醜態と憂鬱 後編
前回の続編であり、後編ということで最後です。抽象的な表現が多いと思いますが、それでも感じたものを描くことに努めました。読んで頂ければ幸いです。
空虚な空間を見つめていた。
気がつくとそれはあった。
視界を覆うほどのそれは海に起こる大きな渦潮のように見えたし、宇宙空間に現れ、あらゆるものを吸引するブラックホールのようでもあった。
あるいは炭鉱で黙々と穴を掘る鉱員の見るであろう景色かもしれない。
とにかくそれはとても大きく、自身など容易に飲み込まれてしまいそうなほど強大な力を持っているように思えた。
その渦のようなものは彼が幼少の頃から見えていた。
それは無意識のうちに生じ、気づくといつもそこにあった。
そして、それ自体はごく自然にそこにあったため存在について疑問に思うことは少なかった。
しかし、彼は最近それを見る度に一体何なのか気になって仕方なくなっていた。
彼はその渦について思考せずにはいられなかった。
まるでその渦の中心に引き込まれるように。
彼はその渦を何かしらの視覚障害がもたらす病気か何かだろうという考えに落ち着かせたりはしなかった。
なぜなら、それはある種の一体感を、感じさせるのだ。
時間、経験を通して確立された形而下的な存在ではなく、より根本的な自己の一部として
元からそこに存在したもののように感じられたためである。
だからこそ、それを理解するというところまでは至らずとも、現在の自分がその事象の一端を知ることができれば、不安定で抽象的な自分という人間の本質に(ある程度は)到達できるのではないかと考えたのだ。
そうしてまた気がつくと自分はやはり教室にいた。
昼休憩の最中らしかった。
しかし、時計の針はすでに1時時17分を指していた。
教室の空気がやけに生暖かい。
換気は十分にされているはずなのだが、それにしても、とても気持ちのいい空気ではない。
今日の空模様はあまり優れない。
厚さのある雲がまるで自分より下にいる人間を見下し、嘲笑しているように見えた。
昼食はすでに済ませていたので、片付けをして次の授業の準備をする。
まだ少しあの渦の余韻は残っていたが、それが完全に消えるまでそれほど時間は要さなかった。
全身を覆う倦怠感と肉体的な疲労を感じながら次の授業の担当である教師を待った。
午後の授業は午前中に比べて名指しで解答を迫られることはなかったので、それほど苦労せずに終わった。
一貫して無機質でとりとめのないことを考えていた。
帰りのHRが終わるとクラス内の喧騒は勢いを増し、それは彼のあらゆる平静を打ち消した。
もちろん彼はそれを不快に思わないはずがなかった。
それどころか憤慨さえした。
そのため彼は早足で歩き、入り口にいたくだらない談笑をする烏合の衆を押しのけて半ば強引に教室を出た。
彼はいつも自転車で通学していた。
駐輪場で彼は帰宅という目的を得ると、一時的に感情の高ぶりと安堵に身を浸らせた。
彼を幽閉し、苦しめていた監獄はもう見えない。
帰路の途中、彼は周囲の人間を虚ろな目で眺めていた。
十字路で赤信号を無視して危うくグレーのワゴン車にひかれるところだったにも関わらず、それを気にも留めない他校の学生。
大きなダンボール箱を気怠るそうにトラックへ運ぶ配達員。
住宅街に建つ見るからに古めかしいアパート。
『そしてそこから聞こえる赤子の泣き声』
彼はそこで不意に憂鬱を感じた。
憂鬱を感じることなら日常的に起こっていたのです普段なら気にしなかった。
しかしこの時だけは、これがあの渦の意味を理解するマテリアルなのだと悟った。
つまりそれは自分にとって憂鬱は、自身が生きている限り消えることはなく、あの渦は『自身にとって無くてはならないもの』
なのだということを悟った。
本当はラノベを描く予定だったのですが、以前書いていた短編をどうしても載せたくて書きました。次描くときはラノベを書こうと思ってます。ジャンルも全然今回と違うと思います。
初心者で不器用な表現ばかりですが次の作品もよろしくお願いします。