仲間
別に魔王候補に抱かれて城まで、なんて夢は見てなかった。
でも、ワニの流血に塗れてって、それは少し酷くないか。
空を飛ぶってのは初めての経験じゃないけど、生身でっていうのは初めてだ。
結構、気持ちがいい。
血生臭さがなければの話だが。
「あの、そう言えばこれ、法力探知で居場所が突き止められるようになってるんだけど」
魔王候補にそう言うと、なにやらロザリオに魔力を吹き込んだ。
「これでもう大丈夫よ。だけど何故持って来たのかしら?」
「いやー、何かこれを痛めつけると、良いことがありそうな予感がして」
「……あなた、悪魔ね」
それは、褒め言葉と受け取っていいのだろうか。
「まあ、魔王候補さんも悪魔ですけどね」
「魔人ではあるけれど、悪魔ではないわよ。ヒトではあるけれど、人間でもないの」
魔人と悪魔、そして人と人間では何か違うのだろうか。
哲学が嫌いな俺は、はあ、と気の無い返事をする。
そしてふと、魔王候補では言い辛いな、と思った。
「名前、何て言うんですか?」
些細な質問だったはずだ。
だが、魔王候補は言い淀んだ。
「……ベレッタ」
なぜか顔を赤らめて、顔を背けながらポツリとつぶやく。
可愛い。
褒め言葉だったのに、何故か振り落とされそうになった。
ベレッタの飛行は速く、ものの数分で元いた場所が地平線の彼方だった。
そして、アジトへと辿り着く。
候補とは言え、魔王城。どんなところかと期待していると……。
ただの、洞穴だった。
こんなん、俺の鍛冶屋の方がまだマシだ。
「あなた人間の分際で、今私の城に失望したわね」
「すごいっすね。魔王の候補ともなれば、テレパシーもできるんすね」
盛大に頭を叩かれた俺は、涙目になりながらベレッタに付いて行った。
あまり期待していなかったが、どうやら洞穴の中は意外に広くて小奇麗、かつ生活には全く困らないであろう構成となっていた。
「誰だ!」
不意に、入口から男の声が轟いた。
「ああ、カトラス。ちょっと面白い奴がいたから連れてきたの」
どうやらベレッタの知り合いらしく、男も急に畏まった。
「しかし魔王様。魔王城に、人間を連れ込むなど……」
カトラス? ベレッタといい、銃だろうか。
俺の疑問など知る由もない長身のカトラスは、俺の服の襟を掴んで言い放った。
「いいか、魔王様に変なことを一つでもしてみろ。その瞬間、貴様の命はないと思え」
ベレッタと同様に、瞳が血のように赤い。
髪の色は赤みがかった茶髪で、怒っているからではないだろうが、逆立っている。
「はいはい」
「んなっ……!」
俺がビビらなかったことに対し面食らったのか、カトラスは歯噛みしている。
良い気味である。
死の危機を何度も味わった俺にもはや恐怖はない。
「しかし、何故人間がこんな所に……」
「ああ、それは斯く斯く然々で」
俺が事情を話すと、なぜだかカトラスの機嫌は持ち直した。
「それは素晴らしい酒のつまみとなる話題だな。人間にも愉快な存在がいるものだ。はっはっは」
なんだろう。
凄く、殴りたい。
しかし魔王候補の側近を殴ったら、こっちは指一本詰める必要があるかもしれないので止めておく。
やっぱり、やくざは怖いのだ。
「そういえば、ニートはどこにいったの」
「ニートならば、奥で寝ているでしょう。今、起こしてまいります」
ニートとは何だろうか。
ノット、えんぷろいめんと、えでゅけーしょん、あと……なんだっけ。
ちなみに、俺は前の世界ではニートではなかったから。学生だったから。
……表面上は。
でもまあ、ニートというのは元々の名前なのだろう。
そう思いつつ、奥から出てきた女の子を見ると……。
「なんですの。わたくしの眠りを妨げるものは」
それは、働かない方のニートだった。