13
何もなかったことにすることで失恋のイタミを忘れようと思った雅久に、綾乃からのメール。
綾乃とハルがその後どうなったのか、気にはなっていたが、僕はなるべく考えないようにしていた。
残暑が厳しく、まだまだ暑さが続く予報にげんなりしながら、僕は仕事へ出掛ける日々。
里中からポツポツ送信されるメール。
内容から、兄貴とは会えていないようだった。
寂しさを僕で埋めないで欲しい。
独り言ちり、僕はベッドに横になり、ゲームを始めたその矢先だった。
「だから」
メールに邪魔され、僕は眉を顰める。と同時に飛び起きていた。
僕は目を疑った。
綾乃からのメールだった。
ハルと二人姿を消して、もう10日以上経っている。
複雑だった。
今更と思いながら、心のどこかで喜んでいる自分が居た。
返信を打つ、指が震える。
いつになく、不愛想な言葉。何と一言だけの返信に、綾乃はすぐ、電話を掛けてきた。
今にも泣きだしそうな、消えそうな声に、僕は無下にできず、気が付くと上着を掴んで部屋を飛び出していた。
ダメナボク。ミレンガマシイ。アアナントデモイッテクレ。
誰に言うでもなく、僕は自分に言い訳を繰り返しながらペダルを踏んで行く。
綾乃が指定してきたのは、最初に待ち合わせをしたカフェ。
肩にカーディガンを羽織った綾乃が、僕を見つけ手を軽く上げて見せる。
少し合わなかっただけなのに、きれいになった気がする。
赤い口紅のせいだろうか。
僕は大袈裟に、ヨッコラショ、と言いながら腰かけ歩いていたウエイトレスにコーヒーを頼む。
ここまでのシュミレーションは、来るまでに、散々頭の中でしてきた。
「ハルと、ケンカでもした?」
コーヒーを一口飲んで、聞く。
これも上出来だ。
目を潤ませた綾乃が、僕をまっすぐ見てくる。
これは反則だ。
僕は目のやり場に困る。
カップを持つ手が震えないように、必死だった。
さりげなく足を組み、目線を外す僕を綾乃はどう思うだろう?
馬鹿げたことだと、自分でも分かっている。
くだらない期待をして、どうする? とも思う。
上目遣いの綾乃に、僕の胸が締め付けられる。
「聖さんって、本当に好きな方、いらっしゃらないのかしら?」
分っている。分かっているんだ。この髪もこの唇も、涙さえ、全部ハルのためにあると居ても過言じゃない。
すぐに言葉が出てこなかった。
「何よ。どうしちゃったのよ」
無理して明るく振る舞う僕に、綾乃が堪えられなくなった涙を一粒、頬に伝わせる。
「あれ、それしあわせの涙?」
どう見たって違っていた。でも、言わずにはいられなかった。
俯く綾乃を、少しだけ困らせてやりたいと思った。
「二人であの後、よろしくしたんでしょ? 心配、いらないでしょ?」
「それは……」
ストローの袋を丁寧に折り畳んだ綾乃が上目遣いで、僕を見る。
ほんのり頬が赤くなっていた。
「聖さん、怖かったけど、とても優しくしてくれて嬉しかった」
聞きたくない話に、僕は苦笑いをする。
「あいつ、酔っていたみたいだったけど」
「そうね。だけど聖さん、酔っているからじゃないよって言ってくれて、私の告白、本当は嬉しかったけど、雅久君の手前、格好をつけたって」
はにかみながら、綾乃が僕を見る。
僕の胸の奥で、悪魔がほくそ笑んだ気がした。
「のろけるね。ひょっとしてそれを聞掛けたくて、僕を呼びつけた?」
冷たい口調の僕に、綾乃が目を大きくする。
「そうだけど……、私を抱くたび、愛しているって言ってくれている。けど……」
「聞きたくねぇ。綾乃ちゃん、天然」
「そうかな? でもお世話になった雅久君にはちゃんと報告するべきだって、思ったから」
「言うね」
喉が、心が、砂漠のように乾ききって、どこにも行きつけない気がした。綾乃は、そんな僕に全く気が付いていない。
フッと僕の唇が緩む。
こんな綾乃が僕は良いんだ。そう思ったら急に笑えてきた。
運ばれてきたケーキを、フォークで突っつきながら、話を続ける綾乃を眺めながら、僕は優越感に浸る。
ハルには見せられない、本音の綾乃を僕は知っている。
これで良い。これさえあれば、僕は良い。
独りよがりの僕の呟きを、綾乃は知らずに、涙目でケーキを口に運んではハルの話をする。
それが何よりも罪だってことを知らずに。
綾乃の様子を見て、淡い期待を抱く雅久の巻でした。




