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待ち合わせ場所に、なかなか現れなかったハル。
怒る美優を尻目に、ハルは綾乃の手を取り、二人して姿を消してしまうのだった。
夕映えには少し早い公園のベンチに一人、腰かけ僕は空を見上げる。
諦め癖がついてしまった自分に、嫌気がさす。
ポケットの中、携帯が鳴り始めていた。
誰からなのか、おおよそは見当はつく。
一瞬、出ることを僕は躊躇う。
「ガッちゃん、今、どこにいる? もしかして、綾乃と一緒だったりして」
遠慮のない物言いに、僕は苦笑する。
「一緒じゃありません。駅前の公園で、一人、黄昏ていました」
言い切って、涙が出そうだった。
「一人で?」
「何か不服でも」
くぐもった僕に、里中は察してくらたのだろう。
「ないです。それより、今から会わない?」
淡々とした言葉が返ってきて、僕は眉を顰める。
「嫌です。兄貴と会えばいいじゃないですか」
里中には自分を曝け出せるのが、自分でも不思議だった。
「そうよね。私もそう思ったのよ。だけどカズ君、今すごく忙しいみたいで、今日も仕事しているらしいのよ。ガッちゃん、こんなおばさんじゃ嫌?」
そういうことじゃなくて……。
呆れている僕にお構いなしで、里中は一方的に話を進め出す。
「ホテルのレストラン。バイキングの割引券をもらったのよ。しかも今日までで、一緒に行ってくれると嬉しいな。ネ、お願い。おばさんい親切にしておいて損はないわ」
「こんな時ばかり、年寄りぶって」
「エヘ」
「かわいくないので、止めてください」
「じゃあ、待ち合わせは前の場所で良いわね」
「ちょっと待ってくださいよ」
僕の声も虚しく、里中の電話は切れてしまっていた。
行くしかなかった。
折り返し掛けた電話は繋がらず、着くころようやく返事が戻ってきた。
流石兄貴の恋人。
にっこり微笑む里中を見て、つくづくそう思う。
おいしそうに料理を頬張っていく里中を眺めながら、僕は溜息を吐く。
何も食べる気には、なれずにいた。
「前も思ったけど、ガッちゃん、食が細いね」
あなたが食べ過ぎなんだ。
人目も気にせず、料理を頬張る里中に言ってやりたいが、僕は目を伏せ、料理にがぶりつく。
「良いね。男はそうでなければ」
「あの、里中さん、一つ質問しても良いですか?」
僕は目を上げずに聞いてみた。
「嫌だガッちゃん。仰々しくしないで。ガッちゃんのこと、弟と思って、接しているのよ私。みどりって呼んでよ。水臭いな」
苦笑いをする僕に、里中は目を細め言い繋ぐ。
「何なら、みどり姉さんって呼んでも良いわよ」
「じゃあみどりさんは、兄貴と、そういう関係になっているんですか?」
「そういう関係って? 男と女が営むあれのこと?」
そういうことを言う人ではない、と、僕は勝手に思っていた。どこを取ってみても、上流家庭の育ちだってことは、一目瞭然だった。それなのに……。僕の勝手な思い込み。そう言われてしまえば、それまでだけど、一気に幻滅して行く僕にお構いなしで、里中は意図も容易く、パンを頬張りながら、何でもない顔をして、まるでおいしいっていうような口ぶりで、言ってのけた。
押し黙ってしまった僕に、里中は、ん? と首を傾げる。
「そうじゃなくって、結婚するのかってことです」
ついムキになって言ってしまった僕に、里中はおどけてみせる。
里中の顔が、一瞬曇ったように見えた。気のせいかもしれないけど……。
「すいません」
「なぜ謝るの?
笑窪を作り、微笑む里中を僕はまっすぐに見れずにいた。
何となく、見ちゃいけない気がしたからだ。
「いや、何となく。余計なこと、聞いてしまったかなって」
「カズ君はどう考えているかは知らないけど、私はそうなりたいって願っているわ。もう何年も」
里中も、こんな顔をするんだと、僕は思った。
「もう何年もって」
「私、カズ君のこと、ずっと好きだったの。自分でも呆れるほど長い間。もう半端ではないのよ。私の片思いは年季が入っているの。だから少々待たされても平気」
「二人はどこで知り合ったのか、聞いても良いですか?」
「知りたい?」
「できれば」
「カズ君と出会った時、実はガッちゃんも一緒にいたのよ。覚えていないでしょ?」
「はぁ」
抜けた声で言う僕を見て、里中がケラケラと笑う。
「覚えていないのも無理もないわ。ガッちゃん小さかったし。でもね、人の縁なんて、どこに転がっているかなんて分らないわ。私とカズ君だって偶然がもたらせた奇跡だって、私本気で思っているんだ」
綾乃と同じ顔をして話す里中に、僕は確信をしていた。
ゆるぎない愛。
僕には太刀打ちできない領域が、そこにはあった。
「そんなことより、あなたたちはどこまで進行しているの?」
さらりと話題を変えられ、僕は聞かれたくない話題を振られ、ギクッとする。
僕の表情を読み取った里中が、身を乗り出す。
「まさか、進展なし?」
「なしというか、皆無って言った方が……」
数秒後、里中の怒りに満ちた声が響き渡り、僕は慌てて口の前で指を立てて、静まらせるのに必死になる。
「なんですって?」
「必然的と言うか、僕とハルじゃ、当然の流れかと」
「ガッちゃん、あなたバカ?」
美憂と同じ反応に、僕は苦笑する。
「取り返しなさいよ」
「取り返すって。どうして僕が綾乃さんを好きっていう前提なの?」
「勘よ、勘」
「勘で話されても」
「バカね、恋なんて直感で動き始めるものよ。パーティ会場で綾乃を見た時のガッちゃんの顔を見て、私は落ちたって、ピーンときたわ。私の勘、バカに出来ないわよ。ああ何でそうなるのかしら? もう仕方がないなぁ。お姉さんが何とかしてあげましょう」
両手組みで言う里中を前に、僕はすっかり怖気づいてしまっていた。
「気持ちはありがたいですけど、ご心配無用。僕はこのままでいいですから」
「何を言っているの? 諦めてどうするの?」
「里中さんがムキになることでもないし、僕の人生だから」
「里中じゃない、みどり姉さん。ガッちゃん、あなたは間違っている。あなたは一人で生きているつもりだろうけど、あなたの人生、大勢の人が関わっているのよ。そんな淋しい顔をして、俯く弟を放っておけるわけないじゃない。誰が何と言っても、私はあなたを応援する。そう決めたの」
里中に熱く語られ、僕は苦笑いでその場を取り繕う。
兄貴といい、里中といい、僕の人生に、どうしてこうも関わってこようとするのか、判然としないまま、話が進められて行く。
「作戦、練ろう。私、協力するから」
「そういうのはもう」
「カズ君、呼ぼうか。弟のピンチなら、きっと仕事なんかそっちのけでやって来るわよ」
あの仕事人間が、そんなことがあるわけがない。
「本当にお願いですから、何もしないでください」
「それで本当に良いの?」
僕は頷いて見せる。
納得いかない顔をする里中に、僕はもう一度念を押して頼む。
「だったら別の子を」
次の相手を探そうと携帯を取り出す里中に、僕は丁重に断りを入れる。
玉砕してしまった恋。
初めて味わう失恋の痛手に、ショックを隠せない雅久だった。




