始まりの魔女
俺とユキはルシフェルのいる街へと向かう。
当然、空を飛んで移動していたのだが、ユキの飛行速度は段々と遅くなっていった。
「少し休憩するか?」
ひらけた土地に舞い降りると、手ごろな岩に座って休憩する。
コルトに半ば強制的に持たされた水筒を取り出し、口を付けて傾けた。
中身はコーヒーだったようで、苦味とほのかな甘みが口の中に充満する。
水分補給にコーヒーか、と思ったが、どこかいつもと違い、高級な感じがする。
しかしユキは、それを浮かない顔で喉に流し込んでいた。
「もしかして、コーヒーは嫌いだった?」
「いえ、そういうわけではないんですけど……」
しかし、それでもユキは二口目を付けようとはしない。しばらく間があって、ユキは小さく唇を動かした。
「どうやら、魔法が弱まっているみたいです。魔法の根源は神を信じる力。先ほどの件で、信心が揺らいでるみたいです」
「まあ、俺は魔法なんてはなから使えなかったけどね。だからなんだ、ってわけでもないでしょ」
俯きながら自嘲気味に笑うユキに、なんとか励まそうとするがあまり意味がなかった。
「でも、私にはこれしかなかったんです。前にいた世界でもそうだったけど、何の取り柄もなくて、魔法だけが、この世界で私が生きていく術だったんです」
ユキを改めて見ると、年齢は俺と同じか、少し下くらいだ。俺は祖父の代まで刀鍛冶をやっていて、その知識が活きたが、それ以外は何もない。前の世界の科学技術なんて、知識はあってもそれを応用できるほどではない。
高校生がたった一人で世界を渡って、生き抜く術が簡単に見つかるほど世間は甘くはないのだ。
「おかしいですよね。天使様に命を救ってもらった時はあんなに嬉しかったのに、今では生きてる意味が分からなくなってるなんて」
「……生きる意味なんて、今日の晩御飯を楽しみにする、くらいで良いんじゃないか? 俺も最初はそうだったしな。そのうち勝手に見つかるさ。もし食い扶持に困ったら、大きな農園をやってるサイってやつに会えばいい。俺の名前を出せば雇ってくれるかもしれん。給料は、そんな高くないけどな」
ユキは、ありがとうございます、とはにかんだ。
まあ、俺の力じゃなくて友達に頼っているだけなんだが。
「空、飛べそうか?」
「ちょっときついかもしれません」
流石に歩いていくのは時間がかかり過ぎるので、俺はユキを抱きかかえて空を飛ぶ。
推進力は生み出せないが、浮力くらいは何とか魔法で賄えるのか、ユキはとても軽かった。
思えば、俺がベレッタに付いて行った時も……と思ったが、あれは食料にしがみついていただけか。
なんだか、ずいぶん懐かしく感じる。
「なんだか、恥ずかしいですね。お姫様抱っこなんて、初めてです」
「そう言われると意識しちゃうな」
「じゃあ、言わなければ良かったですね。あの、ルークさんは、前の世界に戻りたいと思ったこと、ありませんか?」
「……まあね、あるよ。親も残してるし、数は少ないけど友達だっていた。続きを読みたい漫画だってあるし、やり残したゲームもある。だけど、今戻る戻らないの選択権があったとしても、戻らない。ここでも、やり残したことがあるから」
「そう、ですか。私は、もう戻りたいな、なんて思いましたけど」
「まあ、それは人それぞれだろうな」
そうこうしているうちに、ルシフェルのいる街に着いた。
しかし、ルシフェルに会う前にまず、新魔王軍に伝えなければいけないことがある。
魔王軍、といっても常に練兵していたりするわけではないらしい。
しかし代表者は魔王城と呼ばれる屋敷に駐在しているということで、通してくれた。
「なっ、ルーク!? なんであんたがここに居るわけ?」
「代表者って、お前かマリー……」
ベレッタを敬愛し、かつ俺を憎んでいるのかなんなのか、事あるごとに楯突いてくる女の子。
はっきり言って面倒くさい。
「なんなのかしら? もしかして、自らお姉さまの場所から離れて、あたしの下で働こうってわけ? あんたにしては良い心構えじゃない!」
「んなわけあるか。ベレッタからの手紙だ、今読んでくれ」
奪い取るように手紙を毟り取ると、目を大きく見開き、手紙を隅から隅まで確認する。
すると、部屋を勢いよく飛び出した。
『非常呼集! 非常呼集! 新魔王軍メンバーは今すぐ魔王城に集結しなさい!』
そんなマリーの叫び声と共に、鐘が大きくならされる。
「これであたしもお姉さまの役に立てるのね! で、あんたはどうするわけ?」
即座に部屋に戻ってきたマリーは、嬉しそうに声をあげる。
「俺は行かなきゃいけないところがあるから。じゃあ、確かに伝えたから。頼んだよ、マリー」
「……なんだか、拍子抜けするわね。頭でも打ったの?」
「俺を何だと思ってるんだ」
魔王城を後にするが、周囲には先程の呼びかけで魔王軍のメンバーが続々と集まっていた。
