皇帝 エーベルハルト
城に異変が生じているにもかかわらず、中は静まり返っていた。人の気配が一切ない。
ただ一つ、妙な力を感じる。魔力でも、魔法でもない、何か次元が違う類の者。
それについては、ベレッタも分かっているようだった。
それがこの城の主、皇帝であるエーベルハルトだろう。
「逃げも隠れもしないようね」
先ほどから、爆発による轟音や振動が城内を包んでいるにもかかわらず、その妙な気配は動こうとしない。
階段を登り、次第にその気配へと近づいていく。
そして、その気配を隔てる最後の扉を、ベレッタは爆破した。
「……よく、来ましたね。やはり、天使なんかに任せのではなかった……」
大広間。
崩壊しかけているものの、壁や天井には煌びやかな装飾で彩られ、ここが王の間であることが一目で分かる。その部屋の一番奥に、そいつは坐していた。
男とも、女とも取れる。若いようにも、老いているようにも見える。
つまるところ、俺にはこの人間のことが、欠片も理解することができなかったのだ。
「貴様がエーベルハルトか?」
「……いかにも」
是と答えるやいなや、ベレッタは間髪入れずにエーベルハルトを爆破した。
いつになく爆炎は凄まじく、朦々と立ち込める煙は一向に晴れない。
しかしその排煙の中から、声が響く。
「……言い忘れてましたが、これでも神の力を借りてますので。こんな攻撃では、傷一つ負わせられませんよ」
機械のようでもあり、誰か親しい人の声にも似ている。
この声を聞いているだけで、何か、現実が現実ではないように感じた。
怒りや恐怖を感じるはずなのに、どうしてか気を許してしまいそうになる。
俺は、急いで能力で耳を封じた。
電流の音が耳に反響し、何も聞こえなくなる。
ようやく煙が晴れて、エーベルハルトはただの炭と化した王座を捨て、立ち上がっている。
この世全てを見通すような、鋭い瞳。だがそれは、絶対零度のように、あり得ないほどの冷たさを帯びている。
「……ふふ、ふふふ。先ほどもそうでしたが、いきなり攻撃するなんて非常識ですね。話し合いで解決しようという気は無いのですか?」
「ない。ここで貴様が死ぬのが最善だ」
ベレッタは何度も、何度もエーベルハルトに向けて爆炎を放った。
しかし、事態は一向に変化しない。
「……そろそろ終いに……。おや、そちらの男の方は耳を塞いでますね。あなたも聞く耳を持たないと言いますか……。ちゃんと、対策は練って来たみたいですね。……なら、神の力を借りるとしましょうか」
俺には何も聞こえなかった。だが、エーベルハルトの身体から、電流が迸るのが見えた。
「危ない!」
エーベルハルトの電気を相殺する。
それは、借り物であるにも関わらず、覚醒した俺の能力とほぼ互角であった。
「……神と互角とは、ミカエルではきつかったでしょうね。電気の相性が悪いのであれば、今度はこれです」
エーベルハルトは手を挙げる。
……その掌の上が、歪んで見えた。音は分からない、だが、確かにそこで何かが起きている。
ベレッタが、間髪入れずに爆破する。
「……爆弾魔には困りましたね。せっかくの毒が……。仕方ありません、私の身体にも悪影響はありますが……」
ぞくりと、背筋に悪寒が走った。
ベレッタも同様に何かを感じ取ったらしい。
即座に、ベレッタは足元を爆破する。
……城は崩壊し、瓦礫の上に着地する。
エーベルハルトは飛行能力が使えないのか、自由落下で着地した。地面は陥没し、砂煙の中から現れる。
「……せっかく来てくれたのに、放射線で終わらしてしまっては味気ありませんしね。やはり、私自身の能力を使わなくては……」
エーベルハルトは見せつけるように手を前に差出し、指を鳴らした。
……音は、耳で感じ取ったわけではない。
だが何故だか、その音は俺の頭の中に響いていた。
指を鳴らしたと同時に、エーベルハルトは俺を指差し、その指を下に向ける。
すると、どうしてか俺の身体の力は全て抜け、地面に倒れ込んでしまった。
魔力も使えなければ、立ち上がることすらできない。
まるで俺の身体が、それを拒否しているかのように。
「ルーク!?」
ベレッタが駆け寄ってくる。
立ち上がらなければならない。それなのに、指一本たりとも動かない。
「……私の術から逃れたたかったのならば、耳だけでなく目も塞ぐべきでしたね。せっかくの私の野望を無為にしてくれたのですから、簡単には殺しませんよ……」
「野望、だと……?」
「……ええ。死者の蘇生、時の長距離移動。私の催眠能力やあなた方の魔力のように、偶然に発生することもない、神により禁忌とされたもの。私の願いは、神の上に立つことでようやく成就される……」
「なにを、する気だ……」
「……全て。私の、いやこの世にいる人が思いつくであろう全ての想像を、私は実現したい。ふふふ、全知全能とは、とてもいい響きだとは思いませんか?」
高らかに笑うエーベルハルト。
それはもはや、人間が出す表情とは確実に何かが違った。
「……この、外道が!」
ベレッタの一撃は、今日一番の破壊力を誇った。
しかし。
「……傷を負わせるとは……。さて、ギャラリーがいないのは残念ですが、ひとつ面白いことをしてみましょうか……」
エーベルハルトが指を鳴らすと、俺の全身に力がみなぎってきた。
俺の思いとは、全くの無関係に。
そしてもう一度指を鳴らすと、視界がブラックアウトする。
全くの暗闇の中、どこからか、声が聞こえた。
『……エーベルハルトが憎いか?』
『……憎い』
『殺したいか?』
『……殺したい』
『……なら殺せ。貴様の思うがままに』
視界が晴れる。
俺は目前にいたエーベルハルトに、電撃を放った。
「……ふふふ。よく避けますね」
「ルーク! 目を覚まして!」
「無駄ですよ。彼は君のことを私だと認識している。……ふふふ。はははははは!」
次回は9/23くらいに更新




