もう一人の異世界旅行者
その雷は、相手集団の全てを飲み込んだ。
相手集団も魔法によってガードはしていたようだが、それでも威力を打ち消すことは出来なかった。
鼓膜を破きかねない轟音と、目を焼くほどの雷光と共に、雷は人間たちを蹂躙していく。
残ったのは、無数の人間の残骸だ。
俺の頭を踏み躙り、あらぬ疑いで魔界へととばした片眼鏡は、俺の目の前で横たわっており、ピクリとも動かない。
人を殺したのは初めてだ。
もちろん、殺す気で雷を撃ったし、実際に死ぬまでは死んでくれたらありがたいとも思っていたし、世界のためだとさえ思っていた。
それでも、嫌な気分にはなる。
「死んでまで迷惑を掛けるとは、本当に嫌な野郎だったな。まあ、思ったよりも魔界は気に入ってるから、これで許してやるが」
俺は人間たちに近づいていく。
100人近く居たが、この片眼鏡以外にも命を失った奴はいるだろう。
警告はしたが、もちろん上司の命令に背けなかったという奴もいたはずだ。
「俺が悪いんじゃない。神の天罰だからな、文句はあの世で神様に言ってくれ」
俺が電気を纏った刀で斬り飛ばした、十字架のネックレスを拾い上げる。
だが、それは根元からぽっきりと折れていた。
それに電気を流し込もうとも、もはや雷は落ちてこない。
先ほどまで覆っていた、分厚い積乱雲がほぼ霧散したとはいえ、まだ雲はそれなりに残っている。
ということは、この十字架の魔法の効果は、すでにこと切れたのだろう。
ならば、もはやこのネックレスは必要ない。
俺がゴミを投げ捨てるように、ネックレスを放った瞬間だった。
人間の山から、もぞもぞと動くものがある。
「ふざ……けるな……」
それは、憲兵団総団長の変わり果てた姿だった。
もはや、立ち上がるのでさえ精一杯で、先程までの威厳は見る影もない。
「貴様は、ここで死なねばならんのだ。天使様がそう仰られた! 貴様は世界に災厄をもたらすと!」
「……嘘」
それは、総団長の後ろから聞こえた。
「な……んだと」
怪我の影響ではなく、総団長は膝を着いた。
後ろから現れたのは、唯一警告で後ろに下がった、テレポートの術者である少女だった。
「なぜだ……!」
総団長は必死の形相で睨んでいたが、少女は怯むことはない。
「彼は私と同じで、異世界の住人なの。なら、天使様の力でここに来たはず」
「馬鹿な。天使様は、そんなことは一言も……」
「そんなわけない」
ここで俺は初めて、少女から「異世界」という単語を聞いた。
居たのだ。
もしかしたら、俺の居た世界とはまた違う世界からかもしれない。
それでも、世界を渡ってきた人間が。
しかし、少女と総団長の話は噛み合わない。
というのも、俺が別世界から渡ってきたことはどちらも知らなかったようだが、少女は俺の台詞か何かで気が付いたようだ。
だが、俺がこの世界に移ってきたのは紛れもない、天使の影響だ。なのに天使が俺を殺せと命ずるのは、話の筋が捻じ曲がっている。
しかし、確かに総団長が嘘を吐いているとも思えない。
少女は埒が明かないと見るや、俺に質問を投げかけてきた。
「あなた、別の世界から来たのでしょ?」
少女の口調こそ柔らかかったが、それでも逃げられぬような圧力も感じる。
しかし俺が答える前に反応したのは、ベレッタだった。
「別の世界って、どういうこと、ルーク」
別に隠しているわけじゃあないが、それでも、不安だったのだろうか。
天使に連れてこられたという事実を、魔人のベレッタ達に話すのは。
どこかで、疎外感が出てくるようになるのではないかと。
「……まあ、色々あってな。望んだわけでもねえけど、俺は死にそうなところを天使に助けられて、違う世界から移ってきた。……それで終われば天使に感謝もするけれどな」
結局、俺は天使から殺されそうになっている。
話がどうにも矛盾している。
「どうして話さなかったのよ。そんな、大事なこと」
「俺が逆の立場だったら信じないだろうし。それに、多少の秘密は人を神秘的、魅力的にするからな。いいだろ、ちょっとくらい」
「……そう」
精一杯の強がりのつもりだったが、ベレッタも、そしてコルトも、どこか悲しげな表情を浮かべている。
しかし、その心中を考える暇もなく、テレポートの少女から質問が投げかけられた。
「それは、嘘じゃないよね」
「嘘だった方が嬉しいがな」
それから、矢継ぎ早に質問が繰り出された。
それは俺が居た世界の歴史についてだった。関ヶ原の戦いで勝ったのは、明治維新の維新三傑は、二次大戦の日本の同盟国は、相対性理論の発案者は、等々……。
「……本当、なんだ。天使様が嘘を吐くとも思えないけど……」
「あんたも、別世界から来たのか」
「……そうよ」
「じゃあ一つ聞きたいんだが、なんで俺が日本人だと分かった。顔で判別できるのは、精々アジア人ってことくらいだろ」
「……日本語を話してたから。魔法や魔力で異言語を理解することはできるけど、この世界にない単語が出てきたから、外したの。魔法を後天的に得た私は、異言語理解能力を意図的に外すことができる。それでも、日本語だったから、日本人だな、と思って」
「それが出来るなら、そんな質問を重ねなくてもいいだろうに……」
「いや、それは……」
しかし、逆に魔法や魔力を使えない人間は言葉を理解できないことになる。ということは、コルトの母親も……。
ちらっとコルトを見るが、しかし話についていけない様子で、首を傾げていた。
まあ、知らんのだろうな。
テレポート少女の言葉を遮ったのは、憲兵団総団長だった。
「馬鹿な。では、天使様が嘘を吐いたということか。そんなことが有り得るわけが……」
「あなたを信じるなら、ね。最後の質問、あなたは、どうやってこの世界に来た?」
「どうやってって、天使に連れてこられたんだろ。そん時は天使だなんて知らなかったけど」
「その方の特徴は?」
「特徴ねえ。まあ女だったな、髪の長い。見た感じおっちょこちょいな雰囲気だった。あと、そうだな。確か、泣きぼくろがあったような……」
がくん、と。何故か憲兵団総団長は地に両手を着いた。
テレポートの少女も団長の反応を見て悟ったのだろう。
歯を喰いしばり、呆然としている。
「なんだ、変なこと言ったか?」
「……そうね。間違いない、それは、私をこの世界に送り込んで下さった天使様であり……」
「貴様を殺す様にと仰っていた、ミカエル様だ」
ミカエル。
それは、天使の名だ。
俺は何故だか、言いようのない不安に覆われた。
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