俺は天下一魔王杯の際にベレッタのチームに属していたこともあって、すれ違うたびに挨拶をされる。
「有名なんですね」
「まあ、多少はね」
ユキが尊敬の眼差しで見てくるので、何だか照れ臭い。
だが有名なのはいいことで、ルシフェルの居場所を街の住人から聞き出すのに手間はいらなかった。
「何だか暗い所だな」
ガセネタでも掴まされたのかと思ったが、しかしルシフェルの魔力も確かに感じる。
隣にいたユキは身震いするほどだった。
「やあ、久しぶりだねルーク。何か用?」
「まあね、約束を果たそうかと思ってね」
天下一魔王杯で負った怪我はもう治ったのか、魔力量も十分で、見た目も元気そうだ。
しかし、子供の姿だとは思わなかったのか、ユキは驚いたようにルシフェルをまじまじと見つめる。
「ん? ベレッタやコルトでもなく……。もしかして、元の世界のお友達とかかな?」
ルシフェルがそう言うと、ユキはさらに驚いた。
「まあ、伊達に長く生きちゃいないからね。僕のことは知ってる?」
「ええ、伺っていましたけど……思っていた印象とは違いました。噂では、残虐非道で厚顔無恥、不細工でどうしようもない無能だと聖書には描かれていましたから」
「……あー、今ので余計に天使を殺したくなった。ルーク、その話だろう? 早く聞かせて欲しいね」
あからさまに不機嫌になったルシフェルを見ると、なぜか愛嬌を感じる。敵が味方になるというギャップのせいで、そう見えるのかもしれない。
俺が事細かに説明すると、ルシフェルの顔は段々と険しくなっていった。
「ミカエルか、厄介な相手だね。カトラスも危ないんじゃない? 奴は昔の戦争でも本気を出せていないからね。それに、僕が堕天したのも、ほとんどは奴のせいだし」
「……どういうことだ?」
「奴の仕事は本来、魂を秤にかけること。まあ、ルークやそっちの女の子を転生させたっていうのはそういうことさ。だけどそれは死者に対する能力であって、戦闘では意味合いが違ってくる。奴の能力は『審判』。神へ叛意を翻そうとする意志に対応して、純粋に身体能力が跳ね上がる。昔の戦争が起こった時代では、神という概念が曖昧だったからそこまで脅威じゃなかったけど、今ではどうなるだろうね」
「それじゃあ、カトラス達は……」
ミカエルの戦闘能力を見誤っていることになる。
「早く行こうか。ルートは『始まりの魔女』の土地だろう? 案内してやる」
ルシフェルに言われるがまま、後を追っていく。
数時間、休憩を挟みながらも全速力で飛行し、夕方になって辿り着いたのは、鬱蒼と茂る森だった。
「ここは……、なんですか?」
ユキが顔を蒼ざめながらルシフェルに尋ねる。
無理もない。決して近くはないのに、莫大な魔力を感じる。それも、今まで感じたそれとは全く異質なものだ。
「僕も一回通ろうとしたけど、引き返した。途中までは、ただ嫌な気分になるだけで済むけどね」
ルシフェルの言う通り、森を進んでいくにつれて感じる魔力は一層増し、心臓が捻りつぶされそうな気持さえする。流石のルシフェルは表情に出さなかったが、ユキは涙目になっていた。
「ルークは聞いたことあるだろう? 『始まりの魔女 ウィズ』 決して表舞台に出てくることはないけれど、戦闘力はいかなる天使をも圧倒するほどの魔力を有する、最強の魔人。……さあ、見えてきたよ。あれがウィズの住む小屋さ。あの小屋を起点にして、南北に見えない障壁が張られている。あそこを通らないと、前には進めないのさ」
ルシフェルは怪談でも話すかのように、声を低くして喋る。怖がらせようという意図が見え透いていたから、俺は怖さが半減したが、ユキは俺の背に顔を埋めてしまった。
本で読んだウィズは、悪人とは程遠い善良な人物という印象だが、どうだろうか。
話半分ではあるが、ルシフェルの話を聞いてると、小屋の扉を開けた瞬間に鬼が出るか蛇が出るか、予想がつかない。
小屋の前に着き、恐る恐る扉に手を近づけると……。
「だれ?」
手も付けてないのに急に扉が開くもんだから、俺の心臓は肋骨と肌を飛び出してしまうかと思うほどに跳ね上がった。それにつられたのか、後ろにいて前を見ていないユキも、小さく叫び声をあげる。
そんな俺たちを見て、ルシフェルは腹を抱えていた。
しかし、改めて扉の向こうにいた人を見ると。
ベレッタにそっくり、ではあるが、ベレッタよりも賢くて優しそうな顔をしている。肌で感じる魔力と、目で見た印象のギャップが甚だしい。
「……」
ウィズ、であろうその女性は何故か驚いたように、俺の顔をまじまじと見つめたまま何も喋らない。
緊張しながらも、俺は挨拶をする。
「あの、俺はルークと言って、カトラスの、友人? みたいなものなんですけど。人間界に行きたくて」
「……そう。嘘は言ってないみたいね。取り合えず歓迎するわ。入って」
しかし、ウィズの小屋には、信じられないことが待ち受けていた。
次回は7/25らへんに更新します




