君、私たち、もうダメかも」

 僕は自分の耳を疑う。

 呼び出しは慣れっこだった。でも一度も綾乃の口から、そんな言葉を、聞いたことはなかった。涙声でも、いつだって前向きで、ハルを疑うことを知らない、そんな呼び出しばかりだったんだ。

 「何? 聞こえない。今、どこにいるの?」

 僕は受話器を握り直し、綾乃の言葉を聞い逃すまいと、耳を澄ました。

 雑談する声や雨音が。そんな僕らの間に割り込んで邪魔をする。

 電話が途切れ、繋がらなくなる。

 直感だった。

 上着を掴んで、僕は嵐の中へと飛び出して行く。

 良く聞き取れなかった待ち合わせ場所を探し、綾乃を探し、僕は荒れ狂う街を、走り続けた。

 ガラス窓に、雨がたたきつけられるカフェ。

 近くのの言葉だけが、頼りだった。

 街路樹が大きく揺れ、目に雨が入ってくる。

 僕は携帯を強く耳に押し当てて、あたりを見回す。

 駅前の公園のベンチで、ずぶ濡れになっている綾乃を見つけ、僕は思わず抱きしめる。

 「こんなところで何してんだよ?」

 「前に、雅久君が話してくれたのを思い出して」


 確かに話したことがあった。帰宅部と話す僕に、綾乃は口元に手を持っていき、家と学校の往復だけでつまらなくはなかったの、と聞いてきた。そうでもなかったとこたえる僕に、綾乃が言ったんだ。

 「早くに帰れる特権って何?」

 そう聞かれ、僕はなぜか、この公園で見上げていた夕空が目に浮かんだ。

 特別、何があるわけでもない。

 近隣の学校から時折聞こえてくる、間が抜けたトランペットの音が心地よくて、このままでいいのかって、漠然とした不安に駆られては、コンビニで缶コーヒーを買って、ベンチで何時間も音楽を聞いたり、考え事していた。遠い日々。

 話したくないことだらけの学生時代。

 綾乃にだけは、さらりと話せた。

 「遊ぶ時間が、沢山あったってことかな?」

 「何をして遊んでたの?」

 「ゲーセンとか」

 練習に明け暮れた。部活引退後は、萎れて行く自分を認めたくなくって、兄貴と比べられたくなくって、とにかくがむしゃらに突っ走っていた。だけど、それを口にすることは、出来なかった。

 嘯く僕の話を、綾乃は目を輝かせて、楽しそうに聞いてくれていた。

 もうその時から、僕は君に恋をし始めていた。


 ずぶぬれになった綾乃が僕を見上げ、戸惑うように笑う。

 「バカ野郎。何してんだよ」

 「ごめんなさい」

 綾乃は細い肩を、ガタガタ振わせていた。


 僕は目に入ったビジネスホテルへ綾乃を連れて行き、部屋を取る。


 それからの綾乃は、泣いてばかりで何も話そうとしなかった。

 とりあえずバスルームへ連れて行き、躰を温めるように言い渡し、僕はソファーに身を沈め自分の気を静めさせる。


 バスローブに身を包んだ綾乃が戻ってきて、小さく笑う。

 「雅久君も、躰、温めないと、風邪をひいちゃうよ」

 「大丈夫か?」

 「雅久君こそ、唇、真っ青になっている。早く、温まって来て」

 「僕は良いよ」

 「ダメだよ。明日も仕事でしょ?」

 仕事なんてどうでも良かった。

 濡れた髪が揺れ、バスローブから見え隠れする肌が、眩しくって、僕は綾乃に勧められるまま、バスルームへと消えて行く。


 最悪だ。

 こんな時にさえ、僕の躰は素直に反応して、綾乃を欲しがっている。


 戻ると、綾乃が窓辺に立っていた。


 二人の間に何があったのか、僕は知らない。

 僕は、綾乃を後ろから抱きしたい衝動に駆られながら、声を掛ける。

 振り向いた綾乃の瞳は、涙で濡れていた。

 「おまたせ。さ、話してみん」


 風は相変わらず、強く雨風が窓を叩きつけている。


 間が保てず、僕はルームサービスを頼む。

 濡れた服のクリーニングと、それと、パンケーキとホットミルク。

 ルームサービスはすぐにやって来た。

 「ごめん、ケーキ、こんなものしか頼めなかった」

 そう言う僕に、綾乃はすぐに壊れてしまう笑みを浮かべてみせる。

 「こういう時は、甘い物でしょ?」

 頷いた綾乃が目にいっぱいの涙を残し、ホットミルクに口をつけ、おいしい。と微笑む。

 「ごめんなさい。また泣き顔だね、私」

 「大丈夫か」

 頷く綾乃は、全然平気そうには見えなかった。

 僕は必死で虚勢を張る。

 それが綾乃にしてやれる、唯一のことだから。

 「で、今度はどんなケンカしたの?」

 綾乃は俯くばかりで、答えようとしなかった。

 いつものように甘えた声で、ハルにこうして欲しい、ああして欲しいって、怒りつつ、泣きつつ、結局それはのろけで、太刀打ちできないことを思い知らされる。そんなおしゃべりを、綾乃は一向に始めようとしなかった。

 ただ肩を振るわるばかりで。

 余裕ぶりたかった。

 大人、と思われたかったのかもしれない。

 足を組み、コーヒーを口に運ぶ。

 全然余裕なんてないくせして。

 「また例によって、綾乃ちゃんの一人合点じゃないの? ハルも不器用な奴だからな。アーティストらしく、もう少し表現がうまければいいのにな」

 ほら笑って話せって。いつものように、心の準備はできている。

 ケーキを頬張り、そうでしょうって。怒りつつ泣きつつ、結局のろけになっちゃう話をさ。あまりのばかばかしさに、僕は思い切り鼻で笑ってやるから。そして、綾乃が喜びそうな言葉を並べ、その背中を押してやる。それで綾乃が笑えるなら。誰になんて言われても、そんなの関係ない。だから……。

 だけど、その日の綾乃は違っていた。

 じっと下を向いたまま、声を殺し肩を振るわせたまま、僕を見ようとしなかった。 

 「綾乃ちゃん?」

 「何でこうなっちゃったかな? 私ね、なんだかんだ言ってても、自信があったんだ」

 肩を震わせながら言う綾乃が、顔を上げ、笑ってみせる。

 だけどそれは失敗に終わり、瞳から大粒の涙が溢れ落ちる。

 だから放って置けなくなる。

 世界一、バカな男だって知っていても……。


綾乃のことを悲しいほど好きだってことを思い晒される雅久の巻でした。

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