エピローグ
エピローグ
人間界をあとにして、魔界へと戻る。
体に傷を負った者が多くいたが、それでも顔は晴れやかだった。
少ない期間ではあったけれど、それでも魔界でできた友達が数多く待っている。とびっきりのお酒と料理も待っててくれるかもしれない。
期待に胸を弾ませながら街へ入って行く。
太陽はすでに半分以上地平線に隠れてしまっていたが、街は復興に向けて活気に満ちている。
それでも、俺たちを見つけた瞬間に駆け寄ってくれた。
どうやら、今日は街全体で宴会が催されるようだ。
アルトさんの自宅に戻り、風呂を済ませて食卓へと向かう。
すると、今までにない豪華な料理と、見るからに高そうな酒の瓶がずらりと並べられていた。
「いいんですか、これ?」
コルトの母親に聞くと、にっこりと答える。
「ええ、もちろん。あの人もお酒を飲めるまでには回復したもの。今日開けなければ、今後永遠に酒蔵で眠ったままよ」
ふと見ると、アルトさんは松葉づえをつきながらも食卓に並んでいた。
アルトさんだけではない。
俺が人間界で一番初めに友達になったサイも。
サイの親戚で、勇者を名乗り魔人と敵対していたはずのアマネも。
そのアマネと最も仲良くなった、刀鍛冶のリンカも。
俺の元いた世界からきた、ユキも。
マリーを始めとする魔王軍の全員も。
……そして。
最後の戦いに人間界へ赴いたメンバーが空いている席に座る。
魔界へ来た時、色々とはあったが俺を仲間に引き入れてくれた、ベレッタ、カトラス、コルト。
堕天使のルシフェル。
神の分身であるギルガメシュ。
始まりの魔女ウィズ。
最後に、また別の世界から来た、元魔神のウィズ。
年齢も、性別も、人種も、世界線ですら関係ない。
この光景を見るために、いくら死にそうになりながらも闘い続けた。
「では、乾杯の合図は誰にして貰いましょうか」
全員が着席したところで、場所を提供してくれたアルトさんが、辺りを見渡した。
といっても、屋根は吹き飛んでおり、空を見上げれば満天の星空が浮かんでいる。
家の敷地の外ではすでに宴会が始まっているところもあるのか、何やら歓声が響いている。
「……うーむ、やはりここは魔王であるベレッタさんに言ってもらいましょうか」
アルトさんが乾杯の音頭を取る人として指名したのはベレッタだった。
そんなベレッタに、ある男が近づいていく。
それは、天下一魔王杯でも実況を務めていたマイクと言う男だった。
『では皆さん、お待たせいたしました! 我らが魔王、ベレッタさんの乾杯の合図が始まります! すでに飲み始めている方も、再び乾杯といたしましょう!』
その声は、街全体に響いている。そとからの歓声が一瞬大きくなったかと思うと、波を打ったように静まり返った。
ベレッタは大きく息を一つ吸うと、マイクの能力を借りて街全体へ語りかける。
『600年前、私たちは魔人となった。その元凶となったエーベルハルトを、今日討った。私が物心を着いてから恨み続けていた人物を、自分の手で葬った。それが出来たのは、皆の支えがあったから。乾杯の合図なのだけれど、私を特に支えてくれた人に任せたいと思うわ。……ね、ルーク』
「……俺?」
突然呼び出された俺は、仕方なくベレッタとマイクの方へ向かっていく。
子供の頃からベレッタの世話役をしていたカトラスが、怨めしそうに見ていたが、気にしない。
『えー、なんだろう』
この放送は、街全体が聞いているのだ。
子供の頃は、学校のクラス全員の前で話すだけで震えていた俺だったが、規模が違いすぎるのか、それとも成長したからなのか、特に緊張はしていない。
それでも、この壮観を目の当たりにすると、何だか込み上げてくるものがあった。
そのせいか、何を話せばいいのか頭の中でこんがらがっている。
纏められそうにないので、思いつきで話すことにした。
『こんな所で言うのもなんだけれど、俺は元々、この世界の人間じゃなかったんだ。何を言ってるんだと思う人も多いだろうけど、天使とやらに連れられて俺はこの世界に来た。今この場所には、同じように違う世界から来たやつや、人間も魔人も神も元天使も、色んな奴がいる。でも、もうそんなことはどうでもいいんだ。今日、それは全て清算できた。あとは楽しく飲むだけだ。せっかくの料理が冷めちまう。こんな宴会が出来る日が毎年来るように期待を込めて……乾杯!』
グラスを掲げると、みんなのグラスも同様に天へ向けて掲げられる。外からも、乾杯と言う叫び声が響いてくる。
グラスに注がれた酒を一気に飲み干すと、傷付いた体が歓喜の声を上げるように熱くなっていく。
今まで飲んだ酒で、一番うまく感じる。
酒と言うのは、人生を表すのかもしれない。
まるで今日一日の出来事が、生まれてから今までの経験全てが、味覚に訴えてくるように。
酒には色々な味が含まれている。悲しい出来事さえも、乙なものに変わっていく。
「……変な味」
隣に座っていた元魔神のウィズが、酒を口にして呟いた。
「初めて飲めばそうかもね。飲んでいくうちに分かってくよ。それより料理を食べなよ」
テーブルに並べられたのは和・洋・中の料理に、どこの料理か分からないものまである。
「……美味しいな。……美味しい。食事がこんなに美味しいなんて、600年間、知らなかった」
そう言って初めて、笑顔を溢す。
初めてみせた可愛らしい笑顔に、少しだけ悪戯心が湧きあがる。
「ほら、酒ももっと飲んで。酒はな、飲めば飲むほど美味くなるんだよ」
「そうなのか」
