末裔
作中の『航海日誌』は外伝として、別作品『魔人の生まれた日』というタイトルで投稿しています。
もし興味があれば読んでみてください。
「ベレッタ。航海日誌ってあったよな。あれ、見せてもらっていいか? 今すぐに」
航海日誌。
魔人の誕生について記録されているという、いわば魔人にとっての聖書みたいな位置づけにある本。
しかしそれが、どこか記憶の片隅に引っかかっている気がする。
怪訝な顔をしながらも、ベレッタは表紙に『航海日誌』と達筆な文字で書かれた本を持って来た。
……この文字。
確かに、見覚えのある文字だった。
中身をペラペラと捲る。
絵本ではあるが、そこに載っている文字は魔力により模写したものなのか、表紙と同様の筆跡だった。
読み進めていくうちに、デジャヴのような感覚に陥る。
小学校の頃、これとよく似た本を読んだことがある。
だが、その内容は読み進めていくうちに、自分の記憶とは大分ずれた方に向かっていた。
いわれなき罪で島流しにあった俺の先祖は、海の向こうである少女に出会う。
そこまではほぼ同じだったはずだ。だが。
「……『ウィズ』っていうのは?」
「私の母親の名だ」
カトラスが答える。
作中に出てきたウィズという名の少女。
俺の記憶が正しければ、その少女と俺の先祖は共に日本へ戻っていた。
魔人になることはなく、人間のまま。
しかしこの本の結末は違う。
魔人になった少女と共に、俺の先祖はこの土地に留まっている。
パラレルワールドというのなら、その分岐点は、間違いなくこれだ。
「……何か分かったの?」
ベレッタが俺の横に立ち、何度も読み返したであろう本を見つめる。
俺は、何故か気恥ずかしさを感じて本を閉じた。
「まあ、俺の命が狙われた理由は分かった。最初に言っておくと、俺はこの物語とよく似た本を読んだことがある。この世界に来る前の話だ。……みんなは、パラレルワールドって単語は知らないんだよな?」
俺が確認すると、同じくパラレルワールドから来たユキ以外は首を傾げる。
「簡単に言えば、たらればの世界だ。この本で言う所の、ウィズという少女が魔人にならなかったら、の世界。俺とユキはそんな世界から来た。そして……」
俺はもう一度本を見返す。最後のページに、執筆者の名前が記されている。
加藤一。
「言ってなかったけど、俺の本名はルークじゃないんだ。加藤流久。この、加藤一とウィズの末裔なんだ、向こうの世界では」
一瞬、水を打ったように静まり返った。
胡散臭そうにではあるが、カトラスは理解したようだ。
そしてコルトも、何となく理解したようにこちらを見る。そう言えば、コルトには一度だけ言ったことがあった。ルークというのは本名ではないという事を。
ベレッタだけが、事実を受け止められないように俺を睨んでいる。
「……じゃあなに、あんたと私は、親戚っていう事なの?」
「まあ、そうなるな。大分遠いけど」
「……ふーん」
黙っていたのが癪になったのか、ベレッタは曖昧な返事をする。
そこで、ハッと気が付いたようにユキが声を上げた。
「もしかして、ミカエル様があなたを殺そうとした理由って……」
「たぶん、ユキが考えていることと同じだと思う。神への不遜な態度が気に入らないというのなら、異世界に渡る前に殺しておけばよかった。なのに、一年のブランクからそう指示したってことは、後になって気が付いたんだ。パラレルワールドではあるけれど、魔人の末裔だという事に。危険分子として排除する、そんなとこだろう」
まあ、ミカエルという天使の思惑は裏目に出たわけだが。
こうして俺は、本当に魔人となってしまったのだから。
「今さら貴様を違う名で呼ぶのも面倒くさいがな。もう一つ聞きたいことがあるのだが、貴様の世界では、母上と父上の子供は何人いた?」
「いや、そこまでは知らないよ。それに似た本を読んだことがあるだけで、特に家系図も見たことはないし」
「そうか。……いやなに、私やアルバートが、貴様のいた世界にも存在したのかもと思ってな」
「そう言えば、アルバートっていうのは……」
「あいつか。あいつは変な奴だった。貴様もその本を読んだなら、母上がどのような仕打ちを受けたか分かるだろう? 私たち兄弟も、そして私たちの子孫も似た境遇を辿ってきた。にも拘らず、あいつは魔人と人間の共生を謳っていた。それ故に、あいつとは相容れなかった、兄弟全員がな。……まさか、人間世界の貴族となっていたとはな」
カトラスは、兄弟であるアルバートを嫌っていると言った。
だがその口調からは死んだことに対する怒りが汲み取れる。
長年会っていないとはいえ、600年も世界を共にした兄弟だ。
感慨深いものは、それは多いだろう。
表情と口調こそ普通だったが、いや、普通を装っていたが、怒りが沸点に達しているのをその場にいた全員が感じていた。
その怒りに、魔王となったはずのベレッタでさえ口が開けなかったほどだ。
それほどに、カトラスの魔力が高まっている。
「出て行った時には、たとえ死んでも墓など立ててやらんと思ったが。そうだな、鎮魂歌くらいは、奏でてやろうか」
魔力の上昇は留まることを知らず、場を圧倒していく。
ルシフェルは魔力の根源を負の感情と言っていた。
どうやら、本当の様だ。
こんな魔力は、ルシフェル戦の時ですら片鱗も見せなかった。
音速というのも、嘘ではなかったのだろう。
「やったのは、ミカエルだろう?」
カトラスの言葉に、ユキと憲兵団団長は顔を強張らせる。
なんとか、首を横に振るので精いっぱいだった。
「まあ貴様らが知らんというのも妥当だろう。だが、アルバートの奴もあれで中々に戦闘力の高い奴だ。どれだけ強くとも人間にてこずる様な奴ではない。殺しに行くと言ったら、貴様らは止めるか?」
質問を受けた二人は息を呑んだ。
そして、返答したのはユキだった。
「……そうですね。この本が本当の出来事だったと信じる訳ではないですが、それでも私たちにあなたを止める術はないようです」
「そうか、なら……」
カトラスが席から立ち上がった瞬間、玄関から大きな音がした。
非日常的な、けたたましい音。
一同が駆けつけると、そこにはアルトさんがいた。
コルトの父にして旧魔王軍の幹部。
天使との戦いに赴いていたのだが。
アルトさんは、血みどろになり、ぼろぼろの状態で立っていた。
そして。
コルトの顔を見た瞬間、膝から崩れ落ちた。
誰も事情を飲み込めぬまま、悲鳴だけが響いた。
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