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失恋バスター  作者: kikuna
10/29

10

 日曜日のスクランブル交差点。

 人の多さに目を細めている僕に、着飾った綾乃が手を振る。

 それだけで僕の心は弾んだ。

 「どうも」

 不愛想に言う美優に、一瞬間をあけて、オウム返しをする僕を見て、綾乃が弾けんばかりの笑顔で言う。

 「2対2の方が自然かなって思って、勝手に美憂を連れてきたけど、大丈夫だったかしら?」

余程この日を、待ち侘びてきたのだろう。

 屈託のない笑顔に、頷くしかなかった。

 悔しいほどに、今日の綾乃は綺麗だ。

それなのにハルは……。


 改札口。

 発着が数度繰り返され、ハルは一向に姿を見せようとしなかった。

 僕は焦る気持ちを抑えながら、携帯を鳴らし続ける。

 「ねぇ、本当に来るって言っていたの?」

 美憂の冷ややかな目から逃れるように背を向けた僕は、携帯を握る手に力が籠る。


 「綾乃、聖って人、諦めた方が良いと思う。きっとあなたに相応しくない」

 「でも」

 「こんな約束一つ、守れない男よ。きっとだらしない性格なのよ」


 電話を切った僕は、気が付くと美憂に言い返していた。

 庇う気などなかった。寧ろ、腸が煮えくり返って、ハルのこと、殴ってやりたい。と思っていたくらいだ。

 「ハルは一風変わっている奴だけど、連絡なしに約束をすっぽかすような奴ではない」

 そう言い張る僕に、美憂は口を尖らし責め立てる。

 「だったらなぜ来ないのよ」

 「まさか、事故に巻き込まれたってことはないですよね」

 目を潤ませる綾乃に見詰められ、僕は携帯を握り直す。

 無性に腹が立った。

 「もう47分28秒も過ぎましたけど」

 ムッとした僕の目の端に、青ざめた綾乃が映る。

 居たたまれなかった。

 ハルなんか、止めちまえよ。そう言ってやりたいのは、誰でもない、この僕だ。

 怒りの矛先が違うのも、綾乃が困るのも、僕は、僕は……。

 「ほら綾乃、行こう」

 美憂に手を取られた綾乃が、救いを求めて僕を見る。

 そんな目で見ないでくれ。

 心が叫ぶ。

 「止めよ。綾乃さん、嫌がっているじゃん。帰るなら、自分一人で帰りなよ」

 「何? 意味不明なんですけど。こうなったのって、私のせいなわけ?」

 「僕ではないことは確かだ」

 「は? 責任逃れですか?」

 「事実を言ったまでだけど」

 「でも、あなたのお友達でしょ。あなたにも責任あるわよね」

 「とんだ言いがかりだ」

 こんなにムキになったのは、何年ぶりだろ?

