操り人形
アマネは聖剣を構える。
聖にも、悪にも属さない、ただ無機質な光。
だがそれは、確かに俺たちに害を与えるだろうという事は、容易に想像できる。
ルシフェルが、咄嗟にアマネに向けて強烈な光を放った。
それでも、アマネは止まらない。
眉を少しも動かさずに、アマネは聖剣を振り切った。
「危ないっ!」
金属で縛られたような体に鞭を打って、すんでのところで斬撃を躱す。
しかし衝撃波に吹き飛ばされ、体を強く打つ。
もう、立ち上がるだけでも呼吸が荒くなる。
表情は崩さなくとも、ルシフェルもそれは同様だった。
アマネはというと、何かを探す様に首を左右に振っている。
「見えて……ないのか?」
「当たり前だよ。そもそも、あれを喰らったら誰だって数分は目を開けられないはずだ。……まさかね」
「なんだ?」
「実は……」
ルシフェルが口を開いた瞬間だった。
アマネの身体から、無数の稲妻が放たれる。
全方位に放たれた内の一本が、俺とルシフェルに向けられる。
「くそっ」
仕方が無く、俺の渾身の稲妻で相殺する。
「以前会った時よりも、威力が……」
上がっている。
しかし、そんなことを気にしている余裕はなかった。
アマネの顔がこちらに向けられる。
「魔力を感知されたか」
アマネが再び聖剣を振り上げる。
しかし、先程と異なる点が一つ。
砂鉄が、聖剣を中心に渦巻いている。
「嘘……だよね」
珍しく、ルシフェルが現実逃避のような弱音を漏らす。
俺だって、弱音を吐きたいくらいだ。声を出すのも面倒な程に疲労がたまっていたためか、言葉には出なかったが、全く同じ事を思っていた。
聖剣を取り巻く渦は、竜巻のように天まで伸び、幅は少なく見積もっても20mはある。
あれが振り下ろされれば、斬撃そのものは避けられたとしても、細かい刃と化した砂鉄にみじん切りにされる。
「やめっ……!」
制止の言葉をかけたが、アマネはそもそも聞こえてすらいないのか、問答無用に振り下ろした。
震える足で地を蹴り、ギリギリで斬撃を躱す。
そして、渾身の魔力を振り絞り、磁界を操って砂鉄の威力を和らげる。
だが、完全に防御することは叶わなかった。
俺とルシフェルの身体に無数の砂粒手が直撃する。
皮膚は、肌色ではなく赤色だったのではと思うほど、面積で言えば血に濡れた肌の割合の方が多い。
……磁力は、距離が近いほど効果が大きいはずだ。
アマネのあれは、俺がミカエルと戦った攻撃の威力とさほど変わらない。
それなのに、アマネの無数にはなった雷撃の一つと俺の渾身の雷撃は同威力だし、距離が近いはずの磁力だって俺が撃ち負けている。
そこでようやく気付いた。
先ほどまで心に流れ込んできた、魔力の源となる漆黒の流体。
それが、希釈され始めている。
「あの子に本気は出せないのか、ルーク」
俺は歯噛みしただけで、ルシフェルの問いには答えられなかった。しかしルシフェルはそれを肯定と受け取ったのか、小さく頷く。
「一つ心当たりがある。僕なりに推察してみたんだけど、あの子はルークの知り合いなんだろう? そして、その人格が大きく異なっている。さらに、意識があれば本来生じるはずの条件反射が無くなっている」
「心当たり?」
「催眠、洗脳。規模は桁違いだが、それを出来る人間を僕は一人知っている。連邦国皇帝、エーベルハルト。噂では、天使すらも手駒にしているという話だけどね。そいつなら、操り人形のようにするというのも頷ける」
ルシフェルはそう言うと、街の方角を見た。
非常に遠く、しかし高台に位置しているため、うっすらとその城が見える。
皇帝が住まう、一等地。
「その女の子を憎めないのなら、エーベルハルトに対して怒り、憎しみを持てばいい。言っておくけど、殺せないと言うなら僕は役に立たない。サポートもあまり役に立たないだろうし、このままだと勝てないよ」
エーベルハルト、皇帝。ベレッタが言っていた、最も許せない人間というのがそれだろう。
心に、沸々と魔力の原液が流れ込んでくる。
しかし、それを全てアマネに向ける気は起きない。
当のアマネは、遠距離攻撃では効率が悪いと感じたのか、こちらに歩み詰め寄ってくる。
それを見て、ルシフェルは魔力を高めた。
そして、両腕で十分に熱を帯びたレーザーを発射する。
ルシフェルのレーザーは光速だ。
魔力を高める時間のロスが必要だが、それでも一度溜めこんでしまえば、発射に要する予備動作はいらない。
しかし。
「……まさか、避けるとはね」
一発は完全に避け、一発は掠っただけにとどまった。
服は破れ、肉は抉れていないにしても鮮血が滴り落ちる。
それでも、アマネは顔色一つ変えない。
それどころか、傷を負った方の足で地を勢いよく蹴り、俺に接近してきた。
「ぐっ……」
なんとか刀で防いだが、体が言うことを聞かない。すぐに吹き飛ばされ、それをまたアマネが追ってくる。
稲妻を用いることで何とか決め手には至らなかったが、それでも段々と、詰み将棋のように追いやられていく。
「ルシフェル、何するつもりだ」
目線はやれなかったが、ルシフェルから魔力が高まっていくのを感じて、荒い声で尋ねた。
「もう無理だよ。別に僕が一度に放てるレーザーは2本じゃない。10本も撃てば体のどこかに当たる。心臓か頭を撃ち抜けば、その子は止まる。簡単な話だろう」
「……そしたら、アマネは死ぬだろ」
「そうしなければ、君が死ぬ」
ルシフェルは本気だ。もちろん、ルシフェルの言い分は痛いほどわかる。
それでも、俺は何故か稲妻でルシフェルを制止した。
「馬鹿っ……」
そして、アマネの剣戟が俺の頭上から襲う。
俺は最後の力を振り絞り、その剣を受け止めた。
「アマネ、目を覚ませ。それでも、勇者なのか」
言葉を突っぱねるかのように、アマネの剣を押し込む力は強くなっていく。
「催眠や洗脳に負けるお前じゃないだろ、アマネ!」
言葉が届いているのかいないのか、呼応するように俺を吹き飛ばす。
同時に、俺の身体が遂に壊れた。
もはや魔力で精製した電気を筋肉に流し込んでも、ピクリとも動かない。
それを感じ取ったのか、アマネはまた聖剣に光を宿した。
すべてを裁断する、エクスカリバーの斬撃。
「ルーク!」
ルシフェルがまた魔力を高めたので稲妻で制止する。
……甘いのは分かっている。
ルシフェルの提案に乗っておけばとも思う。
きっと、俺はここで死ぬのだろう。
だが後悔は、できない。
アマネの顔を見る。
向こうから俺の顔は見えているのかもしれないが、俺からは髪で隠れて見えなかった。
それでも、俺はアマネの顔を凝視し続けた。
聖剣が、振り下ろされたその時まで。
次回は8/11くらいに更新