グラスを乾かせ、酒を注ぐ。
慣れていないのか、すぐに顔が赤くなっていった。
「ちょっとルーク、あんた他人にばっか飲ませて自分は全然飲んでないじゃない」
対面に座っていたベレッタが文句を言ってくる。
すでに出来上がっているのか、呂律があまりうまく回っていない。
「それなりに飲んでるよ。ベレッタもペースが早すぎると、宴会を最後まで楽しめないぞ」
「いいのよ別に。それよりルーク、まさかその女の事が好きなわけじゃないでしょうね」
別世界とは言え、尊敬していたと言っていたウィズの事をその女呼ばわりとは、もう素面とは思えない。
「……そう、なのか?」
俺が飲ませすぎたのか、ウィズの方も顔が赤く染まりつつある。
「いきなり何を言い出すんだ……」
答えに困っていると、斜め前に座っていたコルトまで乗っかってくる。
「では、間を取ってわたくしという事で!」
「……コルトは日本酒を飲み過ぎだ。一応未成年なんだから自重しろよな。……ほら、頬にソースがついてるぞ」
ナプキンでソースを取ってやったのに、コルトは詰まらなさそうに頬を膨らませた。
「むー、本当に妹みたいな扱いですわね」
「対等になりたかったら、もっとしっかりするんだな」
「ねぇルーク、私も頬にソースがついちゃったんだけど?」
「気付いているなら自分で拭け」
何やら目線が怖かったので、トイレに少し逃げ込んだ。
ほとぼりも醒めただろうと戻ってみると、宴会場では何やら先程よりも盛り上がっている。
何が起きているのかと確認してみると、ステージ上で何やら歌い踊っている人たちがいるのが見えた。
初めて聞いた歌だ。合いの手を入れるタイミングも分からない。
それでもウィズは、楽しそうに笑顔を見せていた。
「これで、良かったんだよな……」
感傷に浸りながら酒を啜ると、頭を思い切り叩かれた。
「何やってんのよ。私たちも行くわよ」
「行くって、どこに……?」
「ステージの上に決まってるじゃない」
ベレッタに手を引っ張られて、ステージの上に上がる。
歌なんて何もわからないし、踊りだってわからない。酔いが回ったのか、動き自体が覚束ない。それでも、みんな楽しそうだった。
コルトが乱入してきて、カトラスもベレッタに指名されて嫌々ながらもステージに上がり……。
いつまでも、この時間が続けばいいのにと思った。
宴がいつまで続いたのか分からない。いつの間にか寝てしまっていたのだろう。
ガンガンと鳴り止まぬ頭痛と共に起き上がると、隣にはベレッタが座っていた。
「ねえルーク。一昨日言った事を憶えてるかしら。元の世界に戻らないか、って」
「……ああ、あったな、そんな会話」
確か、曖昧な言葉で逃げたはずだ。
「どうなのよ?」
「……そうだな」
あの時は、確かにまだ迷いがあったかもしれない。
でも、今なら率直な思いを言える。
「戻りたいとは思うよ。でも、俺はずっとここに居たい気持ちの方が強い。みんなもいるし、なにより、ベレッタがいるから」
「な……! も、もしかして、気付いてたの?」
「最近だけど、な。俺がベレッタの事を好きだって気が付いたのも、その時だ」
「……ルーク」
ベレッタは、真っ直ぐな目を向けて言う。
「私も、あなたの事が好き。どこかに行ったら、許さないから」
「ああ、約束する」
ベレッタは意を決したように一歩前に出て間を詰めた。
息がかかりそうなほど近づいて、俺の後頭部に腕を回す。
「ま、待て、まだ酒臭いぞ」
「いいじゃない、別に」
ベレッタの唇が近づいてくる。
紅潮した頬が、とても愛おしく感じた。
唇と唇が触れようとした瞬間。
「待ったー!」
耳を劈くような声が、後方からする。
「ベレッタお嬢様にはまだ早いです!」
いつの間に起きていたのか、カトラスがいた。
そしてその大声に、みんなが次々と目を覚ます。
「ルークばかりずるいぞ! 俺も可愛い子とキスしたいのに!」
「私は、600年待ったのに……」
「まあわたくしは、もうキスを済ませましたけれど」
サイにウィズにコルト、他にも続々と起き上がり、話が尾ひれを付けて伝播していく。
それぞれ言い分は違っているが、なぜか追い詰められている気がして、俺は一歩後退した。が。
「ねぇルーク、コルトとキスをしたというのはどういう事?」
「いや、それは……コルトが勝手に」
最も怖いのが、最も近くにいた。
ベレッタの手の中では火球が大きくなっていく。
その気になれば、屋敷ごと粉砕しかねない魔力を秘めて。
「大変そうだな。俺の能力で異世界に渡らせることも出来るけど、どうする?」
ギルガメシュが魅力的な提案をしてくる。
逃げ出したいと少しだけ思った。
でも、約束を破るわけにはいかない。
俺はベレッタの手を掴んで一目散に走りだした。
その場にいた全員が、名前も知らない人もいるけれど、みんなが追いかけてくる。
こういうのも、悪くない。昨日の宴会の続きが始まったようなものだ。
こんな毎日がずっと続いていくのなら。
世界線を渡ったのも、魔人となったのも、良いことだ。
俺はベレッタの手を握りしめながら、そう思った。
これで最終回です。
ここまで長編になると書き始めた当初は思いませんでしたが、完結させることが出来ました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
感想をいただければ幸いです。
次回作はそれなりに書き溜めてからにしたいと思います。
たぶん4ヶ月後くらいになると思います。