 どこからこの憤りが湧いてくるのか、体中が熱帯びて行く。

 「二人とも、お願いもう止めて」

 戸惑いを見せる綾乃に、僕は目を奪われる。

 「待っていたって、聖ってやつ絶対に、来ないよ。綾乃、帰ろう」

 「もう少し、待とう。もしかしたら寝坊しちゃったのかもしれないし、時間、勘違いしているかもだし」

 必死の抵抗をする綾乃の言葉一つ一つが、僕の心に突き刺さる。


 どうして……どうして……どうしてなんだ。

 二人に背中を向け、再び僕は電話を握りしめる。

 「綾乃、悪いことは言わない。もう無理だって。脈、ないよ。諦めた方が良いって」

 「そうかな」

 「その聖って男、絶対クズだよ」

 さすがに聞き捨てならない美憂の発言に、僕は電話を切り、言い返してやろうと振り返る。

 その時だった

 「雅久君。あれ」

 遠くを眺めていた綾乃が指さし、嬉しそうに僕たちを顧みる。

 ハルは悪びれる様子もなく、こちらに向かって横断道を渡っているところだった。

 「マジ、ムカつく」

 美憂の呟きに、僕も同感だった。

 「どうしてこっちから来た?」

 怒りを押さえて聞く僕に、ハルは大きな欠伸をしながら答える。

 「久々に、安さんに呼び出された」

 「安?」

 安と言うのは、水泳部のコーチで、ハルが最も嫌っている人物だった。

 絶句する僕を見て、ハルが薄く笑う。

 「ハル、嘘を吐くな。本当のこと、話せよ。大体遅れてきて、その態度、ないでしょ?」

 僕はハルの胸倉を掴んでいた。

 「聖さん、今日来てくれて、どうもありがとうございます」

 ん? とした顔でハルが僕を見る。

 そんなのはもうどうでも良かった。

 さっきまでの不安気だった綾乃が、弾けんばかりの笑顔でハルを見ている。

 鼻を鳴らしたハルが、綾乃を見て目を細める。

 予想外の行動に、僕は唖然としたまま、忘却者とかしていた。

 「おい、放せよ雅久。レディの前だぞ」

 僕の手を払ったハルが、この上ない笑顔で綾乃に微笑みかけている。

 「何かあったのかと、心配しちゃいました」

 綾乃の頬が、ほんのり赤くなっている。

 言葉がなかった。

 「ごめんねぇ。雅久からこんなかわいいゲストさんが来ていること、知らされていなかったから。知っていたらもっとおめかしして、待っていたんだけどね」

 軽佻な口を叩くハルに、綾乃は口に手を当て、本当に幸せそうに笑っている。

 完敗だ。

 そう思った僕は、笑顔を作り会話に加わって行く。

 「わりぃ。驚かせようと思って。で、何で遅れた?」

「急の呼び出しで、久々だったし、ついつい深酒になっちまった。目、覚めてビビったわ。安さんのすね毛だらけの足が腹の上に乗っていて、頭はいてぇし、携帯は電源切れだし、これでも頑張って来たのよ俺」

 こんな優し眼差しをするハルを、僕は初めて見た気がする。

 「そうだったんですね。お酒、お強いですか?」

 「お強いってか?」

 何がおかしいのか、笑い出したハルに、美憂がムッとした声で突っかかって行く。

 「ちょっとあなた、散々人を待たせておきながら、その態度、おかしいでしょ」

 「はん。誰?」

 「聖さん、紹介します。私の友達の、遠野美憂さんです」

 「ふーん」

 興味なさそうに返事をするハルに、勝ち気の美優には許しがたいものがあったのだろう。

 「人として、どうなの? 詫びもなく。ああ許せない」

 食って掛かる美優を横目に、僕の心は凍り付いてしまっていた。

 「あの人、何か怒っているみたいだけど、えっと、ごめん、名前、何だっけ?」

 「四十万綾乃です」

 「綾乃ちゃん、可愛い名前だね。綾乃ちゃんも、怒っている?」

 「私は、大丈夫です」

 目を伏せて、答える綾乃の肩をハルは抱き寄せる。

 「外野、煩いから二人でどこか、行こう」

 耳打ちをされた綾乃の目を大きくして、ハルを見返す。

 

 お似合の二人。

 そんな言葉が僕の頭に渦巻く。

 微笑み返す綾乃が、眩しかった。


興味がないと言っていたのに……。


 「綾乃、走れ」

 何も分からないまま、ハルに手を引っ張られ、綾乃が僕から離れて行く。

その顔は、見ていられないほど幸せそうで、僕は泣きそうになる。

 「あんたも、あの男もクズだね」

 すっかり美憂の存在を、僕は忘れてしまっていた。

数秒、間を置いた僕が言い返す。

「うるせえ」

 「感じ悪っ」

 どうしてこんなに、腹が立っているのに、涙が出るのか分からなかった。

 「ハルが罵られるのは、僕にも理解できる。今日のあいつは最低だ。だけど、なぜ僕までがそんな言われ方をされなければならない?」

 喚き散らす僕に、美憂も負けていなかった。

 「クズをクズと言って何が悪いの? 涙が出るほど、綾乃が好きなくせして、何をしているの?」

「そんなこと」

 「あるよね。嘘つき。だったらなぜ、綾乃があの男の話をしている時、苦しそうな顔をするのよ」

 「してない」

 「しているよ。今だってそう。そんな泣きだしそうな顔してさ、良い人ぶっちゃって。そんなに好きなのに、恋の手伝いなんかするかな? バカじゃないの?」

 僕は返す言葉がなかった。

 「私、帰るわ。あんたはどうする?」

 僕の手には、クチャクチャになったチケットが握りしめられていた。

 「これ、勿体ないから行く? 付き合ってあげても良くってよ」

 僕の手からチケットをひったくった美優が、ため息交じりで言うのを、遠くに見ていた。

 それからのことは、あまり覚えていない。

 二人で美術展を一回りして、イタリアンレストランで食事を摂った。

 美憂は相変わらず棘がある口調で、僕のダメ出しをして、それでも僕はうわの空で、二人で消えて行った姿が頭からはなれずにいた。

 「つまらない一日だった」

不満を顕にする美憂に、僕は苦笑して別れる。

これで僕の役目は終わった。

そう思った瞬間、温かいものが頬を伝う。

初めて味わう痛みに、その温かいものはしばらく止まることはなかった。


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