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雅久の努力のかいもあって、綾乃とハルが付き合い始める。
そんな矢先、涙声の綾乃に呼び出され、雅久の心が揺さぶられる。
泣き笑いをしながら、綾乃は最後の一口に差し掛かっていた。
これだから、と僕は手を拱く。
「もしもし、お嬢さん、何かお悩み相談だったのでは?」
呆れ顔で言う僕に、綾乃は顔をクシャッとさせる。
「……ごめん……なさい。美憂に、怒られちゃったから。私、泣かないようにしようって」
「は? 意味、分からないけど」
「雅久君を困らせてるって、でもでも、頼れるの雅久君しかいないし……。ごめん、なさい」
潤んだ瞳で見つめられ、僕はそっと視線をカップへと移す。
「女って面倒くさいな。あの女が何を喋ったか知らないけど、どうせくだらなことだろ? 気にすることないんじゃない。僕で良かったら話、聞くし。ゆっくりでいいから話してみん」
僕はゆっくり目を上げ、微笑んでみせる。
僕の精一杯の強がりに、綾乃が嫌になってしまうくらい眩しい笑顔を見せる。
喉の奥が、ギュッと締め付けられながら、そんな余裕、どこにあんのさ。一人突っ込みを入れながら、余裕の笑みを浮かべ、綾乃を斜に見る。
まっすぐ見つめてくる綾乃の瞳に、決して僕は写っていない。
痛いほど分かっていた。
でも、それでも良いと思った。
「あのね、もしかしたら私の思い過ごしかも知れないけど、聖さんを疑っているわけじゃないの。でも私、不安で」
「前置きは良いよ。ハルがどうかした?」
「私、彼の部屋で見つけちゃったの」
「何を」
この涙もろいのは、目の下にあるほくろのせいかな?
迂闊にも、僕は綾乃の泣き顔を見ながら、そんなことを考えていた。
「女性と、嬉しそうに並んでいる写真」
少し間をあけて、僕は素っ気ない返事を返した。
そんな僕に、綾乃が不安そうな目で見る。
「あのマスクだし、そりゃねぇ、過去に一人や二人、いてもおかしくないっしょ?」
「やっぱりそうですよね」
綾乃は、目を伏せてしまう。
自然に伸びた手が、綾乃の髪に触れそうになり、僕はハッとする。
「そんなに心配なら、僕の方からハルに確かめてあげようか」
携帯を取り出す僕の手を、綾乃が掴む。
「大丈夫。私が自分で聞いてみる」
涙が残っている瞳に、強いものがあった。
「分かった」
こんな思いをさせられるくらいなら、美憂のように、とげとげしい憎まれ口、叩いてくれてくれたなら、嫌いになれるのに……。
胸の前で小さく手を振った綾乃が、ハルの元へ駈けだす姿が、目に焼き付いて、頭から離れなかった。
まっすぐ家へ帰る気になれなかった僕は、フラリと居酒屋へ入って行く。
酎ハイを続けて三杯飲んで、そして僕の意識は飛んだ。
気が付くと僕はカラオケボックスに居て、美憂が熱唱していた。
起き上がった僕を見て、美憂がマイクで話しかけてくる。
「やっと起きた。ここまで運ぶの、大変だったのよ」
美憂の声が、頭に響いた。
「喚くなよ。頭が割れる」
「はい。これでも飲んで」
僕は水を手渡されたが、そのままソファーへ崩れ落ちる。
「だらしないな」
「て、言うか、なぜ、僕は遠野さんと一緒にいる?」
「覚えていないの?」
「美憂、助けてくれ。僕一人じゃ、御酒に溺れ死ぬって、電話、してきたでしょ」
「嘘を言うな。僕がそんな電話をするはずがない。第一、僕は遠野さんの携帯番号を知らない」
「何だ、そういうところは、しっかりしているのね」
「良いから、教えろよ」
「何、その態度? 最低」
天井がグラグラしていた。
最悪な気分だった。
勝手に涙が溢れてくる。
美憂はそんな僕にお構いなしで、歌い始めていた。
ずっと、自分の殻に閉じ籠ったままでいれば良かった。
あの日あの場所にさえ行かなければ、何も知らないままでいられたのに、どうして……。
翌々日、配達をする僕に、綾乃からメールが送られてきた。
結局、ハルに話を聞けていないらしい。でも幸せそうにしているのが、伝わってくる。
僕は、良かったねのスタンプを送り、そのまま電源を落とす。
癪に障るほど空が青く、眩しい。
思い切りアクセルを入れる。
縁石にタイヤが擦れて、そのまま躰が横へ傾く。
僕はバカだ。
「大丈夫ですか?」
そんな声を遠くに訊きながら、初めて会った日の綾乃を思い出していた。
好きが溢れ出す雅久の巻でした。




